第12話 ここが重要ポイントになります

 食事を終えてから、妹さんと会話を続ける。

 内容としては簡単な雑談だ。今までの人生の遍歴だとか、妹さんの人生であった面白い話だとか……興味深いけども、あまり事件には関係がない話だ。

 息子さんが帰ってきたら話を戻すかと考えて、ふと時間に意識を向けた瞬間……


「なっ!?」

『ひひ、ようやくか』


 世界が灰色になる。時が止まった。これは、巻き戻しの前兆。

 殺人事件が起きてしまったのだ。


「息子さんが狙われたのか! クソ……!」

『しかし、思ったよりも退屈だったぜ。話ばっかりだからな』

「そんな事言われてもしらな……ぐっ……!?」


 突如として、体が動かなくなる。

 倒れて、僕の体は意思に反して痙攣を始める。ガクガクと震え、コントロールが効かない。そして、痛みだけは鮮明はっきりと感じている。


『毒殺だぜ? まあ、ゆっくり苦しむんだな』

「が、ぎ……!」


 口から泡が出てくる。体を異物が蹂躙する苦痛。

 血を吐き、目から血を流し、あまりにも無惨な見た目になりながら苦痛の中で僕は息絶えた。



(……ああ、戻ってきた)


 ベッドの上で目覚める。

 今回は思ったよりもダメージが少な……いや、違うな。体が苦しむ余裕すらないのか。一切動けない。


『ひひ、無様だなぁ……でも、まだ情報収集するんだよな?』

(そのつもりだけど……どうしたの? 不満そうだけど)

『いやあ、正直に言うとそろそろ情報収集ってやつを聞くのも飽きてな。あんま動きがねえなら散歩でもして来ようと思ってな。ああ、死んだらすぐ戻るわ』

(えっ、なんで)


 と、僕の返事をまたずに気配が消える。

 ……本当にあいつ、どこかに消えてしまった。いや、流石に冗談だろうと思って話しかける。


(いやいやいや、冗談でしょ? 退屈だからって……うわ、本当に反応も気配もない)


 本当に居なくなってしまった。

 僕に対して嫌がらせみたいなことしかしない奴だけど、居ないとなんというか……


(不安だ……!)


 迷惑かけてないかとか、一体散歩って何をするつもりなんだとか。そんな事を考えてしまう。

 いや、まあそれよりは自分のことをするべきなんだけども……


(しかし、殺されたのは息子さん……皐月さんに呼び出されたと考えるべきか。そこまで直接的な行動を取るとは思わなかった)


 あの後、出会った皐月さんが何らかの原因で皐月さんに呼ばれたと考えるべきだろう。

 それに付いていって、そこで殺された……そう予想は外れて居ないとは思うが仕掛けを使った事件を起こしていた皐月さんにしては……


(ああ、いや。それよりも先に息子さんの事件を止めないと)


 皐月さんが呼びに来るまでに体調が戻らないと、事件を防げない。返事もできずに寝込むと医者送りだ。

 毒殺の影響で曖昧な思考をなんとか戻している最中に皐月さんから声をかけられた。必死に声を振り絞って食事は必要ないと答える。

 なんとか心配させずやり過ごせた。


(……ダルいけど、ここからは動きは覚えてる。そうだなぁ。窓を割るって分かってるなら……ああ、そうだ。音を立てる必要もないか)


 探偵道具として、テープなら持っている。それを使って音を押さえれば静かに割れるだろう。

 そうすれば時間を作れるし……ああクソ、体が動かない。


「……頑張れ、僕……! 動け……!」


 自分を鼓舞して、なんとか立ち上がる。

 ……不味いな。思ったよりも心身共にダメージが大きい。ここで詰むわけにはいかない。ふとマガツの憎まれ口がないのに違和感が出てしまうのがムカつく。


「はぁ……行こうか」


 そのままダッシュで下の階に。どう動くかわかっているから無駄はない。

 そのまま外にでて、窓ガラスにたどり着き持ってきていた布に石を入れて、窓ガラスにテープを貼る。


「せーの!」


 ガシャンという音とともに割れるが、その音は随分と小さく窓ガラスも対して飛散していない。

 これならばバレるまでに時間はかかるだろう。


「さてと……次は……」


 独り言を言いながらも、なんというか物足りなさを感じてしまう。

 本当に癪だけど、聞いてくれるマガツが居ないと調子狂うな……



 そして部屋に戻ってしばらく待ってみたが、巻き戻しは起こらなかった。


(事件は防げたみたいだ。良かった)


