1-6 魔道馬車をお借りしよう


 東門を制圧したのち、蘇生術ではなく<聖女>本来の聖魔術で通行止めの結界を展開した私は、同じ要領で南門の制圧に成功する。

 二十匹ほど殺して同じ処置を施し、意気揚々と西門に向かう。


 が、そこには予想外の光景が広がっていた。


「あら?」


 西門の前には、なぜか長い行列が出来ていたのだ。

 冒険者らしいエルフ種に、大道芸をお披露目するような格好のエルフ。中には馬車を連れた一行も並んでいる。


 西門は王都アンメルシアの玄関口として名高い。

 順番待ちが発生していてもおかしくはないけど、それにしても多いような。


 気になった私は、行列待ちをしていた母子に声をかける。

 まだ五歳程度の子を連れた、若さの見えるエルフの母親だ。


「すみません。今日は何かお祭りでもあるのですか? 血祭りなら手伝いますけど……」

「まあ、ご存じないのですか? 今日は百一年目の聖エルフ記念式典なんですよ」

「え。記念式典なんですか!?」

「ええ。しかも去年行われた百年目の式典は、聖女処刑で多いに盛り上がりましたけど……最後がアレだったでしょう?」


 アレとは何だろう。私死んでたので知らないのです。

 すると母親はきゃあきゃあと騒ぎ出した。


「なに言ってるんですかあなた、人類種最後の暴動事件ですよ! せっかく聖女を殺したのに、その聖女を助けようと、生き残った人類種が乗り込んできたんです。ああ、思い出しただけでも気持ち悪い!」

「…………」

「あの事件は本当にショックでした。全員火あぶりにしましたけど、浅ましい人類の灰がまだこびり付いてる感じがして。あの事件のことは、アンメルシア樣も本当に嘆いておられましたよ」


 だからこそ王女アンメルシアは、今日この日を真の聖エルフ記念日と名付け、盛大にお祝いをするという。

 去年の失態を払拭するため、一段と美しく着飾って。


 その美しい王女様のお姿を一目見るべく、大勢の客が押し寄せているらしい。


「ですから私達も子供と一緒に、厄払いついでにお祭りを見に来たんです。ねー、坊や? 気持ち悪い人間はみんな殺して気分良くお祭りみたいもんねー」

「殺す殺すー!」

「まあ可愛い! さすがうちの坊やだわ! ……あら? 旅人さん、どうかしましたか?」

「……いえ、失礼……ふふ、ふふふっ、いひひっ」


 気付けば、私は笑みを殺しきれずにお腹を抱えていた。

 そうですか。

 今日はまさかの、私が処刑されて丁度一年目。


 そして王女は、今日をとても大切にしている。

 エルフ種にとって記念の日になる……と。


「それはいい、大変にいいですね……つまり今日ぜんぶ叩きつぶせば、あの女に最大の屈辱を与えられる……なんて幸運……ああ、ドキドキが止まりません……!」


 これも勇者様の思し召しだろうか。

 私はついうっとりとしてしまい、涎が零れてしまいそうになる。

 ……い、いけない。まだ殺してもいないのに、心が浮かれてしまいそう。


「ちょっとあなた、顔が変ですよ? 大丈夫です?」

「ご心配なく。では、私も王女様にご挨拶に行かなければなりませんね。百年もお世話になったんですから……」


 にやつきながら決意を新たにした私は、しかし目の前の行列をどうしたものかと思う。

 全員殺しても良いのだが、百匹以上はちょっと手間だし逃げられると面倒くさい。


 どうしようかなー、うーん……

 と悩んでいると、行列の最後方に不思議な馬車がみえた。


「あれは……なんでしょうか?」


 形は幌馬車に見えるが、先端に馬がいない。

 代わりに鉄の車輪と金属の箱が積まれ、動物の力を借りずに動いていた。ドゥルン、ドゥルルン! と金属箱が妙な音を鳴らしながら、何かの魔力を放出している。エネルギーを伝えて車輪を動かし、行列をゆっくり進んでいるようだ。


 ほほう、と興味を持った私はその馬車を覗いてみる。

 エルフ種らしい、豪華な服を着た高利貸しみたいなエルフが鼻につく笑顔で迎えてくれた。荷台に商品が積まれているのを見るに、遠方から商売に訪れているのだろう。


「すみません、これは何という馬車ですか?」

「ほほぅ。お嬢さん、興味があるかね? これは僕が大枚を叩いて買った<魔道馬車>さ! 馬や人間ではなく、魔力を原動力にして動く馬車なんだよ。レアな魔力鉱石を大量に詰め込み、そのエネルギーを動力に変換して動くのさ。すごいだろう?」

