第2話 実戦

「【門と翼の紋章】」


 初めて見る紋章だけどこれは何の職だろう。


「神父様これは?」


 神父様は俺の紋章を見て驚いている。


「こ、こんな紋章は見たことがない。ゆえに何の職かもわからない」


 神父様が見たことがないということは、この世界で初めて出た紋章か。

 そんな紋章が凄くないはずがない。


「し、神父が見たことない紋章だからといって、レアな紋章とは限らねえだろ」


 ベイルが俺の紋章に難癖をつけてくる。


「どうせ最下級の職種だから、今まで誰も見たことがなかったんじゃないか。そんなんで冒険者になれるわけがねえ」

「ベイルお前いい加減にしろよ!」


 ガチャ


「た、大変だ!」


 突然1人の青年が、教会へと駆け込んでくる。


「静かに。今日は成人の儀が行われている日ですぞ」

「す、すみません。し、しかし神父様。魔物が、西の森から魔物がこちらに向かって来ているんです」

「魔物ですと!」


 青年の言葉で教会内は、騒々しくなり混乱に陥る。


「魔物の種類と数は?」

「トロル2匹と、トロルキング1匹です」

「トロルキング!」


 トロルは大型の太った魔物で、知能は低いが、力は人間の何倍も持っている。

 しかもそのトロルより数倍強いと言われているのが、トロルキングだ。


「これはBランクパーティー以上で対応する案件だぞ」


 しかしこんな辺境の村に、Bランクパーティーなど存在しない。


「そ、そうだ! 俺達には勇者様がいるじゃないか!」


 誰かが、今勇者の紋章を授かったリアナの存在を声に出す。


「我らには勇者様がいるんだ」

「勇者様、私達をお救いください」

「リアナ様、お願いします」


 皆、リアナの前にひざまずいて助けを求める。


「あなた達は何を言ってるんだ! いくら勇者といっても、リアナは紋章をもらったばっかなんだぞ!」


 紋章を授かって多少は強くなったかもしれないけど、修練や勉強をして初めてそのスキルや魔法を使えるようになるんだ。

 それなのにこの人達は、勇者の紋章というだけでリアナに魔物退治を押しつけようとしている。

 だが残念ながら、この場で他に戦えそうな人物がいないのも事実だ。


「ヒイロちゃん」


 リアナが不安そうにこちらを見る。


「もう魔物はそこまで迫っているぞ。早く逃げないと死ぬぞ」

「死にたくない。とりあえずここを離れるぞ」


 青年の言葉で教会にいる人達は、一斉に外へと走り出す。


「リアナ、俺達も逃げるぞ」

「う、うん」


 俺はリアナの手を取り、皆に続いて逃げる。



 教会の外に出ると、先に逃げ出した人達の叫び声が聞こえてくる。


「た、助けてくれ!」

「こんな奴、倒せるわけがない」

「誰かうちの娘を助けてください!」


 そして人の倍ほどの大きさを持つトロルと、そのトロルよりさらに大きいトロルキングが、俺の視界に入る。


 で、でかい!


 トロル達は、すでに何名かをこん棒で殴り飛ばし、次の獲物を物色している。


「ふ、ふざけるな! 貴様達などこの戦士の紋章をもつベイル様が退治してやる」


 ベイルがどこからか手に入れた剣を使い、背後からトロルに斬りかかる。


「グオーッ」


 ベイルの剣が背中に突き刺さり、トロルは咆哮を上げる。


「ど、どうだ! 未来の英雄の力は!」


 ベイルは強気の言葉を発し、剣を抜こうとするが、剣はトロルの肉に阻まれて抜くことができない。

 そしてそれがチャンスとばかりに、もう一匹のトロルがベイルを狙って後ろから向かってくる。


「ちょっと待て! くそ! 剣よ早く抜けろ!」


 しかしベイルの願いも虚しく、剣が抜ける気配はない。

 そしてベイルの背後から現れたトロルは、こん棒をもっていない手でベイルをはたいた。


 バチンッ!


「ひでぶ」


 ベイルはトロルの攻撃をまともに食らい、教会の壁まで吹き飛ばされる。


 死んだか?