 マガツは離れているとはいえ、やり直しの際にはちゃんと報告に来るだろうから確定と見ていいだろう。

 さて、どう動くべきかと考えていると部屋がノックされる。


「はい?」

「あの、探偵さん。少しよろしいでしょうか」


 ……おや、皐月さんだ。出てみると、ちょっと困ったような表情を浮かべている。

 これは前回とは違う流れだ。前回は、窓ガラスを割った犯人探しで大慌てだったのだが……


「どうしたんですか?」

「はい。実は、梅生さんの宿泊していた部屋の窓が割れてしまって……それで、なにか物音を聞いてないかを確認に来たのですが」


 ……まあ流石にわかるか。息子さんが直接言ったのかも知れない。


「いえ、聞いてないですね……部屋で休んでいたので。怖いですね」

「はい……このお屋敷の近くに人はいませんし……なにか不審な人影を見たら教えて下さいね?」

「はい」


 ……嘘が嫌いな皐月さんに、もう罪悪感もなく嘘を言えるようになってきた。あまり良くない兆候だ。


(……とりあえず、食事をしたいな)

「皐月さん、食事をしてもいいですか? お腹が空いて……」

「ええ、いいですよ。それじゃあ一緒に行きましょうか」

「あれ? いいんですか? 屋敷の仕事は……」

「ええ。お仕事は残っていませんから」


 ……ああ、そうか。僕が窓ガラスを割っていないから、騒動にならずその間に残っている仕事を終わらせたのか。

 つまり……立ち回り次第で皐月さんの行動を制御出来るか。


「分かりました。それじゃあお願いします」

「はい、すぐに料理を温めますね。私もまだなのでご一緒でもいいでしょうか?」

「はい、むしろ一人よりは嬉しいですね」


 それは良かったと言い、笑みを浮かべる皐月さんへと付いていく。

 ……しかし、美人と食事か。これは役得だなぁと深く考えずに思うのだった。



「……というわけで、伝承では死者を蘇らせてくれたなんて話もあるんです」

「なるほど。あの祠はそう言う伝承のある場所なんですね」


 皐月さんと食事をしながら、以前に聞いた伝承の話を再度聞いていた。

 内容的には前と変わった点はない。亡霊島の成り立ちなどだ。


「探偵さん、伝承について興味がありますか?」

「ええ、こういう話は好きですから」


 その言葉に、少し悩んだような表情をする皐月さん。

 一体何を考えているのだろうか……


「探偵さん……お屋敷にある書斎に興味はありませんか?」

「書斎ですか?」

「はい。旦那様が集めた資料などがあるのですが……伝承などについて詳しいものもあるので……」

「おお! それは是非とも見せてください!」


 それは見てみたい。というか、知りたい情報があるかもしれない。

 そんな僕を見て、優しい笑みを浮かべる皐月さん。


「それでは、書斎までご案内しますね」

「お願いします」


 そして書斎まで案内をしてもらう。

 屋敷の二階の奥。最初の事件を解決したときも見たことがない部屋だ。案内されなければ辿り着けないであろう部屋。

 中に入ると、そこには圧倒されるほどの蔵書量。図書館に負けず劣らずかもしれない。


「ここです。あまり乱暴にしなければ好きに本は見てもいいですよ」

「おお、ありがとうございます!」

「ふふ、そこまで喜んでくだされば嬉しいです」


 笑顔で言う皐月さんのお言葉に甘えて、書斎にある本を適当に取って見てみる。

 ……それは報告書のようなもので……うん、なんだろう。とても見覚えがあるな。


「皐月さん……その、これって……」

「えっと、そこは旦那様が外部に依頼をして集めた資料ですね」

「やっぱり……」

「あの……どうされました?」


 心配そうな皐月さんに、手に持っている本を見せる。

 それは、本に見せかけた報告書だ。こういう遊びみたいなことをする人間はよく知っている。


「これ、僕の父の仕事ですね……ああ、くそ。そりゃそうだよな……最初に手を取る場所はたいてい決まってるもんな……」

「……お父様は嫌いなのですか?」

「いえ、嫌いってほどじゃないですよ。ただまあ……色々と自分勝手な人なんで。ええ」


 オブラートに包んでそう伝えるが、皐月さんはどこか羨ましそうな表情をしている。


「良いと思います……私は父親の事を知りませんから」

「それは……なんというか」


 隠された事情は知っている。だが、彼らはきっとこの屋敷の主人が伝えずに亡くなってしまった以上は……最後まで皐月さんに伝えるつもりはない。

 僕に教えたのだって、皐月さんに教えることはないだろうと踏んでだったのだろう。


「いいんです。その代わり、旦那様がお父さんの代わりのように私に接してくださっていましたから」

「……良い人だったんですね」

「はい。口数は少なくて気難しい方でしたが……私には優しくしてくださりました。ご家族ともあまり仲は良くなかったようですが……もしかしたら、その代わりだったのかもしれませんね」


