第43話 右手に封印された力

「挨拶」


 生徒会長がドアを開け、ゆっくりと入ってくる。


「私がここに来た理由は不要?」


 相手の言葉を聞き入れるつもりはないとでも言いそうな態度で言う。

 瞳のほとんどが表情のない黒目で占められていた。そこには屈折も反射もなかった。ただ無目的に、辺りの光を吸収していた。


 僕たちは彼女の登場に驚いた。

 千聖さん以外は。

 千聖さんは生徒会長が来ると予見していたのか? どうして?


「もちろんわかっている。部を無くすつもりだろ」

「差異。無くすのでなく消滅。全て世界の意思。世界は常に真っ白。黒いものは自然消滅」

 まるで当たり前の事実を告げるかのような口調だった。

 放課後、会長がももかに言った心無い言葉を思い出す。無意識にあの時の感覚が蘇り、血が湧き立つのを感じる。


 重苦しい雰囲気の中、千聖さんが口を開いた。


「君たちは白いものとそうでないものをどうやって区別しているのかな?」

「簡単。白に混ざれば白」

「なるほど。では最初に白であったものは何かな? 区別するために混ぜられる基準としての白はどこから?」


 千聖さんが言っているのは、要するに基準の問題だ。

 たとえば、一メートルより大きいかどうかの区別をする際、一メートル定規を使う。その時には必ず「一メートルとは何か」が必要だ。


「倫理的、道徳的に正しいものは白」

「なるほど。倫理や道徳の問題だと言うわけか。では、正しいとはどうやって決まるのかな?」

「最大公約数への幸福」

「つまりはトロッコ問題だな。放置すれば五人死ぬ状況の場合、一人を殺してでもポイントを切り替えて助けるのが正しいと」

「詭弁。今はトロッコではなく部活。論理飛躍をするものは魔術やオカルトを盲信」

「飛躍ではないし、魔術は現実に存在する。もし存在する証拠がないというのなら、倫理や道徳が存在する証拠を持ってきてみるといい」


 二人の問答はどんどんエスカレートしていく。表情も口調も変化がなく、どっちがどっちを攻撃しているのか、どちらが有利なのかよくわからない。


「あ、あの……」


 二人の会話に、ももかが立ち上がった。少しの沈黙の後、大きく息を吸い込み、続きを言った。


「わたし、部活動ちゃんとやります。この学校にいる人みんなが幸せになれるように、お手伝いしていきます。

 わたし一人だけじゃ、無理かもしれないけど、愛樹ちゃんもちぃちゃんもれいくんもいます。みんなで協力すれば、きっとこの学校を良くできると思います」


 ももかの決意表明。言った。前回まで生徒会長に言われっぱなしだったのに、ついに反撃した。僕は自分のことのように嬉しかった。


 けど、会長は表情を変えない。


「規則」

「お願いします!!」


 ももかが会長に詰め寄り、会長の両手を握って請願する。すると、今まで無表情だった会長の顔がわずかに歪んだ。


 そして、会長は忌々しい物でも振り払うかのように大きく腕を動かし、ももかを払いのけた。

 体を完全に会長に預けていたももかは、いとも簡単に飛ばされていまった。


 ソファに打ち付けられ、ボンッと言う空気の音が響く。

 同時にももかの悲痛な叫び声。僕は、それらの意味するものが何なのか暫く飲み込めなかった。


「ももか、大丈夫?!」


 愛樹がすばやく駆け寄る。痛みに顔を歪めるももかの眉。

 それは現実の光景に見えなかった。ももかの「大丈夫」という声が、どこか遠い世界の音に聞こえる。


 頭が真っ白になり、僕の右手の拳は爪が食い込むくらいに強く握られていた。僕はその拳を、なすがままに相手へ叩きつけようとした。

 しかし、その手は押さえつけられていた。空っぽの腕を、何か暖かいものが包み込んだ。


 愛樹の手だった。


「だめよ、なぐる相手と場所は選ばないと」


 愛樹が悲痛な表情で言う。

 僕をなぐるのはいいのだろうか。


「まずは落ち着いて。手を出しても何も解決しないわ、悔しいけどね。

 私だって、アンタと同じようにしたいわ。でも、それはももかの願いじゃないのよ。ももかのために殴ろうとしてるなら、やめて」


 愛樹の言うことを体に染み込ませる。けど、だめだった。

 図書室の女の子の時と同じだ。

 僕はどうしようもなく無力で、情けない。

 ももかのように言葉で解決できないなら、言葉以外の手段で訴えるしか思いつかない。


 行き場のない怒りに震えていると、僕の手に千聖さんの手が重ねられた。


「玲よ。それは危険だ。その右手に封印された力を使ったら、みんなただじゃすまない。

 その力は真のボスのためにとっておけ」

「で、でも――どうすれば」


 僕はどうすれば、こういった悪に立ち向かえるのだろう。

 言葉や力以外で、どうやって戦うのだろう。

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