7話 まかないの時間

 猫神さまのお屋敷からお食事処に戻って来た薫たち。これから薫たちも食事である。新たに作るのでは無く、猫たちに作った混ぜご飯のあまりをいただく。


 昼ご飯を食べないままこの世界に来て、お食事処の営業中も食べていない上にずっと猫まんまを前にしていたものだから、薫も潤もすっかりとお腹が空いていた。


「俺たち猫と同じものなんて、気を悪くするかも知れないけど」


 カツが恐縮した様に言うが、薫も潤も「いやいや」と首を振る。


「人間でも旨く食えるもんばっかりやん。俺もそのつもりで作っとったしな」


「だよねぇ。作ってる間も美味しそうでよだれが出そうだったよ〜」


「そう言ってもらえると助かるよ」


 カツは安堵した様に胸を撫で下ろした。


「じゃあ作るか。具材何が残ってるやろか」


 見ると、青ねぎと鶏肉、魚類は無くなっていて、他が少しずつ残っていた。


「やっぱり人気や言われとったやつが軒並み無くなっとるな」


 そう聞いていた食材は多めに用意されていたし、それに倣って仕込んでいたのだが。鶏や魚が人気なのは、やはりそこは猫だからなのだろうか。


「本当だ〜。そう言えば最後の方に来られるお客さんって、あるものでって言う猫も多かったねぇ」


「そうなのですニャ。そこはお客も分かっているのですニャ。なのでどうしても食べたいものがある時には早い時間に来るのですニャ」


「へぇ、うまいことできとるもんやな」


 言いながら薫は炊飯器からご飯をボウルに移す。カガリとカツの分は他の猫と同じ量。薫と潤の分はそれでは足りないので適当な量に増やす。


「カガリ、カツ、具は何がええ?」


「僕は最後で大丈夫ですニャ。薫さんと潤さんがお好きなものを選んで欲しいのですニャ」


「そうだな。今日は突然のことだったって言うのに、薫さんと潤さんには本当に頑張ってもらったもんな。ぜひそうして欲しいな」


「ええって。俺らが作ったの、せっかくやからカガリとカツに食うて欲しいわ」


「そうだよね! 薫いろいろ工夫してたもんねぇ、少しでも美味しくなる様にってね〜」


 薫と潤の言葉にカガリとカツは顔を見合わせて、遠慮がちに「い、良いのですかニャ?」「良いのかい?」と訊いた。


「もちろんや。旨い言うてくれる猫もぎょうさんおったしな。カガリとカツの口にも合うてくれたら嬉しいわ」


 薫がにっと口角を上げると、カガリとカツはぱあっと嬉しそうに笑顔を浮かべた。


「ありがとうございますニャ! じゃ、じゃあ僕は豚さんと小松菜が良いですニャ」


「俺は豚としめじが良いな。ありがとうな、薫さん、潤さん」


「いやいや。後あるんは牛やな。潤はしめじと小松菜どっちがええ?」


「僕小松菜がいいなぁ。白ごまたっぷり入ったやつ」


「わかった。じゃあ俺はしめじやな。俺も白ごまたっぷり入れよ」


「じゃあ薫と僕の分は僕が作るよ。薫はカガリとカツの分作ってあげて〜」


「そうやな。カガリ、カツ、待っててや。ちゃちゃっと作るからな」


「楽しみですニャ!」


「ああ、楽しみだ」


 カガリとカツはカウンタに身を乗り出して、わくわくした様な表情で待つ。そんな顔をされてしまうと、少しでも美味しいものを、と思うのは人情だろう。


 カガリの猫まんまは豚肉と小松菜。


 昆布を入れて炊き、その昆布を刻んで軽く煮詰めたものを混ぜ込んだご飯に、豚そぼろと刻んで炒めた小松菜を入れ、白ごまをたっぷり加えたら切る様によく混ぜて、器に移したらふんわりとかつお節を盛り付けてできあがりだ。


