11話 心の整理

 薫はほろ酔い、潤はけろりとした仕上がりで酒場を出て、薫と潤はカガリに送られて猫神さまのお屋敷に向かう。カガリが玄関に入ってすぐのところに控えている灰とら猫に声を掛けると、灰とら猫は気前良く応えてくれた。


「ああ、好きに使ってくれて大丈夫だよ。猫神さまには私から言っておくからさ。じゃあご案内しようかね。え? カガリがやってくれるのかい? 助かるよ」


 そうして薫と潤はまたカガリに案内されて、屋敷の離れに向かう。母屋の横にこじんまりと、だが人間が充分に休めるだろう大きさの和風の建物があった。


 そこは開き戸になっていて、薫はそれをがらりと開ける。電気を点けて室内を見ると床は畳敷きになっていて、い草の香りがほのかに鼻をくすぐった。まだ新しいのか、それともあまり使われていないのか。


 家具などは無いが押入れがあって、開けてみたら数組の布団が綺麗に畳まれて入れられていた。もちろん人間用だ。


「へぇ、これやったらゆっくりできそうや。布団ふかふかやで」


 薫が布団をぐっと押すと、ふわりと跳ね返って来た。潤も布団に触れる。


「本当だねぇ」


 薫と潤が布団で遊んでいると、それをにこにこと見ていたカガリから声が掛かった。


「薫さん潤さん、今夜はゆっくりお休みくださいニャ。明日またお迎えに来ますニャ。今日はありがとうございましたニャ。明日もよろしくお願いしますニャ」


「こちらこそ今日はありがとうな。明日も頼むわな」


「ありがとうね〜。おやすみなさ〜い」


「おやすみなさいニャ」


 カガリが離れから出て行くと、薫と潤はさっそく布団を敷く。押入れから敷布団やシーツ、枕などを出した。どれも綺麗に洗濯されていて良い匂いがした。


「今日は疲れたわ。酒も入っとるしよう寝られそうや」


「本当だねぇ。夢の中で寝るなんて不思議な感じだけどねぇ」


「そっか、これ、夢やっけ」


 薫がふと手を止める。猫が喋るなんて夢の様な設定なのに、不思議と薫の中では現実感があるのだ。だからか、薫の中では猫の世界と猫又は実際にある様な感覚になっていた。


 カガリは「夢だと思えば」と言っていた。確かにその方が受け入れやすいのだろうが、薫にとってこの世界は夢では無い様に感じていた。それは太一の様に眠った覚えが無いからというのも大きいのだが。なんとも不思議な感じだ。


 畳敷きの部屋の奥にはもうひとつドアがあって、開けてみると洗面所があり、歯ブラシやタオルなどが揃っている。その両脇にまたドアがあったので開いてみると、片方がシャワー室、片方が手洗いだった。


「これやったら充分に生活できるな」


「キッチンが無いからご飯は作れないけどね」


「ああ、そらそやな」


「シャワー、薫先に浴びちゃってよ」


「潤先に使いぃな」


「良いよ良いよ。薫いつも早いでしょ。多分僕が先だと遅くなるから」


「ああ、潤は風呂結構ゆっくりやもんな。じゃあ先に入らせてもらうわ」


「ごゆっくり〜」


 潤が洗面所を出て行くと、薫はタオルを出した。




 薫に続いて潤もシャワーを浴びて歯を磨き、寝支度をする。電気を消してさっそく布団に横になった。


「おやすみ」


「おやすみ〜」


 薫はそっと目を閉じる。明日もお食事処で助っ人仕事だ。早く寝なければ。そう思うのに目がすっかり冴えてしまっている。酒も入っているし疲れているはずなのに。


 さっきまでのほろ酔いはどこへやら。シャワーを浴びて少し覚めたというのもあるのだろうが。


 そして薫の中に巣食い始めたものが、心を少しばかり興奮させていた。自分が何を目指せるか、自分が何になれるのか。


 まだ何も判らない。これから探して行くことになるのだろう。


「……なぁ潤、起きとるか?」


 そう小声を掛けると、「んん〜?」と怠そうな声が返って来た。


「起こしてしもたか? 済まん」


「大丈夫だよ〜。なぁに?」


 潤のふわふわした様な声に内心で申し訳無いと思いながらも。


「潤はこれからやりたいこととかあるんか?」


「ん〜……、そうだなぁ、当面は資格を取れるだけ取りたいなぁ」


「役に立たんでも?」


「役に立つ立たないじゃ無いんだよ〜。趣味ってそういうものでしょ? 好きだからだよ。だから勉強もできるんだよ。先々仕事で必要な資格とか出てくるかも知れないけど、その時はその時。もしかしたらそれまで取ってたものの中にあるかも知れないしね〜」


「そんなもんか」


「そんなもんだよ。難しく考えたことなんて無いよ〜。僕が取ってる資格って民間の、独学でもどうにかなるものばかりだからねぇ。でも突然どうしたの〜?」


「ああ、太一くんの話を聞いててな、ええなぁ思ってな。何かに打ち込んだり、何かを目指したりな。俺、何も無いなぁて思ってな」


 薫は少し言葉を切る。潤は何も言わずに待っていてくれた。


「俺、今まで何かに打ち込んだこと無かったなぁて。勉強はまぁ受験のこともあったからそれなりにやったけど、部活もそう強ないところで適当に過ごしてきたし、これっちゅう趣味も無かった。最近でこそ料理に興味あるし家で作ったりしとるけど、あくまでも趣味や。太一くん見てたらそれで良いんかなって思ってな。ちょお羨ましい思ったりしてな」


「太一くん、きらっきらしてたもんねぇ」


「そやろ。言うても俺もまだ何ができるんか判らん。せやから元の世界に戻ったらいろいろやってみよ思ってな」


「良いと思うよ。それで誰かに迷惑掛けたりとかするのは駄目だと思うけど、薫が何かしたいと思うんだったら良いと思う」


「そうやな。ありがとうな。起こしてしもて済まんな」


「ううん。おやすみ」


「おやすみ」


 言葉にして頭がすっきりした。考えが整理されて薫は晴れ晴れとした気持ちになる。今度こそ寝られそうだ。薫は静かに目を閉じた。

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