 ベイルは壁にもたれるようにぐったりとしている。


「うぅ」


 残念ながら生きているようだ。

 だが、ベイルのことを気にしている暇はない。

 次は自分の番かもしれないからだ。


 トロルは、新しい標的を見つけるためにこちらに迫ってくる。


「リアナ逃げるぞ」


 しかし返事はない。


「リアナ!」


 俺は周囲に視線を向けるが、リアナは見当たらない。


「ヒ、ヒイロちゃんこっち」


 リアナは壊れた建物の近くにおり、何かを持ち上げようとしていた。

 俺は急ぎリアナの元に駆け寄る。


「どうした」

「この娘が石に挟まれてるの。ヒイロちゃん力を貸して」


 トロルが壊した建物下に、10歳くらいの女の子がいて、どうやら抜け出せないようだ。


「お、お願いします。娘を助けてください!」


 母親らしき人も、リアナと一緒に石を持ち上げようとしているが、石はピクリとも動かない。


「おかあ⋯⋯さん⋯⋯。たす⋯⋯けて」


 女の子は石の重さで、今にも意識がなくなりそうになっていた。

 早く助けないと女の子の命に関わる。


 しかし背後から、ドスドスとトロルの足音が聞こえてくる。

 どうやら次の狙いは俺達のようだ。


 俺は周囲に視線を向けると、地面に落ちていたベイルの剣があったので手に取る。


「リアナ。俺が時間を稼ぐからその間に女の子を」

「わかった」


 俺はトロルと対峙する。

 改めて見ると大きい。

 こんなやつに人間が勝てるのか。


 トロルはこん棒を振り下ろしてきたので、俺はバックステップでかわす。


 ズドンッ!


 トロルの一撃で地面に穴が空く。

 これは受け止めたら手の骨が砕けるな。

 それに腹や背中など、肉が多いところに剣を突き刺すことはできない。

 さっきのベイルのように、剣が抜けなくなるおそれがある。


 トロルは縦横無尽にこん棒を振り回してくるが、俺はなんとかかわすことができている。

 力は強いが、トロルはスピードが遅いのと、攻撃が単調なためだ。

 俺は振り下ろされたこん棒をかわし、腕を斬りつける。

 ひょっとしたら、このまま時間をかければトロルに勝てるかもしれない。

 そんな甘い考えをもった時、リアナから悲鳴に近い叫び声が聞こえてきた。


「ヒイロちゃん! もう一匹のトロルがこっちに!」


 声がする方に視線を向けると、トロルキングがリアナ達の元へと向かっていた。


 やばい!


 女の子はまだ助け出されていないので、リアナ達は逃げることができない。

 俺は全速力でトロルキングに向かって走り出す。

 そして何とかリアナ達の前に割って入ることができたが、トロルキングは横殴りで俺を攻撃をしてくる。


 まずい! これをかわすとトロルキングの攻撃が、リアナ達にも当たるかもしれない。

 俺はその場で剣を構え、こん棒を受け止めようとする。


「がっ!」


 俺の体はまるで紙のように、教会の壁まで吹き飛ばされる。


「ヒイロちゃん!」


 リアナの泣き叫ぶような声が聞こえる。

 やっぱりトロルキングの攻撃をまともに受けるなんて、無理があったか。

 俺はリアナに逃げるよう声を出すが、ダメージが大きすぎるせいか言葉にならない。


 ちくしょう。俺の人生はこんな所で終わってしまうのか。

 父さん達みたいに、冒険者になる夢は叶わなかったな。

 悔いがないといえば嘘になるが、じいちゃん、ばあちゃん、父さん、母さんがいるなら、死後の世界も悪くないか。

 俺は目を閉じて、死への旅路へと身を任せる。


「ヒイ⋯⋯ちゃ⋯。ヒイ⋯⋯ちゃんお⋯て。起きて」


 どこからか声が聞こえてくる。


「ヒイロちゃん! 目を開けて」


 これはリアナの声だ。

 ひょっとしたらリアナも死んでしまったのか。

 目を開けようとするが、体全体に痛みがあり、目を開けるどころか動くことすらできない。

 まだ俺は生きているのか。


「ヒイロちゃん起きて! 一生のお願いだから!」


 はは、一生のお願いか。

 リアナのお願いなら起きるしかないな。

 俺は目を開けようと、腕を動かそうとするが、体は応えてくれない。

 初めてリアナの一生のお願いを、聞くことができないかもしれないな。


 その時、左手の甲に熱い物を感じた。

 そういえば、これは何の紋章だったんだろう。

【門と翼の紋章】か。

 見た目は凄そうだけど、結局なんのスキルや魔法が使えるのかわからなかったな。

 もしこの紋章に力があるなら、今俺に力を貸してほしい。

 しかし紋章は応えることはない。


 頼む! 力を貸してくれ!

 リアナを助けたいんだ!


【門と翼の紋章】よ。俺に力を貸せ!


 その時、ヒイロの紋章から光が溢れた。

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