第2話 婚約者なのにエスコートもないなんて!


 私は今、目の前でおきている状況に肩を震わせていた。


 今日はグランシール王国第2王子、ハロルド・グランシール殿下の19歳をお祝いする生誕祭が開かれる日である。

 もちろん婚約者である私、クレア・スカーレットも朝から準備をするため、早めに会場入りをしないといけない筈だった。



 そんな私はハロルド殿下の婚約者として王宮の離れに住んでいるため、朝から殿下を待っていた。


 …………しかしだ、朝からいくら待てども迎えの馬車が一向に来ないのだ。

 たとえ迎えがないとしても、使いの者が連絡をくれるはずなのに、それすらもない。


 だからこそスカーレット侯爵家総出で現在の状況を確認しており、使用人が走り回る事態となっていた。

 その様子を見ながら私は椅子に座り、とある予感に胸をざわつかせる。


 ついに殿下は私を婚約者としても意識しなくなったのかしら?

 確かに殿下のお気持ちがあのリリー様に向かっている事を私は知っているわ。

 でも今まで公務などでは私をまだ婚約者として扱ってくれていたのに……。


 それなのにハロルド殿下は生誕祭という重要な日に、婚約者の私をエスコートする気がないようなのだ。


 まさか殿下は、婚約破棄を考えているのでは?


 その事に胸を締め付けられた私は、ギュと手を握り締めていた。しかし現実的にそれは殿下の不利益になるため、あり得ない筈だと首を振る。

 そのとき、騒がしい声と共に扉が勢いよく開いた。



「クレア、待たせてしまってすまない!!」

「お父様!?何故こちらに?」


 そこには私の父である、グレイ・スカーレットが蜂蜜色の長い髪を振り乱し、勢いよく私の前に跪いた。


「あちらで問題が起きてしまってな、急遽お前を素早く安全に送り届ける必要ができてしまった。その為に殿下は使いを出す事が出来なくなってしまったんだ」

「そう、なのですか……?」


 殿下の意思で迎えが無くなった訳ではないと……?

 その言葉に少しホッとする自分がいる。


「だからこそ代わりに、私が可愛いクレアのエスコートを務めさせて貰うよ」

「ふふ、お父様なら安心ですね」


 笑顔でそう言うと、お父様は一瞬心配そうに私を見つめてコソッと耳打ちした。


「問題一つどうにかできず、エスコートにも来ない殿下よりも、今日はパパとの方がお似合いだろ?」


 そうウインクしながら言うお父様を見て、私は少し気持ちが楽になったのだった。





 誕生祭の行われる会場がある宮へと着いた私達は、お父様にエスコートをされ宮内へと足を踏み入れた。

 それだけなのに、あちこちから視線が痛く突き刺さっていた。


 ハロルド殿下の婚約者である私を知らない人なんて、今日の参加者にはいない。

 それなのに私は殿下とではなく、何故か父親にエスコートをされて歩いているのだ。それはもう噂好きの貴族たちにとっては、かっこうの餌でしかない。


 そして歩いているだけなのに、その噂話は私の耳までしっかりと聞こえてきていた。



「どうやらあの噂は本当のようですわね」

「ええ、ハロルド殿下が他の女性を好いていらっしゃるとか……」

「まあ!本当ですの?」

「なんでもそのお方と婚約するのではないかという噂もあるそうですわよ」



 噂の本人が通る前で、わざわざ聞こえるように話さなくてもいいのに、先程から同じような話ばかり聞こえてくるのだ。

 私は盛大にため息をこぼしつつ、早く控え室に向かおうと会場ではない方に歩き出した。

 しかし突如目の前に現れた人物に行手を塞がれてしまう。


「グレイ様少しよろしいですか……」


 そこには私の幼馴染みであり、ハロルド殿下の侍従を務めているジェッツ・マーソンが息を切らし、翠の髪を鬱陶しそうに撫でつけていた。

 その様子に、ただ事ではない何かが起こったのだとわかってしまった私は、先に控え室に向かうためお父様に声をかけた。


「お父様、どうやら急ぎのようですので私は先に控え室の方へ……」

「まて!!」


 その言葉を遮ったのは他でもないジェッツだった。


「クレアは僕と一緒にこのままパーティー会場に行って貰う」

「はい?」

「グレイ様は急ぎ執務室の方へ行ってください」


 頭が追いつかないまま、私は何故かジェッツに手を引かれパーティー会場へと向かっていた。

 流石に途中で我に返った私は、ジェッツの手を払い除け足を止める。


「ジェッツ、ちょっと待って!!婚約者の私が殿下と一緒に会場入りしないのは、流石におかしいって思われるわよ!」

「それはわかっている」

「わかってるならなんで……」


 睨み付ける私の瞳が、ジェッツのくり色の瞳とぶつかる。それだけでジェッツにとってこの事がとても不本意だと、幼馴染みである私にはわかってしまった。


「言えない事なのね」

「ああ、すまない……」


 ジェッツが不本意でも従うという事は、これはハロルド殿下の意思なのだろう。

 つまり今日この日に、私のエスコートをしない事をハロルド殿下が決めたのだ。


 それはつまり───。


 私は今日何があっても大丈夫なように、軽く深呼吸してジェッツの腕に手を回した。


「クレア……」

「大丈夫。何があっても受け止めて見せるわ」


 そして会場入りした私は、またしても貴族達から噂の的となっていた。

 それでも表情にはださないよう、ジェッツの腕をギュッと握り、ハロルド殿下が登場するまで惨めにそのときを待つことになったのだ。




 暫くしてハロルド殿下入場の声と共に室内の灯りが暗くなる。

 皆が一斉に頭を下げその人を待った。


 壮大な音楽とともに、歩いてくる靴音が聞こえる。そして定位置についたのか殿下は声を発した。


「皆、頭を上げよ」


 その一言に頭を上げると、そのお姿がはっきりと見えた。スポットライトに照らされた殿下はいつもよりも光り輝きかっこ良く見える。

 私はつい、その姿に見惚れてしまっていた。


 やはり今日の殿下もとてもカッコいいわ!藍色の髪の毛が映えるように、後ろに撫で付けられた髪型もとても良く似合っていらっしゃる……!


 自分の立場なんて忘れて、いつものように殿下の良いところを探してしまう。これは私の悪い癖なので、こんなときでも止められない。

 そして私はじっくりと、殿下の素晴らしいところを一つずつ噛み締めていた。

 でも、そんな私だからこそ気がついてしまった。



 ─── 殿下の後ろに女性がいることに。




「今日は私の生誕祭にきてくれた事、とても嬉しく思う。どうか今日は楽しんで帰って欲しい。それからもう一つ、皆に知らせたい事がある……」


 声に合わせるように会場は元の明るさを取り戻していた。そしてその光景に、会場内は驚きのあまりざわめき始める。


 それをぐるりと様子見していた殿下は、わざとらしく声を張り上げた。



「皆の者聞いてくれ!私はクレア・スカーレットとの婚約を破棄する事に決めた」


 その言葉に私は呼吸をする事もできず、顔が真っ青になるのがわかった。

 それなのに、そんな私の事は気にもせず殿下は続ける。


「そして私はここにいる、リリー・フランソワーズと婚約する事をここに宣言する!」


 言葉に合わせ、後ろにいたリリー様が殿下に寄り添うように前にでたのがわかった。

 お二人の姿に身体の震えが止まらない。

 わかっていた事なのに、いつかくるのではないかと頭では理解していた。その筈なのに突然足元に穴が空いた気分だった。



 そしてリリー様がどんな表情をしているのか見る事も叶わぬまま、私は気を失ってしまったのだ。

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