15話 2日目のお食事処

 猫神さまのお屋敷を辞した薫と潤とカガリがお食事処に向かうと、カツがカウンタで出迎えてくれた。


「こんにちは。薫さん、潤さん、カガリ。今日もよろしくお願いするね」


「こちらこそ頼むな」


「よろしくね〜」


「よろしくお願いしますニャ」


「今日は昨日より忙しくなりそうだよ」


「そうなんか?」


「うん。普段人間の人の世界で野良とか飼い猫とかしてて、ご飯も向こうで食べることが多い連中が昨日のここの評判を聞いてさ、結構戻って来ているんだよ。だから今日は具材も多めに仕込んでもらわないといけないんだよ」


 薫は「おお」と目を丸くする。それは本当に喜ばしい話だ。薫はプロでは無いが、料理人冥利に尽きるというものなのだろう。今日来てくれる猫が少しでも喜んでくれると良いのだが。


「それだったらご飯足らなくなりそう。2回炊かなきゃならないかもねぇ」


「かも知れんなぁ。炊飯器空いたら続けて炊いて行く感じか。昆布足りるか?」


「大丈夫、今日はちゃんと仕入れているから足りると思うよ」


「そら助かるわ。昆布あってのあの味やからな。じゃあさっそく仕込み始めて行こか。材料は昨日と同じか?」


「お肉と魚は一緒だよ。野菜は小松菜が水菜になってるぐらいかな。青ねぎとごぼう、しめじとセロリはずっと同じなんだけど、小松菜と水菜は日替わりなんだよ。どっちも癖が少なくて猫たちには人気でね。ほうれん草みたいにあく抜きがいらないから楽だって、いつもの料理人の人も言ってた」


「いつもの人はほんまに合理的なんやなぁ。確かに下茹での有り無しは結構大きいからな」


 効率良く料理をするのは悪いことでは無い。むしろ毎日のことになると、そうすることが当たり前になって来るのだ。手の込んだ凝った料理はたまにだからできることだ。


 ここは確かにお食事処で来てくれる猫に食事を振る舞う「店」であるが、お腹を満たす以外の目的があると知った今、必要なのは手数では無く厚意なのだ。


 いつもの料理人は確かに合理的なのだろう。だがいつものご飯も美味しいと猫は皆言っていた。ならその人はその人なりに猫に思いを寄せているのだ。大事なのはそれなのだ。


 なら薫は薫のできることを最大限するだけだ。猫たちに少しでも美味しいと思ってもらえる様に。わずかでも癒されてくれる様に。


「じゃあやろか」


 薫は材料が詰められている冷蔵庫を開けた。




 仕込みを終えて、猫のお食事処本日も開店である。途端になだれ込んで来た猫たちで店内はあっという間にいっぱいだ。


 今日も人気は鶏と鮭である。薫と潤は注文を受けた猫まんまをせっせと作った。


「人間さま、今日も美味しい!」


「本当だね! 凄っごく風味って言うの? が良いね!」


「昨日今日だけなんて言わずに、ずっと来てくれんか」


「なぁに言ってるの。困らせるんじゃ無いよ」


 ありがたくも猫たちはそんなことを言いながら、笑顔になって猫まんまをがっつく。


 満足げな猫たちの顔を見て、薫はあらためて安堵する。美味しい食事は心を暖かくする。癒してくれる。そしてそれは猫又としての生の終わりに近付くことを意味する。


 いなくなってしまうことは悲しい。だがそれが猫たちのためなのだ。


 この場にヤシはもう来ない。そう思うと切なくなるが、ヤシは次の猫生に向かうのだ。それは祝福されることなのだ。薫ができることは、ヤシが迎える猫生が良いものであることを願うだけだ。


 そして今笑顔で猫まんまを食べている猫たちも、いずれはそうなることを祈るばかりだ。




 薫と潤が忙しなく手を動かしていると、それまでも騒がしかった店内だったが、また違う騒めきを見せた。


「ん?」


 薫が顔を上げると、1匹の白い猫が入って来るところだった。店内の猫たちが食べることも忘れて皆そちらを注目している。その白い猫の後ろではキロリとトムがいがみ合っていた。ということは。


 綺麗な白い猫だった。ぱっちりとした目は輝く翡翠色で、目鼻立ちが整ってすっきりしている。ぴんと立った耳も形良く、かすかに揺れる2本の尻尾もなめらかに動く。


 白猫は凛とした所作で歩いて来ると、カウンタの空いているところに腰を降ろした。その横でキロリとトムが白猫の横の席を奪い合って騒ぎ始める。


「俺でぃ!」


「いいや、僕さ!」


 すると白猫は呆れた様に「あなたたち」と咎める。


「両隣に座れば良いじゃ無い。空いているんだから。これ以上騒ぐとお店にご迷惑よ。出て行ってもらうわよ」


 すると2匹はおとなしくなって、すごすごとそれぞれ白猫の隣に座った。


「こんばんは。あなたが昨日と今日の料理人さんなのかしら?」


「おう。お前さんがリンダさんか?」


 薫が気安く言うと、白猫はにっこりと微笑んで、両隣のキロリとトムがうっとりとした表情になった。


「ええ、リンダよ。よろしくね。昨日はキロリが迷惑を掛けてしまったみたいで。それも私のことで。本当にごめんなさいね」


 リンダはぺこりと頭を下げる。


「いやいや。傷は猫神さまに治してもろたし全然大丈夫や。なんやリンダさんえらいもてるって聞いたで。それはそれで大変そうやなぁ」


「お気持ちは嬉しいんだけどもね。度が過ぎると他に迷惑が掛かっちゃうから困ったものだわ」


 リンダは言うと憂鬱そうに小さく溜め息を吐く。


「キロリは猫神さまにたっぷり絞られたから、今回は許してあげて欲しいわ」


「なんやキロリさん、そうなんか」


 薫がキロリに視線を向けると、キロリは弱り切った顔で頭を掻いた。


「いや本当によう。もうこってりとよう。兄ちゃん、昨日は本当に悪かったなぁ」


「いいやぁ、こっちこそ大ごとにしてしもて済まんなぁ。ほんまに気にせんとってや」


「兄ちゃんにそう言ってもらえたら助かるぜ」


 キロリはほっとした様に頬を緩めた。するとリンダを挟んでトムが「ふんっ」と得意げに鼻を鳴らす。


「リンダさん、キロリさんなんて野蛮な猫じゃ無く、ぜひこの僕と!」


 するとキロリが「トムてめぇ!」と声を上げる。


「どさくさに紛れて何言ってやがるんだてめぇ!」


 そうして2匹はまた喧嘩をし出す。リンダの手前か手を出しそうな気配は無いので、今回は薫も静観する。リンダはまた呆れた様に「もう」と漏らした。


「本当に騒がしくてごめんなさいね。注文良いかしら」


「おう。何にする?」


「セロリと、そうねぇ、今日は何にしようかしら」


 リンダが悩んでいると、カウンタをあちらこちら回っていたカツがちょうどこちらに来た。


「あ、リンダ。なんだか久々だねぇ」


「あらカツ、こんばんは。ええ、ここしばらくずっと人間さまの世界で野良をやっていたの」


「薫さん、このリンダがこのお食事処にセロリを持ち込んだ猫だよ」


「へぇ」


「ええ。そうなの。初めてのセロリはなかなか衝撃だったわよ」


 リンダはその味を思い出したのか、ごくりと喉を鳴らした。

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