黒い薄雪姫

第33話・夜の姫は薄雪姫

 淡い色の街灯がポツポツと灯り、建物の窓から漏れる明かりも少ない。

 夜だけの町に、仁たちはやって来た。

 仁が言った。

「ここか、ディアが言っていた……天井の天体投射システムが壊れたままで日が昇らずに、年間を通して夜だけしかないエリアは」


 仁は、救世酒を飲み干した朱ヒョウタンを逆さにして、完全に中が空なのを確認して言った。

「オレが護衛するのは、ここまでだ……ここから先は別のクルーに護衛してもらいな」

 口元に救世酒の呑みシミが付いた、布袋を脱いだ。

 仁・ラムウオッカ・テキーララオチュウ・ギンジョウワインは。

 上層階へ繋がる、迂回線路の駅がある、場所へ向かって歩きはじめた。


 白い息を吐きながら、オプト・ドラコニスが言った。

「をいをい、誰が護衛してくれるんだよ……オレ一人じゃ手が回らねぇぞ」

 オプト・ドラコニスの言葉を受けたように、街灯の照明円の中にリングシューズを履いた足が現れ。

 暗闇の中から、女性の声が聞こえてきた。

「ここから先は、あたしが護衛するから……よろしく」

 赤外線感知のVRゴーグルのようなモノを装着した、フリンジ付きリングコスチューム姿の『ウェルウィッチア』超おばさまが暗闇の中から現れた。


「このエリアでは、目が闇に慣れるまで。このゴーグルを装着しておいた方がいいわね……目が慣れたら外してもいいから、人数分あるから」

 ウェルウィッチアは、オプト・ドラコニスと穂奈子にゴーグルを手渡す。

 ゾアに渡そうとした時、ゾアがウェルウィッチアに言った。

「ありがとう、おばさん」

 ゴーグルを持っていた手を引っ込めて、ヒクヒクと笑う超おばさま。


「君、ちがうでしょう……お姉さん……でしょう、言い直し」

「うん、おばさん」

「言葉は正しく使いましょうねぇ……お・ねぇ・さ・ん」

「おばさん、早くゴーグルちょうだい」

「このガキ!」


 地面にゴーグルを叩きつける、ウェルウィッチア。

 はぁはぁと、呼吸を整えて落ち着こうとする、ウェルウィッチア。

「落ち着け、落ち着け……非素数の合成数を数えろ……ふぅ」

 落ち着いたウェルウィッチアは、地面に投げて割れたゴーグルを何事もなかったように、ゾアに手渡す。


 その時──頭上から肩を組んだ黒い服を着た、二人の若い女性が、洗濯機の中で回転する洗濯物のようにクルクル回転しながら、ウェルたちの前に降りてきた。

 顔立ちが良く似ている女性たちの、肩を組んでいない方の腕はコウモリの翼のような腕になっている。


 着地した女性たちは、離れると腰を屈めてウェルたちに会釈した。

 ショートヘアの方の女性が言った。

「ようこそ『夜だけの町に』あたしは『ヨル・ヤミー』」

 ミディアムヘアの方の女性が言った。

「上層階エリアからの旅人は大歓迎です……あたしは『ヨル・クライ』……みなさんを宮殿に案内します」


 ヤミーとクライの姉妹が、町の丘にある宮殿を示して言った。

「この町の実権者で、他エリアへの通行証を発行している旦那さまの……『夜の宮殿』へ、どうぞおいでください♪」

 町の明かりが、淡い光りから白色光に変わる、ヤミーとクライが言った。

「朝になりましたね」


 ウェルたちは、夜の宮殿で決して姿を見せない、カメレオンか忍者のような使用人たちから接待を受けた。

 テーブルに黒い料理を、柱の後ろやモノの陰に隠れて、姿を見せない使用人たちから受け取って。

 配膳ワゴンに乗せて運びテーブルに並べるのは、ヤミーとクライの役目だった。

 すべての料理が揃うと、宮殿の主人と娘らしい女性が現れて着席する。


 ヤミーとクライが声を揃えて紹介する。

「夜の宮殿の旦那さまと、愛娘の『薄雪姫』さまです」

 町の実権者と娘の薄雪姫は、顔色が悪く体に縫合痕があった。

 父親の方は、首の両側に金属の電極のようなモノが埋め込まれていて。

 細身に黒髪のフランケンシュタインの怪物人造人間型の生物だった。


 娘の方はショートヘアの水色の髪にピンク色のメッシュが走り、憂鬱そうな表情で椅子に座っている。

 薄雪姫もフランケンシュタインの怪物人造人間型の生物だった。


 父親がナイフとフォークを動かして、何やらヤミーとクライに声を出さずに指示を伝える。

「わかりました旦那さま……旅のお方には、食事を済まされたら。お部屋にご案内して休んでいただきます……えっ!? あたしたちが、それを旅の方に伝えるんですか」

 ヤミーとクライは顔を見合わせると、どちがウェルたちに伝えるか小声で相談して、一緒に伝えるコトにした。

「せーの、通行証が無いと、夜のエリアからは、出さねぇべぇ」


 キョトンとするウェルたち。

「ここから、下の階層に行くのに通行証が必要なの?」

 交互に答えるヤミーとクライ。

「そうだべぇ、わたしが認めなければ通行証は発行しないべぇ」

「この夜の町の、永住住人になるだべぇ」

「どうすれば、通行証を発行してもらえるの?」


 夜の宮殿の住人は、目に生気が無い娘の薄雪姫を指差して、指をグルグル回す仕種をする。

「ずっと、薄雪姫は心を閉ざしたままだべぇ……薄雪姫の心を」

「上層階から来た旅人の知恵で、開放してくれたら通行証の発行を考えてもいいべぇ」

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