第38話 ライトノベルに良く出るアレ

「くそっ! むかつくわねぇ、あいつ。教員側に協力してるくせに『自分は関係ありません』みたいな空かした態度とっちゃって。『無言は肯定』って、授業で習わないのかしら」


 愛樹がソファの下部分を軽く蹴る。相当にフラストレーションが溜まっているようだ。

 僕も会長の藁人形論法には納得いかない。


 ももかが幽霊に関わる理由を知りもしないで、勝手に下らないと切り捨てるのはおかしいと思う。

 でも、会長の言うことは論理が通ってないし、会長の言いなりになる必要もなかった。

 

「全くだな。自分勝手な理屈を並べて、他人を操縦しようとするなんて、人間の風上にもおけない奴だ」


 千聖さん、あんたは人のこと言えるんですか?


「それに、大会に出るのがそんなに大事なのか? 奴はアリとキリギリスという童話を知らないようだな。蟻は過労死し、キリギリスは生活保護で生き残るんだぞ」

「それ、私知らないんだけど。死ぬのはキリギリスと千聖じゃなかった?」

「日本では大人の都合で脚色が入ってるんだ。浦島太郎だって、虐めた亀を助けたとか、約束を破って玉手箱を開けたせいで不幸になったとか、勝手に改変させられてるじゃないか。桃太郎も、本当は桃を食べて若返ったお爺さんとお婆さんから産まれたんだ」

「まーたそうやって屁理屈を言うんだから」


 愛樹がため息をつくが、千聖さんは構わず話し続けた。


「私は俗情に阿る気はない。選択肢は二つだな。大会に出るか、悩み相談部として設立するか、だ」

「悩み相談部?」


 意外な選択肢が出てきて、全員の頭に「?」が浮かぶ。

 なんで「?」だけが浮かぶといわれるのかは謎だ。ビックリマークが浮かぶとか、電球が浮かぶという言葉があってもいいはずなのに。


「悩み相談の実績はあるし、生徒の健全な精神の発展には寄与している。条件は満たしている。それに、今回のイジメを受けて、学校側はカウンセリングの体制を作りたいはず。悩み相談部の設立は歓迎だろ?」


 千聖さんは「のぞき」の三文字を消し、「悩み相談部(仮)」を黒板に書いた。


 悩み相談部って、ライトノベルに良く出てくるやつだよな。

 まさか自分がその一員になるとは思わなかった。


「わたし、悩み相談部――やりたい。もっとみんなの力になりたい。今はまだ幽霊部って知られてないけど、もっと広めれば、渡辺さんみたいな人を救えると思う」


 ももかが眦を決して力強く言う。愛樹も「私も賛成」と続く。


「じゃ、決定だな。後は申請書だ。顧問と部長を決めよう。まぁ、顧問は今のままでいいだろう。あとは部長だが、ももかが適任だと思うが、どうだろう?」

「そうね。ももか、いい?」

「え……わ、わたしが部長?」

「ももかが部長の方が、教師への風当たりもいいし、何より相談にきやすい」


 それはわかる。千聖さんや愛樹が部長だったら、なんかひどい目に会いそうだし。


「――なんか失礼なこと考えてない?」


 ほら、ちょっとけなしただけでガンとばしだ。こんな人におちおち相談なんてできやしないよ。


「それに、あの生徒会長はちょっと変だよ。なんていうか、人ならざる感じがするというか」


 ももかが神妙な顔つきで言った。人ならざる感じ……というのは、人でなしという意味だろうか。


「人ならざる感じって、どんな?」

「れいくんも感じるよね、あの人の異様な雰囲気」


 急に話をふられて、思わずたじろぐ。そういえば、ももかの中では僕は「見えてる人」なんだっけ。

 

「何か普通でないことが起こっている。恐れるべきこと、忌避すべきことが」


 千聖さんも神妙な顔つきになった。確かにそうだ。ここ最近起こった出来事はどこかおかしい。

 飛び降りた生徒のことが突然忘れられ、幽霊の噂が増え、生徒指導が厳しくなり、いじめが起こった。


 どれもこれも、ニート幽霊なんてややこしいものに憑かれたときからだった。すべての流れはユキから始まっていた。

 僕はユキの顔を見る。彼女は普段通りのあどけない表情で僕を見ている。


「よし、今夜はパジャマパーティだな」


 暗く覆った夕立雲みたいな雰囲気を、素っ頓狂な提案が薙ぎ払った。


「え、え? パーティするの?」

「みんな、自慢のパジャマを用意してくるように。一番かわいいパジャマを着てきた人には、玲からプレゼントがあるぞ。

 あ、ちなみに玲は心配することないぞ。私がとっておきの着ぐるみパジャマを持ってくるからな。なんと、私とお揃いだぞ」

「いや、それはいりません」


 ただでさえパジャマが恥ずかしいのに、千聖さんとペアルックなんて尚更だ。

 けど、どうせ無理矢理着替えさせられるんだろうなと辟易する。


 僕の後ろにいたユキは「どうしよう、私パジャマ持ってないわ」と途方に暮れていた。いや、お前は制服のままでいいだろ。どうせ見えないんだから。


「どうせ何かいやらしいことするんでしょ」

「む、失敬な。今回は真面目さ99%だぞ」


 1%は邪心なんだな、と誰もが見えないツッコミを入れた。

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