第2話 出会い

 僕が佐々木と初めて話したのは、入学式の次の週の月曜日だった。

 

 その日は朝に身だしなみ検査があって、僕は校章を忘れてしまい、クラス全員の検査が終わった後に生活指導の教員に廊下へ呼び出された。その時に佐々木も同じく校章を忘れて呼び出され、僕と一緒に注意された。


 注意を終えて生活指導の教員が隣の教室へ入っていったのを見て、佐々木が話しかけてきた。


「雪城くんだったよね? 雪城くんも校章忘れたんだね」


「うん。ねじの締め方が緩くてこの間外れちゃって、一回外して今朝つけようと思っていたら忘れてた」


「そっか~、私もそんな感じだよ。んじゃ、私たち席も近いし、これからよろしくね」


 そう言うと佐々木は教室へ入っていった。


 この時、面倒なやつに絡まれることになってしまったな、と思った。


 入学式から一週間が経ち、佐々木のだらしなさは露呈していて、こういう人と関わると面倒なことばかり起きそうで、僕はあまり佐々木と関わりたくなかった。


 けれど、この日以来佐々木は「今日も授業だる~い」とか「雪城くんさっき先生に当てられてたね」と、僕に話しかけてくるようになった。その度に僕は若干鬱陶しく思いながら、適当に返事をした。


 こんな状態が二週間続いたある日のことだった。


 その日は七限まで授業があって、しかも五限の体育でシャトルランをしたから、帰宅部で体力に自信のない僕は疲れ果てていた。加えて強い雨が降っていて、僕は傘をさし、相手はカッパを着ていたから視界が悪く、また、路面が滑りやすくなっていた。

 

 そうして運悪く様々な条件が重なった結果、僕は自転車に轢かれた。


 僕は1メートルくらい飛ばされ、地面に右半身を強く打ち付けた。


「ぐぁっ……」


 あまりの衝撃の強さに、今まで出したことのないような声が出た。


 すごく鈍い音がしたから、どこか骨が折れたかもしれない。

 

 僕を轢いた相手は事故の際に投げ出されたものの、すぐに立ち上がると、壊れた自転車と僕を置き去りにして逃げてしまった。


 その人を追いかけるために右腕を支えにして起き上がろうとしたら、右腕に激痛が走って力を入れられなかった。だから左腕を支えにして起き上がり、追いかけようと右足を前に出したら右足が痛んで、よろけて転んでしまった。


 右腕を使わずに立ち上がることは出来なくて、僕は倒れたまま冷たい雨に打たれた。


 住宅街の外れで、しかも雨が降っていたから通行人は一向に現れない。


 陽は既に沈んでいて寒く、濡れた体から容赦なく熱を奪っていく。


 激しい痛みと寒さ、孤独、そして不安で僕の心は悲鳴をあげていた。


 ……誰か…………助けて……。


「雪城くん!」


 心が折れかけたその時、誰かが僕のもとへ駆け寄ってきた。その声には聞き覚えがあった。


「さ、佐々木⁈」


「轢かれたの? 大丈夫?」


「大丈夫じゃないかも。体中痛いし、右腕と右足に力入らない」


「なら、私が肩貸すからとりあえず一回移動しよ。ここだと危ないし」


「う、うん」


 僕の方がやや体格が大きいために、途中で佐々木がふらつくことがあったが、肩を借りたことで何とか立ち上がれた。そして、そのまま移動して道路脇の民家の塀にもたれかかった。


 姿勢が安定してから、佐々木は救急車を呼んだ。それから警察に通報していたのだが、気が動転している上に、よく状況を知らなくて説明があやふやになっていたから、途中からは僕が説明した。


 警察への通報を終えると、僕たちは警察と救急車が来るのを待った。


「助けてくれてありがとう」


「いや~、倒れてる雪城くんに気づいた時、ほんとにびっくりしたよ。死んじゃってるんじゃないかと思ったよ~。でも――」


 佐々木は少し落ち着きを取り戻したようで、いつもの口調に戻っていた。けれど、じゃないか、の辺りから佐々木の肩と声が震え出したのが分かった。


「雪城くんが……死んでなくて……良かった…………」


 佐々木は泣いていた。いつもの様子に戻ったと思っていたけど、実際は強がってそう見せかけていただけだった。


 そんなに親しい訳でもない僕のことを心配してくれて、それで泣いている。


 一方で僕は、友好的に僕に接してきてくれた佐々木を、佐々木のことをよく知ろうともせず、先入観をあてにして避けようと素っ気ない態度をとり続けていた。


 そう思うと、僕は罪悪感に苛まれた。


「佐々木、これまで素っ気ない態度をとってごめん。それと、今日は本当にありがとう。佐々木が来てくれた時、すごい嬉しかった」


「全然気にしてないから大丈夫だよ。それより、雪城くんの怪我、軽いといいね」


「うん、そうだね」


 また、佐々木ともっと仲良くなりたいと思った。


「佐々木、僕と友達になってくれないかな?」


「あはは、何言ってんの? 私たちとっくに友達だよ」


 そう言って佐々木は泣き笑いを浮かべた。


 それを見て、僕の心臓がドクンと跳ね上がった。それからというもの胸の高鳴りが止まらなくなった。


 そして、佐々木の笑顔に対して何か不思議な感覚を覚えた。


 ***


 あの後僕は救急車で搬送され、検査の結果、右腕を骨折し、右足は捻挫、他にも至るところを打撲していた。けれど、捻挫と打撲は軽度で済み、三日後にはまた学校に行けるようになった。

 

 教室に入ると、やはり佐々木はもう来ていて、またぼんやりと外を眺めていた。


 僕から声をかけたことが無かったから、今日は僕から声をかけようと思った。


「お、おはよう佐々木」


 この時、僕はやけに緊張していた。


 そして、佐々木がこっちを向き、目が合うと、心臓の鼓動が一気に速まった。


「おはよう。今日復帰なんだね。怪我はどうなの?」


「右腕は折れてたけど、それ以外は軽傷で済んだよ」


「そっか。良かった!」


 佐々木は、今度は安堵と喜びに満ちた笑顔を浮かべた。


 僕は、佐々木の笑顔にまたドキッとするとともに、不思議な感覚の正体に気づいた。


 僕は佐々木に惚れ、佐々木の笑顔を愛しく思ったのだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る