うちの学校の給食はどこかおかしい

乃木重獏久

第1話 契約解除通告

「ちょっと待ってくださいよ! 受託業務が始まってから、まだ半年も経っていないじゃないですか! なのに突然契約解除とは一体どういうことなんですか!!」


 耶宮やみや市役所本庁舎三階の一角にある会議室に怒号が響いた。ロの字型に並べられた長机の正面に座る三人の役人を、給食会社の社長が充血した目で睨みつけている。その隣には、やはり憤懣やるかたない表情の営業部長が座っていた。


「五年間の複数年契約ということだから、うちは多大なコストを掛けて入札に参加したんですよ! そして受注した以上は、おいしい給食を子供達に食べて貰いたいと生産ラインも新設したし、配送車両も増車した。それを数ヶ月で契約解除ですと!? 理由をお聞かせ願いたい!!」


 みやたけ給食株式会社。資本金一千万円、従業員数約百五十名の、耶宮やみや市内に本社・工場を置く、中堅デリバリー給食会社。昨年度実施された、耶宮市内の全中学校を対象としたランチボックス配膳型デリバリー給食業者を決定する「耶宮市中学校給食調理業務委託」の公募型プロポーザル入札に参加し、今年度から五年間の給食業務を受注した。


 給食業務全般にかかるプレゼンテーション、市職員による製造工場の立入検査に加え、市内の中学校全生徒による二度の試食審査という、膨大なコストと労力を掛けてこの入札に挑み、幸運にも落札できたのだ。


「ふん、おいしいねえ……。私も一度食べてみましたがね、失礼ながら、旨いとは思えませんでしたよ? ご飯もおかずも冷めてしまっているし、味付けも薄味すぎた。彩りも単調で、貧乏舌の私でさえ食べるのが辛かった。あれじゃあ、中学生達が残すのも無理はない」

「一体何を仰るのやら! うちの給食は、教育委員会の指示の下に作っているんですよ!? おたくらの管理栄養士さんとやらの決めた献立と、発注指示書に従って調達した食材で調理している限り、誰が作ってもあれ以上のものにはなりゃしません! それに冷めているのは、そもそも仕様書に『納入するランチボックス給食は摂氏二十度以下であること』とあるからじゃないですか! 仮に私どもが全てをプロデュースしたならば、本当の意味での“食育”として、暖かくておいしい給食を喜んで食べて貰えるはずなんですがね!!」


 市の契約検査課長が冷たく放った言葉に、社長は更に朱が増した顔色で口角に泡を飛ばせて反論したが、課長は薄い笑いを浮かべるだけで応えない。代わりに総務部長が、柔和な表情で口を開いた。


「いや、お怒りはごもっとも。確かに御社は仕様書通りのお弁当・・・を納入してくださっている。残念ながら、味がいまいちだというのも、一概に御社の責と言い切れないのも事実です。しかしですね、この度の件については決定事項なんですよ。どうか本市の意向を汲んでいただき、契約解除に応じていただきたい」

「決定事項ですって!? そもそも契約書には、受託者側の不始末による契約解除しか定められていないじゃないですか! あんた方が理由もなく一方的に契約を切ることができるとは、どこにも記載されてないはずだ! それとも何ですか? うちが食中毒でも出したって言うんですか!?」

「――まあ、食中毒とまでは言えないとは思うんですけどねぇ」

「!? どういうことです? 何かまずいことでもあったというんですか……?」


 総務部長の言葉に、社長の怒りに赤くなっていた顔は一瞬にして青ざめた。しかし、そんな話は一切耳に入っていない。だが、それに類した事故が起こったとでもいうのだろうか。


「まずいことといえば、まずいことなんですがねえ」

「はっきり言ってください! 食中毒ではないまずいことと言えば、異物混入ですか? それとも他の何かですか?」


 するとこれまで黙っていた、教育委員会の主幹が口を開いた。


「実はですねえ、配膳いただいている、ある中学校から苦情が来とるんです」

「苦情……ですか?」

「ええ。まあ、たくさんある中学校のうちの一校からだけの、それも漠然とした内容だったんで、最初は聞き流していたんですがね。ですが、校長からだけでなく、教職員組合やPTAからも正式に抗議が上がってきている以上、対処しないわけにはいかんのですわ。SNSの一部でも話題になっているようですしね。『うちの学校の給食は、どこかおかしい』って」

「一体、どんな苦情なんですか? 問題点があるのならば、至急対応させていただきますが」


 今の時代、些細な問題を放置するだけで、法人・個人を問わず、すぐに世間の耳目を集めて社会的制裁を加えられる。主幹の言葉の「SNS」に反応した営業部長は、硬い表情で尋ねた。


「まあ、お宅の弁当を食べると腹が減る、だそうですわ」

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