 カツの猫まんまは豚肉としめじである。


 こちらも昆布風味のご飯に豚そぼろと炒めたしめじ、たっぷりの白ごまを入れて混ぜ、こちらも器に入れたらかつお節を振る。


「よっしゃ。カガリ、カツ、お待たせや!」


 できあがった猫まんまをカウンタに置くと、カガリとカツから「わぁっ」と歓声が上がった。


「ありがとうございますニャ!」


「ありがとうね!」


「薫、僕たちの分もできたよ〜」


 潤が両手で完成した猫まんま、人間流で言うと混ぜご飯を掲げる。


「お、ありがとうな。カツ、スプーンとか箸とかあるか?」


「食器棚の引き出しにスプーンが入ってるから使って」


「はーい、ありがとう」


 潤がスプーンを2本出し、混ぜご飯に添えてカウンタに置いた。


「僕たちもそっちで食べて大丈夫なんだよね?」


「もちろんだよ。一緒に食べよう。うわぁ、美味しそうだ。楽しみだね、カガリ」


「はいですニャ! とても良い香りがするのですニャ」


 2匹は待ちきれないと言う様にそわそわと身体を揺らす。その様子に薫は嬉しくなって「はは」と笑みをこぼした。


 薫と潤もカウンタに回り、カガリとカツを挟む様にして腰を下ろした。猫用だから椅子など無い。地べたにぺたんと座る形だ。それでも座布団が置いてあるのでお尻が痛くなる様なことは無い。薫と潤は揃ってあぐらをかいた。


「じゃあいただこか」


「はいですニャ」


「うん」


「いただきます!」


 ふたりと2匹は揃って挨拶をして、2匹はさっそく皿に頭を突っ込む。がぶがぶがぶと競う様に口に入れて行き、同じタイミングで「はぁっ」と顔を上げた。


「と、とても美味しいですニャ!」


「本当だね! とても味わい深い。こんな猫まんまは初めてかも知れない」


「そうですニャ。いつものご飯もとても美味しいのですニャ。ですがこれはもっともっと美味しいのですニャ!」


「ああ。ご飯そのものに旨味が染み込んでる。昆布で炊いたからかな。昆布ってこんなに旨味が強いものなんだね。その旨味を取った昆布もご飯に混ぜ込んでいて、それが良いアクセントになってる」


「はいですニャ。とても良い歯応えなのですニャ。豚さんと小松菜にもそれぞれに味が付いていて、でもちゃんと合っているのですニャ」


「俺はしめじだけどさ、これも美味しいよ。白ごまが凄く合ってるんだよね」


「そうなのですニャ。白ごまの風味がとても良いのですニャ!」


 2匹は代わる代わる賞賛してくれる。薫は嬉しくて胸が暖かくなる。潤もにこにことそんな2匹を見つめていた。


「薫、僕たちもいただこ〜」


「そうやな」


 薫と潤はスプーンを手にした。振り掛けたかつお節を混ぜ込みながらスプーンですくって口に運ぶ。


「ん、美味しいよ薫!」


 潤がぱぁっと目を開く。


「ほんまや。我ながら巧くできとる。良かったわ」


 薫は安心し、また混ぜご飯を口に放り込む。


「やっぱり昆布の勝利かなぁ」


 潤もぱくぱくと手を動かして行く。


「それは大きいな。でも昆布って今まで使ってへんかったんやろ? なんであったんや? あって俺は助かったけど」


「かつお節のおまけに付いて来たんだよ。でもいつも来てくれる人は、使った後の昆布が勿体無いからって使わなくて。でもこんな使い方ができるんだね」


「出汁取った後の昆布も佃煮とかにしたら旨く食えるからな。今日のはその応用みたいなもんや」


「そうなんだ。なるほどねぇ」


 そんな話をしていると、薫の横でカガリがぽろりと涙をこぼした。

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