第8話 通しプレイに事故はつきものです

 夢を見ていた。

 最初の事件の時に……皐月さんと話をした内容だ。死者が増えて不安で場の空気が暗くなっている時に……調査をしている僕と彼女で話をしたのだ。


「もしも、死んだ人の話が聞けるなら……話は早かったと思います」


 その言葉には、どんな意図が込められていたのだろうか。

 今の僕には想像することも出来ない。


「そうですね。そうしたら探偵も警察も必要ない……でも、死んだ人間は何も話さない。だからこそ僕たちは事件を捜査するんです。そこにある真実を見つけるために」

「……探偵さんはすごいですね……私と同じくらいの年なのに……こんな中でも、動揺せず動けて……」

「慣れてるだけですよ。それに、皐月さんだって偉いですよ。僕の出来ないことを出来て、事件の中でも必死に頑張っているんですから」


 その言葉に悲しそう笑みを浮かべる。


「そんなことはありません……私はただ、出来ることをしているだけですから」

「それが凄いんです。だから、不安にならないでくださいね。僕がきっと事件を解決するので」


 そう言って励ました時……皐月さんは、どんな表情をしていたのだろうか。

 何故か、その時の皐月さんの表情を思い出すことは出来なかった。



 ……そこでふっと意識が戻ってくる。目が覚めた時に視界よりも先に、頭部に柔らかい感触。

 周囲を確認し……そこで僕の目線の先で見覚えのある人と目があう。


「……皐月さん?」

「探偵さん……良かった、目が覚めて」


 ホッとした顔で言う皐月さん。今の状態を確認すれば……なるほど、膝枕というやつだ。

 どうやら、倒れた僕のためにわざわざ膝枕をして介抱していてくれたらしい。


「……えっと、すいません。僕が寝てて時間はどのくらい経過を……」

「立ったらダメです。お医者様が来てくださっているはずなので、とりあえずは大人しくしてください。頭をぶつけてしまったんですから……血は出ていませんけども、何があるかわかりませんから」

「いや、そこまで気にする必要は……すいません、ご迷惑をおかけします」

「いえ、むしろ……ありがとうございます」


 そう言って優しく微笑む皐月さん。

 さっき無理矢理、立ち上がろうとしたらとても怖い顔をされた。やっぱり怒らせない方がいい人だな……


「ありがとうって……?」

「ここを守るために体を張ってくださりましたから……私だけなら、止められなかったでしょうから」

「ああ……別に構いませんよ。あれだけ真剣になって走るんなら大切な場所だと思ったんで」


 だが、その言葉も謙遜に聞こえたのか嬉しそうに笑みを浮かべる……いや、本気で申し訳なくなるな。普段なら気にしないが、この現状は最初から現状まで自分のせいなので居たたまれない。

 まあ、皐月さんからしても事情を知らない客人に、怪我をしてまで大切な場所を守ってもらったと思ったら申し訳ないのだろう……いや、どう考えても僕が全面的に悪いんだよな。言えないけど。


「もう少ししたら、お医者様が来ると思いますから……思ったよりも時間がかかっているみたいですけど」

「……電話で確認をすれば良かったんじゃ?」

「お屋敷にはありますが……この島は圏外ですので。もしも連絡する時は、屋敷の電話を使ってくださいね?」

「あ、そうなんですね。分かりました」


 そういえばそうだった。まあ、連絡がつくなら色々と話が変わるからな。

 と、そこで遠くから声が聞こえてくる。


「おおい! どこだい! 大丈夫かね!」

「お医者様が来ましたから、少しだけ待っててくださいね? すぐに案内してきますから」


 そう言って祠から出ていく皐月さん。

 ……さて、さっきから浮かびながらフラフラしてるマガツに声をかける。


(……僕はどの程度意識を失ってた?)

『はー、最高に面白かったぜ……んー、まだいたい四十分くらいじゃねえか? ひひ、快挙だな。今までなら巻き戻しが起きてた時間だぜ』

(ここに来るまでの道中とかゴタゴタを考えると……大体今は14時位かな? 事件が起きたのは14時、18時、0時だったから……うん、これで第一の事件は防げたか)

『良かったじゃねえか。これで次に進めるぜ』


 そう言われるが、素直には喜べない。

 というのも……


(まあ、防げたけど……僕のせいなのに、皐月さんから感謝されるのだって申し訳ない気持ちになるよ)

『ひはは! まあ、そりゃあそうだよな! お前にぴったりな言葉を俺は知ってるぜ!』

(……それは?)

