サクラ・サクヤという人間 side:ピコ

 とにかくサクヤという人間は信用ならない。

 いや、そもそも人間という生き物は信用ならない。向こうにいる連中は「にんげんだーうわー」とくらいしか考えていないけれど、この件については鬱陶しい異世界のネコ共と意見は同じ。

 あいつら自然を破壊しまくって、仲間同士で殺し合って挙句「へいわだいじ!」「しょくぶつまもる!」なんて間抜けなことを言うバカだ。そして成長せずに殺し合いをして世界はどんどん壊れていく。その癖「我々は平和主義者であります」と利口ぶっている。なにをどう信用すればいいか教えてほしいくらいだ。

 そのうえで、サクヤというヤツは特に信用がない。人間というのはどうしようもない連中だけれど、コレは異様なほどに根の腐っている。初対面だというのにもかかわらず無礼極まりないことをしてきたサクヤには度肝を抜かれた。

 男のくせに普通の女よりも女らしい容姿をして男たちを騙しているようなヤツでもある。赤井という同い年の男を散々その容姿で誘惑し続けているというビッチ。本当に汚らわしい。これを言うとサクヤは本気でワタシを殺そうとしてくる。それくらい事実なのである。日本人は事実を言うと逆上するらしいから。


 だからこそ、だ。サクヤが妙に畏まって口にした「だからちょっとボクの家の伝承を話してあげるよ」という言葉は全く信じられない。随分と古めかしいステージの上で、ゆっくりなダンスを踊るサクヤを訝しく眺める。


「……アンタ隠してたくせに、なにを企んでるの?」

「いやだなぁ、隠してたわけじゃないよ」

 踊るばかりでサクヤはワタシの顔さえ見ない。一体どちらが話しかけてくれたのだと問いかけてやりたかったが、珍しく真剣な顔をしていたからそれも躊躇われた。それにちょっとだけ苛つくことを言ってくれるけれど、大人らしくここは流す。

 アンタ、ドのつく秘密主義だけど。


「ボクのご先祖様はね、黄泉の国を征伐しに行ったことがあるんだ」

「よみ……? どこの国よそれ?」

「どこにあるのかって言うのは言いづらいけど、とりあえず死者の国、冥府だね」

 はいはい、そうですね。

 サクヤが住む世界はずいぶんとファンタジーで満ちているらしい。

 馬鹿なことを言い始めたサクヤを無視してスマホを弄る。あまりにも秘密主義を拗らせたどうしようもない人間の戯言なんて聞いてもなににもならない。


「そこには大きな桜の木があるんだよ。ピンク色にほんのり光る花を一杯に咲かせる桜。それを佐倉家の人は幽玄の大桜って言ってるんだ」

「その桜の花は、実は生きた人々の魂でしたぁ、なんて言うつもり?」

 呆れるほどにテンプレートのホラー創作。どうにもサクヤは嘘の類は得意であるのに、面白いフィクションを考えるのはド下手であるみたい。すっごく陳腐。ワタシが小さいからって、そんな子供だましな言葉を信じるわけがないでしょうに。


「その桜とご先祖様は契約を結んだ。そして桜の力がご先祖様の血に流れ込んだ」

「ふぅん、それで桜色に髪の毛が染まるってこと」

 この世界では全くないだろうけど、植物と契約をするというのはワタシの世界ではよくあることだ。向こうはそもそも人間なんておらず妖精か植物か、カーバンクルとか言う守銭奴なリスみたいな生き物しかいない。そしてカーバンクルは妖精と積極的に関わろうとしないから結果的に大概の妖精は植物と契約を結ぶ。

 人間にしてはなかなか現実的な設定をしてくれる。

 でもまあ死者の国なんてあるわけないけど。


「そうだね」

「はぁ、そんな三文小説みたいなこと言ってワタシが納得できると――」

「ただ伝えたいのはここからなんだよピコ。少し落ち着きを持とうね」

 すごくうざい。殴ってもいいだろうか。というか近くを飛び回って邪魔してやることにする。ワタシはこんなに可愛くて、この世界でワタシたちは一種の信仰対象にもなっているのに、嫌がる不遜な人間に天罰を与えるために。


「もともとそのご先祖様は妖術とか陰陽術とかを使えたんだよ」

 ただカグラという独特なダンスをしている時のサクヤは全く構ってくれない。いっつもは端正な顔が面白いくらいに、不快の感情に歪むのだけど。だからつまらない。滑稽に転んでくれても面白いけど、妙に動きが洗練されていてそんな兆候もない。ダンスなんて知らないワタシでもサクヤが熟達者であることは簡単に分かる。


「でもそのご先祖様を境に、佐倉の血を引く人間は妖術を使えるようになった」

「それ、いつの話よ」

「う~ん、平安時代? だから、千年から九百年は前かな?」

 あぁ、だからサクヤは異能なんて使えないのね。なるほどね!

