第4話 守護霊なるなる詐欺

 もちろんOKはしなかった。


 確かにいくらか気を許してはいたが、「幽霊を雇う」という言葉には怪しげな雰囲気がある。ただ単に「幽霊に取り憑かれる」「呪われる」を言い換えたような感じだ。

 もっと言い換えると「幽霊として職につけないので、人間についてしまえ」という感じだ。言い換えれば言い換えるほど怪しくなっていく。


 そのことを彼女に言うと「誰が取り憑くですって?! むしろいいことするのに~~~」と腹を立てた。全く……良いことってなんだ? ニートだとか死とかについて教えるのはいいことじゃないぞ……。

 

 よし、とりあえず無視だ。鰯の頭も信心からというように、信じてしまうと価値のないものでも良く見えてしまう。少しも耳に入れては駄目だ。僕は「次の授業は何だっけな」と考えながら、彼女の元を去り校舎へ入るドアを開けようとした。

 

 ……あれっ? どうしたんだろう、開かない。

 確かにこのドアは多少錆ついてはいるし、普段開けられる機会も少ないけど、来た時は一応開けたんだし。

 まさか鍵をかけたのか? 先生が? それとも誰かがイタズラで?


 ……いや、違う。この流れから考えると、原因はひとつしかないよな。

 僕はさっきまであの幽霊がいた方向を見る。だが、抜けるような青空をバックに変な自説を展開していた抜けている少女の幽霊は、すでにそこにはいなかった。


 まさか、さっきのは夢? それとも幻? 確かに僕は、あの幽霊と出会ったはず……なんだけど……。

 ……と、異世界気分に潜り込んでいた意識は、あっさり現実に戻される。

 僕の目に、扉につっかえ棒をセットしている幽霊が映ったからだ。


「って、やっぱりお前か!!」

「え、嘘っ?! 何でバレたの?! 心霊現象っぽく見せかけたのに」


 なぜか幽霊は、信じられないと言うような目で驚いている。いや、そう言われても、丸見えだよ……。


「じゃ、僕はこれで」

 

 これ以上怪しげなことに巻き込まれるのはゴメンなので、棒を外してドアを開けて避難する。早くしないと、次の授業が始まるからな。

 

「待って、待ってぇ~~」


 すると、突然後ろから大きな衝撃。よろめいて踊り場の壁にぶつかりそうになるのを、何とか手をついて回避する。


「ちょっと、危ないじゃないか」


 彼女は、後ろから両腕を回して抱きついてきたのだ。体が密着しててかなり恥ずかしい。


「だってぇ、まだ雇ってもらってないんだもん!! 雇うまでは帰さないわ~~」

「誰が何と言おうを雇わない! 早く離れてくれっ!」

「え~?! 雇ってよ~、お願いお願いおねがい~~っ!」


 僕が断ると、彼女は不満そうな声をあげ、ますます体をくっつけてくる。

 胸は高校生とは思えないほど平らだけど、それを補うだけの腕の柔らかな感触が、僕の鼓動を加速させる。


 このままだと僕のほうが持ちそうにない。ここは少し譲歩しておくべきなのだろうか。

 そう考えていると、体に押し付けられた感触が、ふっと離れた。彼女は伏し目がちになると、すねた声で言った。


「グスンっ。ならもういいわ、教室に帰っても」


 よし、ようやく解放された。これでやっと教室に帰れる。譲歩? そんなこと言いましたっけ?

 彼女への警戒を解いた僕は、軽快な足取りで教室へ向かう。もう、次の授業が抜き打ちテストでも許せる気がする。それぐらい心が穏やかだった。足音が一つ多いことに気づくまでは。

 

「ちょ、どうしてついてくるのさ」

「あなたの行動が気になるの」


 足音の方を振り返ると、彼女は僕の目を見ながら言った。女の子に見つめられながら「あなたが気になる」と言われるとまんざらでもない気分だ。

 けどニートにはなりたくないので、彼女の行動を認めるわけにはいかない。


「ねぇ、幽霊につけられると気味が悪いんだけど」

「だ・か・ら! 私は幽霊じゃなくて『守護霊』だってば! 守護霊がついてないと、あなたは大変なことになっちゃうのよ?!」

「どんな風に?」

「守護霊がいないと厄災に無防備になるのよ。そうならないためにも、私があなたの不幸を全て取り払ってあげるわ」

「すでにいくらか不幸なんだけど」

「それは、まだ雇われてないからよ。雇ってくれないと、私の力を100%出しきれないの」


 何だその宗教詐欺みたいな設定は。「信じる度合いが足りないから奇跡が訪れない」と謳ってお布施を集める教祖じゃないか。


「いや、そもそも君が守護霊かどうかがわからないから無理だよ。何か証明する方法があればいいけど」

「それなら任せて! これからあなたのことを、死ぬまで面倒みるわ!」


 ……あれ? これって無限ループ? どうあっても雇わないと駄目?


「だいたい、君が僕についてくること自体、許可しないから」

「そ・こ・は! お試し期間ってことで」

「お試し期間もクーポン券もいらないよ。とにかく、幽霊に憑かれるなんてまっぴらごめんだ」

「……そうね、なら仕方がないわ」


 よしっ! やっと諦めてくれたか。


「黙って付いて行くことにするわ」


 ずるうっ。

 僕は思いっきりすべる。どうすればいいんだろうか。

 

 ……仕方ない、暫くほうっておくことにしよう。こんなドジっぽい幽霊なんかに、人を呪ったりは出来ないだろうし。

 諦めにも近い感情で彼女を一瞥すると、僕は力なく教室へ戻った。周りから見たら、本当に呪われているように見えるかもしれない、と思いながら。

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