「へえぇ、それは大変にすごいですね。では頂きます」

「え? ……ちょっと、お嬢さん? これは僕の車でへぶっ」


 鼻を叩きつぶして半殺しにしながら、よいしょ、と馬車に飛び乗る。

 足元にある二つのスイッチを踏んで加速と減速を行い、左右へのカーブは手元のレバーを傾けるようだ。


 ……ああ。何かに似てると思ったら、人類が作った魔道兵器だ。

 試作品として仲間達と一緒に乗り、勇者樣が「いやっほーぅ! 気持ちいいーーっ!」と暴走させ壁に激突して自爆したのを思い出す。


 ちなみに試作品の完成度は良かったものの、魔法使いがげろげろに酔って「開発者は私を殺そうとしてるの、そうよそうに違いない」と盛大に舌打ちしたのと、整備されてない歩道や坂道ですぐ止まってしまう難点から使用は見送られた。

 その技術を勝手に盗んで作ったのだろう。これだからエルフは、と隣の男を睨む。


「お、お前なにをして……ひいっ」

「もう一発食らいたいですか? 今すぐ殺して蘇生させてもいいんですよ? で、どちらが加速ですか?」

「っ、み、右足を踏むと加速して、減速が」

「減速は必要ないので結構です。と言いますか、私が運転すると景色をゆっくり眺められませんね……」


 王都は”花の都”と呼ばれるほどに華やかな町だ。燃やす前に一度くらい眺めたい。

 それに、自分の両手が塞がるのも面倒くさい。


 うーんと考えた私は、すぐにいいことを思いついた。


「そうだ。あなた、運転してください。出力には私の魔力を補助して差し上げます。勇者様から授かったお力ですから、とても素敵な速度が出るはずですよ?」


 私は後方に腰掛け、男の背中を蹴りながらにんまり笑う。


「という訳で、進みましょう。全力で!」

「へ?」

「なに呆けてるんですか? 王城に行くんでしょう?」


 ほらほら、と私は男をせっつくが、なぜか動かない。

 死にたいのかな? とメイスを構えても同じだ。


 なにかに躊躇したように私に振り向き、カタカタを震えながら、


「……い、いや。…………ひ、ひ、人が、前にいっぱい並んで」

「それが何か?」


 意味がわからない、と私が小首を傾げているにもかかわらず、男は膝を震わせたまま。


 じゃあ殺そうと思ったけれど毎回殺すのも芸が無いなと思った私は、男の首に下げられたロケットペンダントに気付く。

 ぶちりとむしり取って開くと、小さな絵画が収められていた。

 仲の良い三匹家族でらしく、まだ若い妻と、五才児くらいの子供の姿が並んでいる。


「あら。隣に並んでらっしゃるのは奥さんですか? 子供はあなたの長男さん? ふふっ、どちらも豚のように可愛らしい顔ですね。こんな写真を持ち歩くということは、あなたはとても家族思いなのでしょう」

「……そ、そうなんだ。こんな僕でも、結婚はしていてね。本当によくできた自慢の妻と息子で」

「ええ、よく分かります。子供との思い出、妻との思い出というのは誰にとっても尊いもの。この素敵な笑顔を浮かべる奥さんも子供も、きっとあなたの帰りを待っていることでしょうねぇ」


 ゆっくり頷いて、とんとん、と私は彼の肩を優しく叩く。

 にんまりと私は笑う。


「パパとしては、元気な顔をみせたいですよね?」

「は、はい……」

「手とか、足とか。ちゃんとくっついたままの方がいいですよね?」

「…………」

「ん?」

「…………っ、ひ、ひいいっ!」


 男は頬を引きつらせしながら足を踏み込んだ。

 ドゥルルルル! と魔道馬車が喜びに吠え、そこに私の魔力をひとつまみ添える。


 勇者様の魔力で補強された車輪はオーバーヒートしたようにガリガリと地面を抉り、宙をかっ飛ぶように爆走した。

 西門前に並んでいた虫共をがりがりと巻き込んでひき潰し、大型馬車すらもはね飛ばしながら西門入口へと突撃していく。


「うーん。気持ちいいーーーっ! もうっ、殺ればできるじゃないですか」

「あ、ありがとうございます! ありがとうございますぅっっ!」

「感謝の言葉が言えるのは、虫にしては上出来です。あ、ちょっと右に曲がって? あれも潰しましょう」

「は、はいいっ!」

「なっ、こ、こっちに来ないでひいぐげっ!」


 行きがけの駄賃で先程の母子を轢き殺しながら西門へと突撃。

 入口を固める兵が慌てて魔術防御を展開するが、そんなものは私の魔力でどうにでもなる。


「と、止まれ貴様! その馬車を止めあがあああっ」


 西門をくぐる際、結界魔術を展開することも忘れない。


 そうして私は満面の笑みとともに、王都へと乗り込んだ。

 花の都、その中央通りは聖誕祭のためだろう、幸せそうな顔をした虫たちが数多く行き交い、露天商と笑顔で会話をしては果実やら野菜やらを売り買いしている。

 それらを出来るだけひき殺し、たくさんの悲鳴を撒きながら王城を目指す。


「ふふ。ふふふっ……!」


 どうしよう。もう笑いが止まらない。

 血と肉と骨を削り、車輪に引き込まれる数多の嘆きとともに、私の心がたまらなくざわついていく。

 目の前には王都アンメルシア、その本城アンメルシア。

 あの女の居城が見えてきた。



 ーー待っててください、王女アンメルシア。

 いま、会いに来ますから!


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