青春!探偵!ひとだすけ部!

北極雪ペンギン

プロローグ

ある日の日常

ひとだすけ部VS小型犬

 ある日のお昼過ぎ。


 車も人もまばらな二車線道路の脇を二人の青年は全力で走っていた。


 そんな二人の数メートル先には一匹の白い毛並みをした小型犬が走っている。その足の速さからどれだけ動物病院から逃げたいかが伝わってくるほどの全力疾走だ。


「あいつ足はっや! くそっ、こんなことなら足腰鍛えとけばよかった!」


「日頃運動しないからだぞ」


 眼鏡をかけた青年は息を絶え絶えにしながらも愚痴だけは達者に言い、一方その隣を走っている同じ制服を着た青年は余裕そうに答えた。


「も、もう無理……」


「ちょ、おい、史家しか。何止まってるの!」


 二人が全力疾走であの小型犬を追いかけ始めてからもう何分経っただろうか。体力の限界を感じた眼鏡の青年、史家は不意に足を止め、


「は、はぁ、正多せいた……後は……任せた……ぞ」


 正多にそれだけ言い残すとわざとらしく地面にバタンと倒れた。

 なんだか壮絶な感じを演出していたが、別に彼は気絶した訳では無く単に地面に寝転がって休憩しているだけだ。


「おれに気にせず、お前は一人であの犬を捕まえてくれ……」


 そんな史家に対して、正多は呆れて物も言えないと言った感じの視線を向けた。


「って、お、おい!」


「なんだよ、手なんて差し伸べないぞ」


「ちっがう! 犬! あいつ角を曲がったぞ!」


「え?」


 二人がそんなことをしている間にも犬は勢いよく走り続けていて、史家の声で正多が犬に意識を戻した時には、ちょうど犬は道を曲がって一車線の細い道へと進むところだった。


「あっ、やばっ」


 正多は危うく見失いかけながらも、ギリギリあの犬を視界に捉えることに成功する。しかし、その距離は更に離されてしまっていて、追いつくには難しい程まで開いていた。


 そんな様子に気が付いたのか、犬は後ろをチラリと見て追いかけてくる人間との距離を確認すると直線で一気に逃げ去ろうと加速を始める。


「やっと追いついた!」


 しかし、犬が再度前方に視線を戻した時には、その進行方向にどこからともなく現れた長い金髪の少女が両手を広げて立ち塞がっていた。


「ロッテ!」


「これで挟み撃ちだよ!」


 突如目の前に現れた少女、ロッテに道を塞がれた犬はとっさに足を止め、どちらから逃げようかと考えているように前後の二人を交互に見る。しかしそれもつかの間、後ろから走ってくる正多に追いつかれるよりも先に、勢いよくロッテの方へと飛び出した。


「来い! ワンちゃん!」


 ロッテは勢いよく突っ込んでくる犬を受け止めようと両腕を大きく開いたが、


「って、えぇ!? なにそれっ――」


 犬は驚異的な身体能力を発揮し、道路に面する家のコンクリート塀に勢いよく飛ぶと勢いをそのまま壁を蹴って更に高く飛び上がり、そのままロッテに飛びかかった!


「ふぎゅっ」


 ロッテの顔を器用に四本の脚で踏みつけた犬はそこから地面に綺麗な着地を見せると、小型の愛玩犬に敗北を喫して力なく膝から崩れ落ちた少女には目もくれずに走り去って行った。


「ま、負けた……あんなに小さいプードルに……」


「ロッテ! 大丈夫か!」


「う、うん、それよりも……」


 追いついた正多から差し伸べられた手を取って立ち上がり、落ち込みながら逃げ去った犬の方を見る。


「早く追いかけないと、ってあれ? シカ君?」


「アイツならさっきへばって……あれ?」


 視線の先を正多も見ると、二人の少し先にはさっき倒れたはずの史家の姿があって、彼は肩で息をしつつ「やっと捕まえたぞ」と随分疲れたような声を出しながら脇で暴れる犬を抑えていた。