『自作自演ってやつだな!』


 返す言葉もない。

 ……しかし、第一の事件の被害者である妹さんは起きているだろうか? 効果の短い睡眠薬なら、そろそろ起きていてもおかしくはない。


(妹さんが眠っていたら、再現は……ああ、いや。どうだろうな。仕掛けの途中で起きるパターンもあるかもしれないし、仕掛けが妹さんが起きる場合も……)

『ここで考えても仕方ねえだろ。ひひ』

(……それもそうだね)


 とりあえずは、一歩前進をしたのだ。

 屋敷に戻るまで行動パターンも何もわからない。なら、戻ってから考えるべきだろう。


「はぁ、ふぅ……おまたせしたね」

「探偵さん、お医者さんです」

「いやあ、驚いたよ。梅生くんがあんなに慌ててやってくるなんて……久々どころか、初めて見たかもな」


 と、そこで皐月さんとお医者さんの二人が中に入ってくる。

 お医者さんはそう言いながら人のいい笑みを浮かべている。


「わざわざお手数をかけさせてすいません……あれ? 呼びに行った厳島さんは……?」


 ふと、居ないことに気づいてそう聞いてみる。

 その言葉に、困った顔をする斎藤医師。


「梅生くんかい? 飲酒をしていた後に激しい運動をしたからね……体調を崩して、私を呼びに来た時には彼が急患なのかと思った程だよ。もしも謝罪を求めているなら落ち着いてからでも……」

「ああ、いえ。それならいいんです。あの人も、故意じゃないとはいえ僕を怪我させた形になってしまいましたから……」

「はは、全く人の出来た若者だね君は……さて、それじゃあ軽くだがちゃんと見ておかないとね。頭を打ったのだよね? 強く頭部を打って脳震盪をしたならレントゲンなども撮っておきたいが……」


 そういいながら、斎藤医師は僕の近くに座ってテキパキと診察する。

 ……皐月さんは横で心配そうにこちらを見ている。ふと、なぜ彼女がこのお医者さんを殺したのかと思ってしまう。


(……もしかして、第一の事件の時にお医者さんは皐月さんの犯行に気づいていたのかも)

『ほお? なんでそう思うんだ?』

(彼も皐月さんの秘密を知っていたし……それに、簡単にだけど検死をしたのは彼だ。医者である彼が違和感に気づかないわけがない……もしかして、諭そうとしたのかもね。まだ、取り返しがつくって)


 だが、皐月さんはそこで拒否をしたのかも知れない……いや、これに関しては推測になるが。

 斎藤医師は、妹さんの死体から皐月さんの犯行ではないかと気づいた。だから、これ以上の凶行に及ばないように誰にも聞かれない場所で話し合いをして、揉めてしまい殺人が起きたのかも知れない。

 と、そこまで考えてから斎藤医師は一息ついた。


「ふむ……少なくとも、診察をした感じでは大丈夫そうだ。とはいえ、本土に戻ったらレントゲンを撮ったほうがいいね。ちょっとでも違和感を感じたらすぐに言いなさい」

「分かりました。ありがとうございます」


 感謝を述べてから、気になってマガツにも聞いてみる。


(僕、大丈夫だと思う?)

『おう。ダメだとしても面白くねえから駄目だったら俺様の裏技で治してやるよ』

(……そう。ありがとう)


 怖いことを言われたのでスルーする。

 治せるのか……聞かなきゃよかったな。


「それじゃあ、先に戻りますね……探偵さん、無理をしないように帰ってきてくださいね?」

「え? 一緒に戻ればいいんじゃ……」


 と、そこで申し訳無さそうな顔を浮かべる皐月さん。

 

「申し訳ありません……屋敷のお仕事が残っていますから、急がないといけなくて……それに……」

「すまない。帰るにも老骨には少々堪えるからね……」


 そういうお医者さんを見て、そういえばお年だったなと気づく。


「探偵さん、申し訳ないんですが斎藤先生に付き添ってもらえますでしょうか? 道中も、足場はある程度は舗装されているとはいえ、万が一もありますし……」

「あー、なるほど……分かりました」


 僕が頷いたのを見て、先に皐月さんが帰宅をする。

 まあ、僕のために急いできたのだからこの程度はやるべきだろう。急いで帰って殺すわけじゃないだろう……流石にそこまで覚悟が決まっていたら色々と想定が変わる。


「すまないね。若い子に迷惑を掛けたくはないのだけども年には勝てないようだ……」

「いえ、いいんですよ。それじゃあ行きましょうか」


 そういってお医者さんと共にゆっくりと歩き出す。

 ……ここで、うっかりお医者さんが足を滑られて亡くなったりして巻き戻しになったら嫌だなぁと考えて自分を納得させるのだった。

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