第12話・生け贄少女サクリ・ファイス

 髪を掻き上げながら、ヴァン・パイルが言った。

「とにかく、工場作業員からの苦情や悲鳴は、総責任者のわたしの耳には直接届いていないので……お引き取り願おうか」

 美神アズラエルが、背中から生えている結晶植物の翼から、鋭い葉を一枚折ると、ヴァン・パイルに向かって暗殺者の眼光で構える。


 美鬼が腰の両側、数センチ離れた空間に光波の妖精羽を出現させて笑う。

「きょほほほほっ、嫌ですわ。そう言われたら意地でも引き下がりたくありませんわ……

真相を突き止めて、過剰な労働のブラック企業をぶっ潰しますわ……ホワイト企業に変えてみせますわ、軍事兵器の開発と製造を中止して。人工肉の製造工場や、子供が喜ぶ絵本や玩具の製造工場に変えてやりますわ……きょほほほほっ、それでは、ごきげんよう」

 ヴァン・パイルは、背を向けて去っていく美鬼アリアンロードに。

「性悪女!」と、罵声を浴びせ。

 美鬼は。

「その言葉は、わたしくしにとっては、最高の讚美ですわ……きょほほほほ」

 そう、笑い返した。


 惑星バイ・カラードの平凡国家【イエロー・カラード】にある、名も無き村──歳の頃なら、十四・五歳の少女が粗末な家の中に祀られた、木製の像に向かって祈っていた。

 不気味な魚人の神像に少女が祈りを捧げていると、部屋に入ってきた二つ歳上の姉が、木製のベットに倒れ込んで言った。

「あたし、村で用済みだって……明日からグリーン・カラードの兵士になって殺し合いをしろってさ」

 ベットに倒れた姉の妹──『サクリ・ファイス』は、姉の体に毛布を掛ける。

 棚の上に置かれた木製魚人像を見て、姉が呟く。

「まだ、持っていたの? その薄気味が悪い木像……意味ないのに」

 サクリ・ファイスの家系は、水の神を崇拝する生け贄家系だった。

 村に災いが降り注いだ時に、村で古くから選ばれ受け継がれてきた生け贄の家から一人、娘を水の神の花嫁として差し出して。

 大地の深淵から、地下の海へと身を投じて災いを鎮める。

 その、生け贄風習も数年前から中止になり、サクリ・ファイスの家が最後の生け贄家系の家となってしまった。


 棚の上に立つ、不気味な木像を眺めながら、サクリ・ファイスの姉が言った。

「今まで特殊な家系というコトで、村の中ではグリーン・カラードの徴兵や、レッド・カラードの労働者徴集は免除してもらっていた……でも、生け贄の風習が、グリーン・カラードとレッド・カラードから禁止されてから数年──あたしたち姉妹の居場所はこの村にはなくなった」

 唇を噛み締める、サクリ・ファイス。

 グリーン・カラードとレッド・カラードからの、兵士と労働者の徴集。レッド・カラードからは労働力が低下した者もグリーン・カラード以外の国に兵士として送り込まれる。

(あたしたちの母親は、グリーン・カラードとレッド・カラードの徴集災いを鎮めるために……深い亀裂に生け贄として身を投じた……でも、その結果は)

 何も変わらなかった。


 顔を横向きにうつ伏せになった、サクリ・ファイスの姉が呟く。

「生け贄なんて迷信の風習なだけ……あたしは、三日後に戦場へ……あんたは、レッド・カラードの工場で一ヶ月後には……死ぬまで働かされて」

 姉から寝息が聞こえてきたのを確認した、サクリ・ファイスは家の外に出て空を見上げた。

 スジ雲が流れる空を眺めながら、サクリ・ファイスの呟く声が聞こえてきた。

「グリーン・カラードには、織羅レオノーラが……レッド・カラードには、美鬼・アリアンロードが来たけれど……イエロー・カラードの大地には、まだ何も来ない」



 異極惑星バイ・カラードの衛星軌道上に停止する衛星級宇宙船、巨大な眼球のような【極楽号】に。

 グリーン・カラードから『白きシェヘラザード号』で、一時帰還したレオノーラは。

 極楽号の船橋で、情報収集作業を続けている。情報管理と暗号&古代文字解読のスペシャリスト、男の子『ディア』に訊ねる。

「グリーン・カラードの様子はどんな感じ?」

 頬や手の甲に、情報文字が流れるディアが言った。

「相変わらず、戦力を増強して侵略準備を進めています」

「困ったものね」

 背中で結んだ髪の部分が、まるでキツネの尻尾のように揺れる、レオノーラがタメ息を漏らす。

 レオノーラは、グリーン・カラードへの対応に、思案を続けていた。

「どうしたら、いいものやら」

 情報集めを続けている、ディアが言った。

「レオノーラさま、少し気になるコトが」

「なに?」

「『水球惑星』の進行軌道が、少しバイ・カラードの方向側に変わってきています」

「水球惑星が?」


【水球惑星】中央に核となる星があり、その周囲を幾層もの厚い水の層で包まれた、迷える惑星。

 時に星に生命を誕生させる海を与え。

 時に星に洪水を引き起こす量の水を与える。

 女神とも悪魔とも称される水の星。


 自転しているバイ・カラードが映し出されている、船橋の巨大なスクリーンを眺めながらレオノーラが呟く。

「水球惑星自体の意思で進行方向を変えたのかな……あるいは、誰かがバイ・カラードに水球惑星を引き寄せているのかも?」


 レオノーラは、イエロー・カラードの大地へ回転しながら降下していく、円盤形の中型宇宙船を見た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る