「お前、いつの間に」


「急いで追いかけて来たんだ。発信機があってよかっ――ちょっ、噛むな! ワクチンぐらい暴れずに受けてくれ!」


「わっ、い、いま助けに行くよっ」


 二人への説明途中に服の袖を噛まれ、一進一退の攻防を繰り広げる史家とその救援に向かったロッテの姿を横目に、正多は犬の飼い主に連絡を取る。


「いやぁ、助かったよ。まさか病院をあんなに嫌がるとは思わなくて」


 車でやって来た飼い主の中年男性は犬を抱っこしながら三人に礼を言った。散々逃走劇を繰り広げていた犬は別に飼い主のことが嫌いで逃げていた訳ではないらしく、男の頬をペロペロと舐めている。


 飼い主が犬用キャリーの入り口を開けると犬は嫌がらずに大人しく入って行き、そんな様子を見た三人は、どうやらあの犬が嫌いだったのは動物病院と注射と追いかけてくる三人組だけだったことを思い知らされた。


「大人しい性格だから大丈夫だと思って油断していた、今度からは気を付けるよ」


 とはいえ今回の件は一件落着。犬との乱闘の末に髪をボサボサにしたロッテと史家は自省する飼い主に気を付けてくださいね、と苦笑いを浮かべた。


「助けてくれたお礼、と言っては寂しい物で申し訳ないが……」


 すると、キャリーを車の中に入れた飼い主の男性が言いながら車の中から野菜や肉などの食材が入った袋を取り出す。


「先に夕食の買い物を済ませておいたんだ。本当はお菓子の一つでも上げたかったんだが、私はすぐに病院に行かないといけないから……。とにかく、良ければ親御さんに渡して今晩の夕食にでも使ってくれ」


 三人はお礼なんて、と断ったが「要らなければ捨てていいから」と言う男性に半ば押し付けられるような形で結局は受け取ることになり、飼い主と犬が動物病院に向けて再度出発した。



 それから数分後、三人は夕暮れの公園内でもらった食材をどうするか話し合っていた。


「あ、これ、シンジュクアスパラだ。結構高かったはずだけど、貰っていいのかな」


 ガサガサと音を立てながら袋の中を確認する正多はベンチに腰を掛けてアスパラガスを取り出し、その袋の表記を見ながら言った。


「お、アスパラガスに鶏肉にホワイトソースか。あの人、グラタンでも作ろうとしてたのかな」


「いやいや、史家、グラタンにアスパラは入れないだろ」


「え!? 本州は違うのか?」


 肩越しに袋をのぞき込んでいた史家は驚いて正多の顔を見た後、ロッテに故郷ドイツではもちろん入れるよね、と同意を求めるように視線を向けたが「うちでも入れないかな」とあっさり返される。


「アスパラ入りグラタン作りたいなら史家に譲るけど」


「シカ君が欲しいなら私も譲るよ。……あ、電話だ」


 二人で勝手に決めちゃっていいよ、と声をかけたロッテは少し離れて誰かと通話し始めた。


「それでどうする?」


「もったいないけど、グラタン作れるオーブンが無いからパス。アスパラを何かと交換してくれる人とか居ないかなぁ」


「わらしべ長者ならぬアスパラ長者でも始める気か」


「家とは言わないから、せめて調理済みのグラタンぐらいにはして欲しいぜ」


「おまたせ~。それでどうするか決まった?」


 通話を終えたロッテが戻ってくると二人に尋ねるが、大して時間も経っていなかったため「まだ決まってないよ」と正多は持ちっぱなしだったアスパラをレジ袋にしまいながら言う。


「そっか~。あ、話は変わるんだけど、明日少し用事ができたから部活休んでもいいかな」


「全然OK、うちの部は休む時に連絡はいらないぞ。幽霊部員のミソラはずっと休みみたいなモンだし、俺も休みたい時は休むし」


「ロッテやミソラちゃんはともかく、部長の史家がそれだったらダメだろ」


「えー?」


 呆れるように言う正多に対して、史家は不服そうに言った。

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