 ……ああ、全部教えてしまいたいと思うが……教えて救われるわけがない。

 だって、真実を掘り返したところでその当事者は亡くなっているのだから。死んでしまった厳島桜人に、なんとも言えない苛立ちを感じる。

 父さんの仕事の成果を確認しながらそんな風に感じていた。


「そんなことはないですよ。きっと、皐月さんを大切に思っていたはずです」

「……どうでしょうね……旦那様は、私に隠し事をしていましたから」

「隠し事……?」

「はい。長い間、一緒に過ごしていれば分かります……だから、私は嘘が嫌いなんです……隠し事も、嘘も……寂しいだけですから」


 ……ああくそ。罪悪感がドンドンと重くなっていく。

 それと一緒に、一つの思いも強くなっていく。


「なら、今回はいい機会じゃないですか」

「いい機会……ですか?」

「ええ。ここに集まった人たちは、ここの屋敷の主人を知っている人ばかりです。だから、彼についての話をすればいいんです。そうすれば見えてくる物もあるはずですよ」


 あえて明るく、彼女の不安をせめて和らげれるように。

 と、そこで一冊の本を手に取った。父さんの性格だったら、大体集めた書類などをどういう配置をするのかは知っている。

 その中で、一冊だけそのルールにそぐわない本があったのだ。


(これは……父さんが片付けた本じゃないな)


 恐らく、後からここに置いたのだろう。

 ……木を隠すなら森の中。あまり見られたくない日記などがあるとして……それを片付けるならどこにするだろうか? あまり手元から離れると厄介だ。古い本棚の方だと、皐月さんが気づいてしまう可能性が高い。取り出しやすく、そしてすぐに気づかれない場所。

 つまり、探偵に集めさせた新しい資料のにそれとなく紛れ込ませる。自分が取り出しやすいように……


(……まてよ!? つまり、これはまだ誰も知らない厳島桜人の……個人的な日記なのか!?)


 どこまで書いているかわからない。それでも、これはきっと何かのキッカケになるはずだ。

 いや、場合によってはこれに書かれている秘密が重要になる可能性がある。


「……見てください! 皐月さっ――」


 ガツンと、頭部への衝撃。

 それは、ある意味では慣れ親しんだ痛みだった。何度も経験をしている。

 死に向かう痛み。体と精神が剥離する痛み。ただ、痛みは感じないのは救いかもしれない。


「皐月……さ……ん……?」

「ごめんなさい……ごめんなさい……でも、もう、時間がないんです……! だから……本当に、ごめんなさい……」


 皐月さんは、鈍器らしいものを持って涙声でひたすらに謝罪をしていた。

 ごめんなさいという言葉だけが室内にリピートする。まるで壊れかけたラジオのように。


「ごめんなさい……大丈夫です……ちゃんと、責任は取ります……ごめんなさい……探偵さん、だから……ごめんなさい……」


 そういいながら、フラフラと歩いていく皐月さん。

 最後の力を振り絞って時計を見る。時刻は0時……ああ、最後の事件の時間だ。

 だが、僕はそれ以上に印象に残ったのは……心が壊れてしまったかのような、皐月さんのあまりに悲しい泣いている顔だった。

 自分の死よりも。痛みよりも。それは深く焼き付いた。


(ああ、くそ……)


 脳裏で組み上がっていく。最後のピースが。僕はようやくこの事件の答えに辿り着けた。

 そして……後悔が芽生える。皐月さんを追い込んだのも、皐月さんを壊してしまったのも原因は僕なのだ。


(本当に、僕は……最低……だな……)


 彼女は覚悟をしていた。彼女は罪を犯した。それでも、あんな悲しい顔をさせていいわけがない。

 だから、僕は覚悟を決める。どれだけ痛みを伴ってもこれ以上彼女を悲しませないと。


『ひひひ! さあ、巻き戻しだぜ!』

(マガツ……やっと、戻ってきたんだ……)

『おうよ! まあ、ちゃーんと遠目に見てたぜ! お前が殺される瞬間をな! だが、ここで殺されるのと巻き戻しで死ぬのは別だぜ! さあ、覚悟は良いか!?』

(ああ、いいよ。覚悟なんて出来てる)


 気づけば世界が灰色になり、僕の体は拘束されていた。金属製の人の形をした何かの中に立たされている。

 そこには、全身を貫くような棘……そう、これは中世の拷問器具である鋼鉄の処女(アイアン・メイデン)というやつだ。

 中身が空洞の人形には中に入る扉と長い針が取り付けられている。人形の中に人を置いて閉じれば、全身が棘に串刺しにされるものだ。だが……


(自己満足だけど……ああ、本当に最悪だな……殺されるから、ほんの少し罪悪感を解消できるなんてさ)

『さあて、それじゃあ串刺しだぜ!』


 扉が閉じられる。バタンという音。熱い感触。そして、痛みが襲いかかる。


「ぎっ、ぐっ、あああああ!」


 体が少し動けば抉られ、痛みで全てが真っ赤に染まる。

 必要な痛みだ。覚悟のための痛みだ。この痛みに誓って、僕はこの事件を終わらせる。

 そして僕は死んで……もう一度、やり直す。

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