番外編2 眼鏡キャラはイジられる

 次の日、休日だった。

 俺は早速アレンの眼鏡を一緒に作ろうと、午後、マリーと一緒にそのアパートに向かっていた。


 アレンはドアの前で出迎えてくれていたので、俺はメモを渡した。


 「見えん」


 「『待たせた』って書いてあるよ」


 マリーが代わりに読んでくれた。


 「待たせたんならまず謝れや」


 そうか、それもそうだな。俺はもう一度メモを書いた。


 『ごめん』


 「見えねぇっつってんだろ!」


 通じているだろうに。全く素直じゃないなぁとか思いながら俺は今度はマリーにメモを渡した。


 『車椅子がいるかもしれないから、取ってくる。ちょっと待っててくれ』


 「えー、本当に軟弱なんだから・・・・・・」


 「おい、何勝手に入ってきてんだ!」


 俺はアレンの車椅子を取るために玄関の物置へと手を伸ばした。車椅子を取り出すと、アレンは不機嫌そうに言った。


 「それはいらねぇよ!歩けるから・・・・・・多分」


 「多分とか言ってる人の言うことなんて信用できないわ。大人しく乗りなさいよ」


 「やめろ!目立つだろうが!」


 俺達は今から商店街へと向かう。今日は休日だ。きっと人で満ち溢れているだろう。

 アレンはもしかしたら鍛錬場の誰かに今の姿を見られるのを嫌がっているのかもしれない。だとしたら大丈夫だろう。声を出さなければバレない。全くの別人に見えるからだ。


 俺は有無言わさぬように、念を込めて言った。


 「車椅子に乗れ」


 アレンは観念して渋々と車椅子に乗った。


 なんだか最近よく声が出るのは、必要に迫られているからだろうか。それとも放って置いたら死にそうな人間が目の前にいるからだろうか。


 とにかく、早く商店街へ行こう。眼鏡を掛けていない貧血の男の顔色が悪い。さっさと新しい眼鏡を作ってもらったらアレンをアパートまで返してやろう。


 商店街に着くと、やっぱり人で溢れていた。俺も人混みはあまり得意ではなかった、酔いそうだった。

 そういえば、俺は身体こそ強いが、メンタルはあまり強くなかった気がする。みんなに嫌われているから。みんなに化け物呼ばわりされて、嫌われているから。人の視線が痛い。ただでさえ目立つ金髪なのに。ああ、なんだか息苦しくなってきた。


