第2話・ケダモノ星で……今宵一夜の愛を

 次に豪烈が意識をとりもどした時……豪烈は焚き火の炎が揺らぐ洞窟の中で、なめしたケモノ皮を掛けられて寝かされていた。

(ここは……どこだ?)

 動物の頭蓋骨や肋骨のオブジェが岩壁に吊り下げられた洞窟の暗闇から、オオカミの顔が現れた。

(結局、喰われるのか、オレ? どうせ喰われるのなら岩塩とか香辛料を体に擦り込んで、下ごしらえをしてくれ)

 豪烈が、そんなしょーもないコトを考えているとオオカミの頭に続いて、人間の少女の体が暗闇の中から現れた。

 毛皮の水着を着た、オオカミ頭の少女は房の尻尾を振りながら、豪烈に向かって焼いたゾウ鼻の断面肉を放り投げてきた。

 どうやら、食べろというコトらしい。

「助けてくれたのか、ありがとうな……食べてもいいのか?」

 オオカミ少女は両手でハート型を形作る、どうやら親愛を示すボディランゲージらしい。

 ゾバットラの鼻肉にかぶりつく豪烈、火を挟んで座ったオオカミ少女のお腹がグゥゥと鳴る。

 豪烈が千切った鼻肉を差し出すと、火を回り込んで豪烈の隣に寄って来たオオカミ少女が肉を受け取って食べる。

 肉を食べている、少女のオオカミ顔を見ながら、豪烈が言った。

「最初は、被り物のオオカミ頭かと思ったが……違ったみたいだな」

 胡座をかいたオオカミ少女が喋る。

「当たり前だ、本物のケモノ顔だ、おまえどうして、このジャングルだけの星に来た?」

「ある宇宙海賊船を探しに、伝説の宇宙海賊キャプテン『鳳凰』の船が、ジャングルの滝の裏から飛び立って行く勇姿を一度見たくて」

「それだけのために……あの船は、滅多にこの星に来ない。オレの部族が取り引きした物資を積み込む時だけしか……次に来るのはいつになるかわからない」

「そうか、おまえはどうしてジャングルにいる?」

「一人前になるための部族儀式だ……決められた期間、一人で離れて生活する、明日の早朝まで」

「いいのか? 儀式の最後の日に他の星の者と一緒にいても? 邪魔なら洞窟から出ていってもいいぞ」

 オオカミ少女は、突き出た鼻先をクンクンさせて、豪烈の体臭を嗅ぎながら、少しづつ体を擦り寄せてきた。

「本当は古いしきたりだとタブーで、昔は期間中に接触した他星の者は殺されていたらしいけれど……オレ、そういう古い考え方とか迷信は気にしないから……それに」

 オオカミ少女は、豪烈の胸板を腕輪をした手で撫で回しながら、さらに体を密着させてきた。

「儀式の期間中は、ずっと独りで寂しかった……温もりが欲しかった。オレの家系と血が繋がって身内になれば……古いしきたりは関係なくなる」

 互いの体を抱擁する、オオカミ少女と豪烈。焚き火の燃え木が炭に変わり、真っ暗になった洞窟の中で二人は強い絆で結ばれた。


 洞窟内に射し込む朝日に、なめし皮を毛布代わりして横たわっていた豪烈は目覚める。

 ふいに、バックパックに下がっているビーコンが鳴り響き、ルルルの声が聞こえてきた。

《昨夜は楽しめたかい、豪烈》

 裸の上半身を起こして、ビーコンに向かって話しかける豪烈。

「位置を把握していたなら、どうして早く迎えに来なかったんだ」

《悪かった、これから迎えに行く……オオカミの彼女と一緒に、洞窟の外で待っていてくれ》

 ルルルからの通信が切れて、豪烈の隣で目覚めたオオカミ少女が、潤んだ目で豪烈を見つめる。

「行くのか?」

「あぁ……流れ者の冒険者だからな」

「そっか」

 少しだけ、うつ伏せの上体を浮かせて横乳を覗かせたオオカミ少女は、自分がしていた腕輪を豪烈に手渡して言った。

「部族の一員である証だ……子供は村の母系で育てるから豪烈は心配するな、ただ」

 豪烈に背中を向けて脱いだケモノ皮の水着を着て、ヘソの辺りを擦りながらオオカミ少女が言った。

「オレの村は貧しい、生まれてくる子供たちに十分な教育をさせてやりたい、村に織羅家の力で教育の資金援助を頼む……この子の為にも教育を」

「わかった、オレの子には養育費は出す……ずるいヤツだ、最初からオレが財閥の息子だと知っていたな」

 豪烈がオオカミの頭を撫でると、オオカミ少女は嬉しそうに。

「くぉぅぅんん」と、鳴いた。


 二十分後──洞窟の外で豪烈とオオカミ少女が待っていると、ルルルが乗った救援機が空中にホバーリングしてきた。

 プロペラ風の中、救援機から下ろされる、エレベーター式のカゴ昇降機。

 金属ワクだけの立方体のカゴに乗り込んで上昇していく豪烈に、見上げるオオカミ少女は手を振り、豪烈も手を振り返す。

 織羅・豪烈は次の冒険へと旅立っていった。


 救援機が飛び去って行くと、茂みの中からオオカミ少女と同じオオカミ頭の部族集団が現れた。

 リーダーらしきオオカミ頭の男性が少女に言った。

「儀式期間は終わった、これでおまえも、一人前だ」

 うなづく少女。

 部族リーダーのオオカミ頭が、空の彼方でゴマくらいの大きさにまで遠ざかった、救援機を眺めながら言った。

「どうやら、良い出合いがあったようだな……妹よ」


 宇宙空間に違法破棄された『巨大ジャンク宇宙船』内──豪烈の半月を越える、船首から船尾まで四輪駆動の悪路走行車両で走りきりゴールも近づいたころ。

 運転をしながら豪烈は、ジャンク宇宙船船尾エリアにある、中古宇宙船販売店の店主と連絡を取り合っていた。

「うん、そうだ……もうすぐ到着するから、購入した中古宇宙船の後部ハッチを開けておいてくれ。

そのまま、宇宙船に車で突っ込んでジープの運転席を宇宙船のコックピットスペースと合体連動させて、宇宙船のコックピットとして使うから……それじゃあ、そういうことで──よろしくぅ」

