第25話 意外な事実
意味が分からずオズワルドを見つめると、彼は少し考えるような仕草の後、眼鏡をはずして微笑んだ。グレースがどぎまぎしながらもどういうことか尋ねると、ソリス家の借金の利息は不当なものだったと言われた。
「君が、ソリス家の令嬢本人であることは知っていました。借金のことも、すみません、調べました」
「え、なぜ」
だが彼はグレースの疑問には答えず、タナーが不法な利子をソリス家の借金につけていたことを数字を見せながらひとつひとつ説明してくれた。
「でも顧問弁護士は」
「彼はタナーの仲間でしたよ。返済をあきらめるよう、あなたを説得していたそうですね。カフェが繁盛するのは想定外だったようだ」
「そんな……」
吐き出すようなオズワルドの苦い声に、グレースは力なく首を振る。
小さなころから知ってる、白髭の優しい風貌を思い出し愕然とした。親身になってくれる人だと信じていた。
「う、うちが、最低限の報酬しか出せなかったから……」
ショックで震えるグレースの手をオズワルドの大きな手が包む。
「関係ありません。これはただの不法行為で、その弁護士もタナーもどちらも罰せられるべきものです。君は騙されていたんですよ」
オズワルドの目に悔しそうな色が滲んだ。
「君は、計算に強いのになぜ」
悲しみの混じる声でそう言われ、グレースは唇をかむ。
オズワルドの説明で、レッサムがグレースに言っていたことは、嘘ばかりだったことが分かった。リチャードが爵位を放棄するとみなされると言われていた数々のことも、法律で決まっていると言ってたことも、全部全部嘘だった。
「私は……計算は得意ではありませんよ、オズワルドさん。少し暗算ができるだけです」
そろばんの暗算ができることは色々役に立ったが、それだけだ。
「ですが、優秀な家庭教師がつかれていたのでは」
「そう思っていただけることは光栄ですが、私は貴族の女性として一般的なものを、最小限習ったにすぎません」
驚いたような顔のオズワルドに弱弱しく微笑む。彼がグレースを優秀だと考えてくれたことを知り、少しだけ誇らしかった。それが真実だったらどれほどよかっただろう。でもそれは幻想だ。グレースの思惑ではなかったにせよ、自分が彼が思っているような女ではないことを申し訳なく感じた。
「私が無知で愚かだったのです。疑問に思っても他に調べようがなかったから、弁護士にそう言われれば信じるしかありませんでした」
騙されているなんて、つゆほども疑わなかった。
己の愚かさを、無知を、一番好きな人の前で認めるのは苦しかった。
せめて法律や経営など、この国の常識を少しでも学べていたら。そう思うと悔しくて涙がこぼれそうになる。
悔しい。
だまされた己の愚かさが。
信じていた人に裏切られていたことが。
戦っているつもりで全然そうでなかったことが、何もかも悔しい。
それでもグレースは己の顔に、凛とした
オズワルドは一瞬手を上げかけ、何かをこらえるようにおろした。かわりに引き結んでいた唇から小さく息を吐き、慈愛に満ちた目でグレースに微笑みかけた。
(ああ。何も言わないでくれるんだ)
責めることも慰めることもない。ただ分かっているというような笑顔を向けられただけで、ひざの上でかたく握りしめていたグレースのこぶしが緩んだ。真っ暗な道に佇むグレースの隣で小さな明かりを灯してもらえたような、不思議な温かさを感じた。
「グレース。タナーと、ソリス家の弁護士は逮捕され、法に基づき裁かれます。もちろん例の男たちも逮捕されました。この書類は、本来の利息に基づいて計算された金額と、君がしてきた返済金の記録です。きちんと計算したところ、前ソリス伯爵の借りた金は利息込みで全額返済されているうえ、かなりの額が戻ってきます」
「本当、ですか?」
目を見開くグレースに、彼の目がホッとしたように優しく細められる。
「ええ。だからね、グレース。もう無理して働かなくてもいいんです。どうか食事もきちんととってください」
そう言われ、改めて「完済」が現実だということを理解した。
騙されていたことよりも、グレースが愚かだったことよりも、それが一番大切なことだった。オズワルドの口からソリス領での出来事を聞き、グレースをがんじがらめにしていた鎖がほどけたのだとようやく理解し、肩から力が抜けた。
彼は弟のリチャードにも協力を仰ぎ、タナーの犯罪を白日の下にさらしたのだ。
「なぜここまでしてくださるのですか」
尋ねると、オズワルドはちょっとバツが悪そうに「いえ、僕の仕事でもありますし」などとごにょごにょ言う。それに少し寂しさを覚えながらも、グレースは何度も感謝の言葉を述べた。
「このご恩にどう報いたらいいのでしょう」
自ら動き、グレースを、家族を、そして領地も守ってくれた人。
何をすれば礼になるのか想像もつかない。
「では、その、新年の舞踏会にですね、あの、僕のパートナーとして一緒に出てくれませんか」
真っ赤になりながら想定外のことを言われ、でも舞踏会に出られるようなドレスを持っていないグレースはうつむいた。
一生に一度であろうこの機会に、他のことではダメかと聞かなければならない。そう思っていると「ドレスは贈らせてください」というので驚いて顔をあげる。
「でもそんな」
ドレスを独身女性に贈るのは、相手が婚約者や恋人、もしくは娘に対してだ。彼からは自分が娘のように見えるのだろうか。
いや、そうなのかもしれない。こんな素晴らしい男性が、愚かな娘を対等に見るなんてありえない。そうでしょう?
「僕はこんな強面なので、パートナーがいないんです。それで、その、服は揃えたいので、こちらで作らせてもらった方が……って、グレース、なぜ泣くんですか?」
「ごめんなさい。無理です」
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