第35話・旅立ちのツープラトン・ラリアート

 ウェルは一人で薄雪姫の部屋を訪れた。

 縫合痕が体に残る薄雪姫は、青白い沈んだ表情で椅子に座っていた。

 ウェルは、部屋の本棚に並べられた書籍の背表紙や、壁に貼られたポスターを見て薄雪姫に訊ねる。

「プロレスが好きなのね」

 うなずく、薄雪姫。

 ウェルは自分の姿が印刷されている、興行ポスターを見て少し照れる。

「これは、『飛翔乙女ロードシリーズ』の時のポスターね……懐かしいな。こっちは『激闘桜吹雪シリーズ竜の門』の時のポスター」


 ウェルはいきなり、椅子に座っている薄雪姫のスカートの中に腕を突っ込むと「ちょっと失礼」と言って。

 薄雪姫の足を触る、小さな声を発する薄雪姫。

「あっ!?」

 薄雪姫の足を撫で回したウェルは、手を引っ込めると意味ありな笑みを浮かべる。

「なるほど、お邪魔したわね」

 そう言い残して薄雪姫の部屋からウェルは出ていった。


 部屋の外にはオプト・ドラコニスと、穂奈子が待っていた。

 穂奈子がウェルに訊ねる。

「どうでしたか?」

 歩きながら答えるウェル。

「あの、かなりプロレスの基礎練習を積んできているわね……触った足の筋肉の付き具合でわかる」 

「で……どうするんですか?」

「どうしましょうかねぇ」


 ウェルが歩きながら思案していると、向こう側から奇妙な三人組が何やら言い争いをしながら、歩いてくるのが見えた。

「絶対、ナゾ肉って鳥肉が主体の味だって」

「いいや、魚だ、あの味は魚肉だ……傀儡くぐつタロウ、おまえはどう思う」

「…………」

「相変わらず無口なヤツだな、人形だからしかたがないか」

 会話をしながら歩いてきたのは、プロレスラー姿の二人と一体だった。


 白い翼を生やして、天使の光輪がデザインされた、マスクをかぶった覆面天使レスラー『天使タロウ』

 角が生えた魔王のマスクをかぶった『魔王タロウ』

 デッサン人形のようにカクカクした動きで、目の辺りだけの、半面の覆面レスラー『傀儡タロウ』──傀儡タロウ頭上の天井には、歌舞伎や浄瑠璃で演者の背後にいる黒い布で顔を隠した黒子くろこが、マリオネット人形を操るように傀儡タロウを操作している。


 ウェルウィッチアが、三人組の覆面レスラーに親しげに話しかける。

「あら、奇遇ね……こんな所で何しているの?」

「げっ!? 社長!」

 三人の覆面レスラーは、ウェルウィッチアが代表を務めるプロレス団体の、契約レスラーだった。

 ウェルウィッチアが意味ありげな笑みを浮かべる。

「ははぁ、さてはまたあんたたち……団体に無断で闇興行でもして、闇マネーを稼ぐつもりね」

 慌てる、天使タロウと魔王タロウ。

「滅相もございません、社長に無断で闇興行など」

「へへへっ、あっしらは単なる観光でさ」

「…………」


 三バカタロウを眺めていたウェルが、なにかを思いついた口調で言った。

「あんたたち、あたしと三対二の試合しなさいよ……ファイトマネーは出すから」

 驚く二人と一体。

「ウルトラ! ビックリタロウ! 三対二?」


 周囲を気にしながら裏庭の道を歩いてきた、薄雪姫はログハウスの扉のカギを開けて、中に入った。

 中にはプロレスのリングと、天井から吊り下げられたサンドバックがあった。

 薄雪姫が使い込んだサンドバックを撫でていると、開いたままのドアの方から声が聞こえてきた。

「そのリング、一人で作ったの? 立派なリングじゃない」

 そこには、ウェルウィッチアとオプト・ドラコニス、穂奈子、三バカタロウ。

 薄雪姫の父親とヤミー&クライがいた。

 別段、驚いた様子もなくウェルたちを眺める、薄雪姫。

 薄雪姫の父親が、ヤミーとクライを通して意思を伝える。

「この小屋は施錠してあったはずだべぇ、どうやってカギを開けただべぇ」


 ウェルが答える。

「書斎にあった小屋のカギから、合カギを作って薄雪姫に手渡した人物がいるのよ」

「だ、誰だべぇ。娘に危険なプロレスのコトを忘れさせるために、小屋を封印したのに」

「博士の雑用人造人間……薄雪姫が頼んで合カギを作ってもらった……いくら父親が娘の身を案じて、プロレスを危険だからと遠ざけても、人の好きなコトを奪うことはできない」


 ウェルが、薄雪姫に言った。

「プロレスやりたいんでしょ、あたしとタッグを組んでここで試合してみない……お父さんに、自分の熱く強い気持ちを見せてあげましょう」

 うなずいた薄雪姫が、衣服を脱ぎ捨てると。服の下からラメが入った、フリンジ付きの黒いリングコスチューム姿の薄雪姫が現れた。


 ゴングが鳴り響き、三バカタロウとウェルウィッチア&薄雪姫のタッグ戦がはじまった。

「どりゃあぁぁ! 社長! 給料アップしろチョップ!」

 振られたロープ反動から、天使タロウの水平チョップを軽く避けたウェルは、そのまま背後に回り込んでバックドロップで投げ飛ばす。

「ウェルウィッチア式バックドロップ!」

「がはっ」


 試合は技の応酬が続き、リング外ではウェルウィッチアと傀儡タロウの乱闘。

 リング上では寝かされた薄雪姫が魔王タロウに、片足をひねられて責められていた。

「ギブアップしろ! 小娘!」

 首を横に振る薄雪姫に向かって、リングに乱入してきた天使タロウが襲いかかる。

 とっさに上半身と下半身を分離させた薄雪姫が、天使タロウの体をよじ登り、アームロックで天使タロウの首を背後から責める。

「げぶっ」


 下半身の方は、魔王タロウをカニ挟みで転がしていた。

「がはっ」

 再び上半身と下半身が、くっつく薄雪姫。

「合体!」


 そして、クライマックス──リング上のふらつく三バカタロウに向かって、ウェルウィッチアと薄雪姫のツープラトン・ラリアートが炸裂した。

「おごっ」「げはっ」「…………」


 リングに重なり倒れて動かなくなった、三バカタロウに試合続行不可能の判定が下され、ウェルウィッチア&薄雪姫組の勝利を告げるゴングが鳴り響いた。


 試合を観た薄雪姫の父親が、ヤミーとクライを通して言った。

「わたしが間違っていたべぇ、娘を失いたくない気持ちが。娘の心身を縛りつけて心を閉じ込めていたべぇ……これからは、娘の気持ちを考えて自由にさせるべぇ」

 明るい汗だくの顔で、父親と会話する娘。

「それじゃあ、お父さん……あたしが、プロレスラーになるコトを」

「認めるべぇ、おまえの人生だべぇ。思う通りに進めばいいべぇ」


 ウェルが父親に言った。

「娘さんは、うちのプロレス団体で預からせてもらえませんか……人気のレスラーになりますよ。リングネームは、漆黒の薄雪姫『ブラック・ギュア』なんてどうですか? リングに黒い雪が舞い散る光りの演出で登場です」

「娘のデビュー戦は必ず観に行くべぇ……通行証も発行するべぇ……ありがとうだべぇ、閉じていた娘の心を開かせてくれて」

 ウェルウィッチアは、笑顔でVサインをしてみせた。

 数時間後──ウェルウィッチアたちは、次の階層へと向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る