 豪烈の単独縦断走破冒険も終わり、そのままの勢いで中古宇宙船販売店に突っ込んだ豪烈は。

 走行する自動車ごと中古宇宙船の開いていた後部ハッチから、コックピットと合体連動して宇宙船を加速発進させた。

「このまま、宇宙船もらっていくぜ! オヤジ、ひゃほぅぅ!」

 そして、ジャンク宇宙船船尾下部のサブバーニア噴射口から。

 スッポーンと排泄されるように、中古宇宙船で豪烈は宇宙に飛び出した。


「最高だぜ! ひゃはぁぁぁ!!」

 中古宇宙船の中で奇声を発しながら、豪烈は大学惑星への帰路についた。

「しかし、巨大廃棄宇宙船の内部ってのも、いろいろな冒険があったな」

 廃棄宇宙船の中には、勝手に住み着いて繁殖している宇宙生物たちがいたり、エリアによっては町まで作り廃棄宇宙船内の各エリア同士で、貿易をしたり楽市楽座を開いている宇宙生物たちもいた。


「宇宙船内が、自給自足の独立国みたいなもんか……やっぱり広い世界を見て回るのは、いい勉強になる」

 船首から船尾まで走破して、最後に船尾エリアにあった中古宇宙船販売店から、中古宇宙船を一機買って宇宙へと出てきた。

 操縦席のあちらこちらにサビが浮かび、座席のシートもボロボロの宇宙船は、ショート跳躍をするたびにガタガタと振動した。

「この宇宙船、大丈夫か? そう言えば、中古宇宙船販売店の怪しげな親父異星人『海に潜れば多少浸水しますが、宇宙を飛ぶには問題ありません』とか言っていたような気も……それって、販売しちゃいけない欠陥品の宇宙船だろう?」


 その時、狭い操縦室に異常を知らせる警告音が鳴り響く。

 誤作動ではじまる、長距離跳躍開始へのカウントダウン。

「ちょっと待て! こんなボロ船で長距離を跳躍航行なんてしたら」

 さすがに慌てた豪烈は、操作パネルをバンバン拳で叩いて、カウントダウンを停止させようとする。

 警告音が鳴り止み、カウントが停止する。

 安堵する豪烈。

「ふぅ、このオンボロ宇宙船が、この野郎驚かせやがって」

 座った椅子前の、カバーを足で蹴る豪烈。さらに激しい警告音と、今度は黄色灯が回転する。

 パネルに表示される『高速跳躍オプション追加』の文字。

「やべぇ、事態が悪化した」

 カウントダウンで、小刻みに変化していくデジタル数字。

「おっ、なんかおもしれぇ」

 デジタル数字がゼロになった瞬間、中古宇宙船はネジ曲がるように空間を跳躍した、豪烈の意識が弾けるように消えた。


 次に豪烈の意識がはっきりした時、ポツンと中古宇宙船の座席に座って真っ黒な空間を漂っていた。

「どこだ、ここは? 星も見えないが……ブラックホールの中か? それともダークマターか?」

 豪烈は中古宇宙船の窓から、真横を見てギョッとした。


 漆黒の空間に、巨大な脳髄が浮かんでいた──惑星サイズの脳髄の他にも、衛星サイズの眼球や、三半規管から繋がる耳、鼻、口が別々に浮かんでいた。

 他にもジャガイモのように、いびつな球体化した脈打つ心臓や、カプセル状の膜に包まれた腸、肋骨に包まれた肺や各種の臓器が浮かんでいた。

 時おり、神経のようなパルスが空間を走っていた。

「なんだ、ここはいったい? 星みたいにでかい内臓が? あの細長いのは脊髄か? 球体膜に包まれた肝臓や膵臓、腎臓もある」

 豪烈は、空間に浮かぶ内臓の中に子宮を発見して、浮かんでいるのは女の内臓だなと思った。

 臓物空間の中で、豪烈は小さな木造のログハウスが、中古宇宙船の近くに浮かんで流れてきたのに気づく。

 ログハウスの窓には明かりが灯り、人影が見えた、豪烈は考えた。

「臓物が浮かんでいる空間なら、外に出ても大丈夫だろう……真空だったら、息を止めて急いで扉を閉めればいい」

 根拠の無い確信、普通の人間なら、もう少し慎重になるところだが……織羅・豪烈は違っていた。

 いきなり、外部と繋がる扉を「ひゃはぁぁ」と開けて、臓物空間に無謀にも飛び出す。

 幸い空気もあり無重力でフワフワと浮かぶ空間をクロールや背泳ぎで、空中遊泳して楽しんだ後。

 バタフライ泳ぎで、ログハウスに近づいた豪烈は、扉を数回ノックしてから鍵がかかっていないドアを開けた。

「ちょっくら、邪魔するぜ」

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