その翌日の夕方、俺は喫茶店ポランに行った。


 ポランは町内にある純喫茶で、脱サラしたおっさんが一人で切り盛りしていたのだが、最近になって女子大生をウエートレスに雇ったのだ。


「どうぞ」


 その女子大生ウエートレスが、俺のテーブルに水出しコーヒーを置いてくれた。


「いずみちゃん、ゴメンね。妹が無理言ったみたいで」

「え? ああ、夏祭りの事ですか。別に良いですよ。私も行きたかったし」

「でも、その後の肝試しは……」

「希美ちゃんが張り切っていたみたいなので、断ったら可哀そうかなっと。でも私、怖いのはちょっと苦手かな」


 それは困る。来てくれないと、徹夜でレポート仕上げた意味が無い。


「大丈夫だよ。脅かし役は、バカな小学生達だから」


 少なくとも希美は……


「昨日なんか笑っちゃったよ。シーツを被って『おばけだぞう』なんて」

「まあ」

「しかもシーツに油性ペンで顔を描いたりしたから、今朝は母さんに怒られて『おまえはトイレの花子さんでもやってろ。シーツは使うな』って」

「かわいそう」


 いずみちゃんはフフっと笑った。


 可愛い! それにボンキュバーンだ。


 昭君。君の仕掛けに期待しているぞ。


 閉店を待って、俺はいずみちゃんと一緒に祭に向かった。


 祭の会場は長沢神社。


 その境内に入ると屋台が立ち並んでいた。


 しばらく屋台で飲み食いしたり、射的や金魚すくいをしたりしてから、肝試しの受付に向かう。


「荷物があったら、お預かりします」

「じゃあこれお願いします」


 金魚すくいで捕まえた金魚や射的の景品を、受け付けのおばさんに預かってもらった。


 代わりに懐中電灯を受け取る。


「じゃあ、コースを説明します」


 おばさんが地図を見せた。


「神社の裏山をコースAから登って行って下さい。百メートルほど登ると東屋があります。東屋にダンボールがあります。その中からお札を一枚取って、コースBから戻って来てください。危険なので絶対にコースから外れないように。お札を持って帰って来たら、景品と交換します。途中で子供達が脅かそうと待ち構えていますので……」


 おばさんがニヤっ笑みを浮かべる。


「怖かったら、遠慮なくお兄さんに抱き着いてあげなさいね。お嬢さん」

「え? え?」

「な……なに言ってるんですか? やだなあ、さあ、いずみちゃん行こう」


 俺はいずみちゃんの手を引いて受付を離れた。


 いかん、いかん! 危うく、いずみちゃんに抱き着かれたいという下心を悟られるところだった。


 懐中電灯の明りを頼りに、俺といずみちゃんはコースAに踏み込む。


 しばらく歩くとガサゴソと音がした。


「な……何かいますよ」


 いずみちゃんが俺の手を強く握りしめる。


 さあこい。出てきて、いずみちゃんを驚かせろ。


 草むらから何かが出てきた。


「きゃ」


 いずみちゃんが小さな悲鳴を上げるが……


「一つ目小僧だぞ」


 コミカルな一つ目小僧の被り物を被った子供がそこにいた。


「可愛い!」


 いずみちゃんに『可愛い』と言われて一つ目小僧は困惑する。


「あの……お姉さん。怖がっていただけないでしょうか」

「だって可愛いんだもん」


 そう言っていずみちゃんは一つ目小僧の頭をなでなでする。


「な……ならば、我が眷属の姿を見て恐れ慄くがいい」


 木の陰から小さな影が飛び出してくる。


「三つ目小僧だ!」

「ううん。こっちは可愛くないな」

「そんなあ、可愛くないなんて」


 いずみちゃんに可愛くないと言われて三つ目小僧は傷ついたようだ。


「ならば、これでどうだ」


 三人目が木陰から出てくる。


「二つ目小僧だ」


 次の瞬間、俺とはいずみちゃんは爆笑した。


「おまえら、脅かしに来たのか、笑わせに来たのかどっちだ? 二つ目小僧なんて、まんま人間じゃないか」

「いやあ、予算の都合でのっぺらぼうのお面が手に入らなくて、しかたなく一人だけ素顔で……」


 ん? 素顔を晒している子、女の子じゃないか。よく見ると希美の友達。


「君、沙羅さらちゃんだっけ? 希美の友達の」

「あ! 希美ちゃんのお兄さん。希美ちゃんと昭君ならもっと奥の方で待ち構えています」


 そう言ってから沙羅ちゃんは俺の耳元に口を寄せて囁いた。


「あっちは怖いですよ。お姉さんが抱き着く事、請け合いです」

「そ……そうか。期待しているぞ」

「では、お気を付けて」


 三人の脅かし役……× 


 笑わせ役に見送られ、俺といずみちゃんはさらに奥へと進んだ。

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