第15話 植物性のクリームだから

 ホクホクとしながら、グレースはホイップしたクリームを小さな器に乗せて二人の前に置く。

 そんなグレースを見て、ピアツェは「気に入ったかい?」とニヤリと笑った。


「ええ、とっても。クリームも泡だて器も最高よ。これは商品化するのよね? 売れると思うわ」


 確信をもって断言したが、予想と反してピアツェとマロンは微妙な表情で顔を見合わせた。


「それが、そうでもないんだよ」


 グレースは喜んでくれたけどとこぼす二人は、代わる代わる事情を説明してくれた。


  ***


 夜。

 閉店の札を下げた店のテーブルで、昨日同様グレースを食事に付き合わせたオズワルドが、「これがそのクリームですか」と、皿の上を見つめた。


 またも閉店間際に来店した彼は、申し訳なさそうに、それでいて断らないでほしいという目で、「しばらくの間でいいんです。一緒に食事をしてください」とグレースに頼んだのだ。



「仕事……、そう、仕事だと思ってくださって構いません。なので料金は支払います。もちろん明日からはモリーさんも一緒に! ――昨日一緒に食事をしてもらったことで、色々、その……。そう! 助かったんですよ!」


 いったいなんのことやらと思ったが、彼の話を総合して考えた結果、


(閉店後の店という特殊な環境が、オズワルドさんのストレス軽減に役に立ったということかな? いつも忙しそうだものね)


 と理解したグレースは、はにかみながらもそれに了承した。


(こんな風に、しどろもどろになったオズワルドさんなんてレアすぎるわ。どうしましょ。男の方なのに可愛すぎる)


 仕事ということで承知したため、自分の食事も余りものというわけにはいかず、グレースの分も店で出すものと同じものを用意した。ただし料金は受け取らず、かわりに相談に乗ってほしいとグレースからもお願いをすることにした。


 今日のデザートはマロンのリクエストでシフォンケーキだ。

 日本で使っていたような型は手に入らない為、もともとは雑貨として売られていた四角い型で作っている。ちょうど日本で使っていたパウンドケーキの型のようなものだ。それでもふわふわで評判なそれに、今は相談のために例のホイップしたクリームを添えている。


 マロンたちが、「前に、生クリームでは高級すぎて、シフォンケーキの生クリーム添えは商品にはできないって言っていたでしょう?」と言っていたので、はじめて生クリームを買う際に作って見せた最初の一皿が、相当印象深かったのだろう。

 生クリームを添えたシフォンケーキ。前世で普通だった単純な一皿が、ここでは王様でもなければめったに食べられない一品に見えるのだ。



 じっと皿を見続けているオズワルドに、「コーヒーを入れますね」と断りを入れる。

 こちらでのコーヒーの入れ方は、焙煎してひいたコーヒー豆を鍋で煮だすのが主流だ。グレースとしては美古都のパパのようにサイフォンで淹れたいところだけれど、道具がないので仕方がない。ドリップも、材料の入手や手入れに手間がかかりすぎて断念するなど、試行錯誤の結果、プレスという方法をとることにした。


 道具は、もともと別の用途で使われてたポットに、これまた別の用途で使われていた金属のフィルターを合わせて作ってもらったものだ。抽出時間は一定にして、それより多くても少なくてもいけない。そのことさえ気を付ければ、油分を取り除かない分、香りのよいコーヒーを入れることができる。

 もっともこのうんちくも、美古都の祖父が言っていたことを思い出しただけだが。


(ミキサーが手に入ると、今度はサイフォンとかエスプレッソマシンも、誰か作ってくれないかしらって欲が出るわね)


 ハンドミキサーに関しては試用段階だったため、グレースなりの意見を言っておいた。今のままだと泡だて器の回転は速いけど、難を言えば、混ぜているものが飛び散りやすいことが気になる。速度を調整できるようにするか、祭りでよく見かける人形オルゴールのように、ハンドルで手回しができるといいかもしれない――と。


 ふと視線を感じて顔を上げると、いつもまにかオズワルドがカウンター越しにグレースの手元を見つめていた。その目が面白そうに輝いているので、グレースはふふっと笑いをこぼす。


「オズワルドさん、面白いですか?」

「ええ。あんなにおいしいコーヒーを、どんなふうに入れているのか興味があったんですよ。普段はさすがにのぞき込めませんからね」


 当たり前のようにテーブル席にしかつかないオズワルドは、それだけで庶民よりは上の身分だと分かる。先生という立場を考えても、どこかの貴族の末っ子とか、そんな感じかもしれない。


 二人分入れたコーヒーをもって再び席に着くと、彼にケーキを勧めた。


「ん、おいしいですね。ケーキだけでもおいしいけど、クリームがつくとさらにおいしくなる。普通の生クリームよりさっぱりしてるけど、特に問題はないように見えますね」


 彼の答えにほっと息をついたグレースは、「そうなんですよね」と同意した。


「でも植物からできているってことが問題らしいです。安価でできることも、あまりよくないものではって思われてしまうみたいで」


 価格は生クリームの半分で販売できるという。


「材料はウーラの実から取れる油が主成分だそうです」

「そんなことを教えても大丈夫なのですか?」

「はい。配合と製法は秘密にというだけですから」

「なるほど。ウーラの油からこれが……」

「代替生クリームとして売りたいものの、製造者さんのまわりでは、これが料理で普通に使われる油ってことが、かえっていい印象が持たれなかったんですって」


「ふむ。それでいい印象になる何かを考えてほしいと頼まれたんですね」

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