 「あーっ、もう!あなた達2人ってどうしてこうも軟弱なの?!あたしが車椅子引くから、ジョゼフはこの帽子でも被ってなさいよ!」


 マリーに軍帽を渡された。これはまた目立つんじゃないか?とか思ったが、被ってみたらなんだか落ち着いた気がした。


 「え、泣いてんの?」


 アレンが後ろを振り向いて俺に聞いてきた。どうやら俺は泣いていたらしい。


 「もしかして、人混みとか苦手なのかよ?」


 俺はアレンの問いに頷いた。というか、俺は人が怖い。生身の人間が恐いのだ。


 「そこまで嫌なら、オレが一人で買いに行く・・・・・・」


 そう言ってアレンは自分で車椅子を動かそうとしたが、俺はそれを止めた。

 一緒に行くと言ったんだ。こんな死にそうな奴を商店街へ一人で出歩かせるわけにはいかないからだ。だいたい目もよく見えていないだろう。

 それに、商店街は危険だ。生身の人間が大量発生しているから。


 「暇だし、あなたの眼鏡を選んであげるよ」


 マリーは馬鹿にしてるような口調で言った。


 「・・・・・・黒縁がいい」


 それに比べてアレンは意外と素直だった。


 「何で黒縁なの?もっと荒れた感じの赤い逆三角眼鏡とかの方がいいんじゃないの?」


 「道化師かよ!誰がそんな変な眼鏡かけるかよ!馬鹿にしてるだろテメェ!」


 「うん、馬鹿にしてるよ」


 「・・・・・・ぶっ殺す」


 アレンがマリーに飛びかかって殴ろうとしたところで、俺はそれを止めに入った。なんだか2人の仲裁係りにも慣れてきた気がする。


 そんなやりとりをしていると、いつのまにか眼鏡屋に着いていた。

 俺達はそこに入って、店の至るところに並べられていた大量の眼鏡を見ていた。


 店のスタッフがマリーに話しかけた。


 「お嬢さん、どんな眼鏡をお探しですか?」


 「そうねー、なるべく人から見て『こいつは頭おかしいんじゃないの?』って疑われるようなデザインで、縁は星形とか、虹色ですっごい目立つやつがいいです!」


 「えっ、うちにそんな眼鏡はございませ・・・・・・」


 「おい、ヤメロ!オレに変な眼鏡を寄越すなブス女!」


 「あっ、そちらの少年の眼鏡ですか」


 スタッフがアレンを見て言った。


 「・・・・・・ショウネン?」


 アレンは俺と同い年で23歳だ。少年と呼べるような年齢ではないが、確かにアレンは童顔だ!鍛錬場ではいつも目つきが悪いから気がつかなかった。

 車椅子に座っていると身長もわからないし、言われてみれば少年に見えるかもしれない。


 「オレは少年じゃねぇ・・・・・・黒縁眼鏡をください」


 「細かいデザインなどはご自分で選ばなくて大丈夫ですか?」


 「四角形で、ちょっと太めの黒縁でお願いします」


 「かしこまりました、探してきますので少々お待ちください」


 スタッフが離れていったところで、マリーは幼い子どもを褒めるように手を叩きながらアレンにこう言った。


 「うわぁ、アレンくんはちゃんと店員さんに敬語が使えるのね!偉いわ!」


 「うるせぇ、黙れ!」



 スタッフが3つのタイプの黒縁眼鏡を持ってくると、アレンは「これでお願いします」と言って1つを選んだ。

 それから視力検査を終えて、数時間後に新しい眼鏡が出来た。


 アレンはその新しい眼鏡を掛けてほっとしたように息を吐いた。


 「はぁ、これで良く見えるようなった・・・・・・」


 「良かったね、しょーねんっ!」


 マリーは両手をぱあっと開いて見せてアレンの目線に合わせて言った。

 アレンは苛々してマリーを殴ろうとしたが、やっぱりそれは受け止められてしまった。2人で力を押し合っている。


 「テメェはハンデのある人間に暴力振るうったぁ最低だな!」


 「あなたこそ女を本気で殴ろうなんてろくでなしよ!」


 ・・・・・・どっちもどっちだと思う。強いて言うなら、マリーの方が悪いかもしれない。能力的にアレンの方が弱いから。というか、2人ともうるさい。うるさいから黙らせた。


 「うるさい、会計を済ませたらアパートへ帰るぞ」


 ドスの効いた声が出た。最近よく喋れるなぁと思ってたら、もしかしたら俺は苛々すると喋れるのかと気がついた。確かに今まであまり苛々することがなかったから。マリーと出会って、アレンの介護?をはじめる前までは。


 車椅子を引いて、厳重保護棟のアパートに戻ってきていた。

 玄関の物置に車椅子を置いて俺達が帰ろうとした時、アレンに呼び止められた。


 「おい、礼に・・・・・・昨日の夜、シチュー作ったから、お前ら食べていけ」


 「毒を盛られて死にたくないんで、帰るわ」


 「盛ってねーわ!頑張って作ってやったから食べてから帰れ!」


 アレンは俺の服を引っ張って家の中へと連れ込んだ。

 俺達がそのままリビングに着いてテーブルの席に座ると、アレンはシチューの入った鍋を持ってきた。その香りが食欲を誘って、俺は思わず息を呑んだ。


 アレンは俺とマリーの皿に盛りつけながらこう言った。


 「お前の好物がシチューだと、博士が・・・・・・」


 聞いてくれたのか。でも、シチューって具材が多くて高価なものじゃないのか。それをわざわざ俺達のために作ってくれたのだろうか。それに、夜は薬の効果が切れて体調も良くないだろうに。


「か、勘違いするなよ!たまたまオレも食べたくなったから作っただけだからな!?」


 「さっきと言ったことと矛盾してるんだけど。自分が食べたいなら、自分の皿の用意はどうしたの?テーブルに皿が2つしかないんだけど、アレンは食べないの?食べたいんじゃないの?」


 マリーがアレンに冷ややかな視線を送っている間に俺は食べはじめていた。いつもの痴話喧嘩に構ってやるより、シチューが冷める前に食べようと思った。


 「・・・・・・おいしい」


 アレンは俺の言葉を聞いて嬉しそうにガッツポーズをとった。

 その間に俺は席を立ってキッチンへ向かった。新しい皿を取ってアレンが座っていたテーブルの席の前に置いた。それから残りのシチューを入れてアレンにも食べるように促した。


 「いや、オレはあとで・・・・・・」


 この人、もしかしていつもこうして食事をとっていないのだろうか。いつ食べているんだ。

 よく見てみたら手首が細い。いつもマフラーとコートで着込んでいるから気がつかなかった。こんなに細いのにどうやって鍛錬場に来ているんだ?いくら薬の効果があっても、このまま放って置いたら本当に死にそう。


 俺はスプーンにシチューを一口分乗せて、アレンの口元に近づけた。


 「わかった!食べるから、そういうのヤメロ!」


 「・・・・・・気難しいお爺ちゃんの介護をしてるみたい」


 マリーはアレンを見て笑い、アレンは渋々と食べはじめていた。食べ終わるのにやっぱり30分くらいかかった。


 それから、俺が食器を洗って片付けをした。アレンは疲れていたのかその席に座ったままぼーっとしていた。マリーはもうアパートを出ていて、ドアの外で俺を待っていた。


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