 などと納得するとでも思ったのかこの女男は。なによ千年から九百年は前って。嘘か真かさえ判断が付かないじゃない。ワタシが妖精だから差別してくれちゃって、まったく、このチビには困ったものだ。出来る限り目障りを覚えてくれるように祝福を掛けてやる。この暗闇だ、明かりは嬉しいでしょうし。


「始めはどんな時間でもピンク色の髪で妖術を使えた。血が濃かったんだと思う」

 驚いた、人間は千年前のことを事細かに記しているのか。まったく知らなかった。平然としゃべるサクヤに毒づく。ただ一瞬サクヤの目に怪訝な感情が見えて、コイツも大して信じていないことを知る。……そういえば伝承って言っていたわ。


「ただ、血が薄くなってくるとほとんど妖術の類も使えない人が増える」

 自分も信じていないのに、なぜ人にそうやって語れるのだろう。やっぱりサクヤには詐欺師の才能がある。純情純真純朴純粋天真爛漫のワタシとは違って。


「最初はいつでも妖術を使えていたのが、次第に黄泉に近い夜しか使えなくなった」

 それにワタシもどう聞いていればいいかよくわからなくなってくる。相手が真実であると全く思っていない言葉を、真実でないと知って聞くことなんて今までにない。だからちょっと困惑する。


「次に現世と黄泉が最も近づく朔、新月の夜だけしか妖術が使えなくなった」

 元からそんな力なんてなかったのに、後付けで付けたんだろう。サクヤは髪がピンク色になるだけで力を使えないというところが怪しいし。実は重度の厨二病患者で、そういう設定を自分で作るためにピンクに染めているんじゃないだろうか。


「今では基本的には妖術は使えず朔の夜にほんの少し桜の特徴が現れるくらいで、だからボクのお母さんは、髪の毛の色もほとんど変わらない。おじいちゃんもそう」

 確かにサクヤと血のつながっているという連中は夜になっても髪色が変化することがない。ただ妙に顔の整った連中ではあったけど。おかげでもっとサクヤが厨二病患者だという確信は強くなる。


「先祖返りとでも言うの?」

「んふふ、そうみたい」

 挙句先祖返りと来た。あの喫茶店にいたクロという男と大して変わらないじゃない。なにか気持ち悪い笑い方をしているサクヤをじっとり眺める。妄想癖かも。

 カグラを終えたサクヤはこちらを振り向こうとする。

 そんな時だった。



「だから朔の夜になると妖術が使える」

「は?」

 勢いよく身体を回してこちらを向く。

 その瞬間、髪色が真ピンクになった。

 ふわりと浮かんだ髪の毛にはどこにも黒色など見えない。それまではまだ、黒の中にピンクが混じっていたようなものだった。しかし今、その髪の毛はいきなりすべてがピンク色になった。そしてそれはなんだかほんのりと光ってもいる。

 この世界では見たこともない不思議な光景。


「……言うのは遅れたんだけど、桜の力をかぎ取って時々冥府から登って来る人たちがいるんだ。特にほら、今日は三が日の終わりじゃない」

「は? アンタ、え? 冥府ってまさかほんt――」

 毛先からは桜の花の様なものが散っていた。はらりはらりと板張りの床に落ちていき、ぱりんと割れて消えて行く。あまりに不可思議な光景に目を丸くしていた。

 しかし身体は硬直することはなかった。なにせ妙に華やかな街灯らしきものが突如地面の中からつきあがったから余裕がなかった。生えてきたと言ってもいい。淡い光を放つガス灯のようなものが何故か出てきたのである。

 見るからに土の足場なのに。


「ひ、ひぇぇえ!?」

 そして次に出てきたのは肉のない骸骨。人の骨。それは勢いよく土の中から出てくると、ワタシの方へ向かってきて、思わずサクヤの胸元に隠れる。


「毎年、骸骨になって出てくるんだ……そんなに怯えるとは思ってなかったよ」

 カタカタカタ。その音に心の底から嫌悪感が湧く。

 そしてサクヤのくせになんだか申し訳なさそうな声を出していた。


「来てくれてありがとうございます骸骨さん。でもちょっと待ってくださいね」

 なんでそんなアンデットに言葉掛けてるのよこのバカ! 冥府の生き物なんて性に固執してこっちを襲ってくるに決まってるじゃない!

 で、でも怖いからサクヤの服の中で暴れることくらいしかできなかった。

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