警告 ~2~

「――一応、釘は刺しといてやったぞ。あの子供は、お前の言う通り良い子供だったからの、他の神々もこれくらいの真似は見て見ぬふりをするじゃろう。多分」

「ありがとうねぇ、焔ノ狐神様」


 波の音が聞こえるそこで。

 一人と一柱は小さなテーブルを囲んで座り、お話ししていた。


「しかし、神である私を顎で使うとはな。相変わらず肝が据わっておるわ」

「そんなつもりはないわ。それは焔ノ狐神様が一番に分かっているはず。毎日ちゃあんとお祈りしているもの。焔ノ狐神が呆けてしまったというのなら、話は別だけれど」

「言いおるわ」


 焔ノ狐神は愛おしくて堪らないものに接するように、どこか色気すらある笑みを表情一杯に浮かべていた。


「まあ、まだ手は貸せそうだの。あやつら災い避けの結界を二度使うことなく森を突破したからの、貸した神力はまだだいぶに残っている。さすがに今回のような裏技はもうなしにしても、また何か力になってやるかの」

「ありがとう。もしまたあの子に力を貸して頂けるのであれば、それは本当に嬉しい幸いです」

「はっは。――ああそれと、やはりここ、お前の住む【一畳の蜜柑畑】は進行路から外れそうじゃ。残念だったの」

「私はそれを望んではいません。私はもう死んだのだから。生きている間に、あの子の顔はたぁくさん見ましたから。だから、悔いなどは抱いておりません。……ああでも、私の若い頃の姿を見せられなかったことはちょっとだけ残念かしら。あの子、きっと驚くわ」

「それにしてもあれは、お前の孫娘だけはある、本当に良い子供だったよ。――桜」


 ――浅い浅い見渡す限りの海に、ぽつんとその大地はあった。

 焔ノ狐神は【一畳の蜜柑畑】とその場所の名を口にしたが、実際その地は三畳ほどの広さがあった。それでも狭いそこに、空に向かって輝く緑を広げる蜜柑の木が一本と、テーブルセットが一組だけがある。

 焔ノ狐神の対面に座る、木洩日と同じ髪色を持つ妙齢の女性は、目を瞑り静かな調子で言葉を紡いだ。


「あの子が今も純粋に祈り、思い遣ることができているのなら、良かった。願わくば無事に旅路を進み、そして運命の道標を照らしてくださるその御方のことを深く思い遣ることができれば――」

「あの子供ならそれをやるだろう。――そうだ、方々の神に呼び掛け、あの子供を助けるよう嗾けるか。なぁに、彼の神があの子供をニライへ不正招来させるほどにお前は慕われているから、やればきっと上手くいくだろう」

「……お気持ちは本当に幸いではあるけれど、あまりの無茶はおやめになってくださいね?」

「フフっ」


 カラカラと笑う焔ノ狐神に苦笑を向けて。

 彼女は再び目を瞑り、木洩日のことを想った。


(今、あの子はどうしているかしら)


 そんな思いと一緒に湧き上がった少しの寂しさに、彼女は微笑んだ。

 木洩日が自身にとって特別であるその証拠が嬉しくて。


 

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