第1-5話 少年ジ〇ンプ一冊分の価値ってのを、教えてやる
「……いつまで、手を繋いでるつもりだ」
階段を下りきったところで、私が言うと、あ。ごめん、と言って、竹内は手を離した。
下駄箱で靴を履き替えて、校庭に出た私たちを待っていたのは綺麗な夕暮れの空だった。 上のほうは深いコバルトブルー。中層は菫の花のような紫色。地平線の近くは滲んだ赤い色をしている。
桜の花が夕闇のなかで青ざめて見える。私は足元に散った花びらを蹴りながら、「借り、イチだな」と、呟いた。
借り? と竹内が軽く笑う。
「菊ちゃん、面白いことばかり言うね」
面白い、というよりかは、どこか寂しげな表情で彼女はぽそりとそう言った。
そんな顔をされると、何を考えているとか、たくらんでいるのか、などと問いただす気が失せてしまう。私は口をつぐんだ。
何にしろ、こいつは廊下で待っていた。手が氷のように冷たくなるまで、私を。
そのことについて深い理由や意味を考えるのは、今は止めておこうと思った。どちらにしろ辛くなる。
――……どちらにしろ?
私の中の私が面白そうに茶化す。
――そうでない可能性なんてあるわけがないだろう?
何のたくらみもなく純粋に友達になりたい、なんて。
ありえない。
そんなことをしても、彼女に損になることはあっても得になることなど、ひとつもないのだから。今はそれに気がついていないとしても、気がつけば、きっと私から離れていく。
校門を出たところ、五中の向かい側に蕎麦屋がある。かぐわしい蒸気が店の煙突からもうもうと、上がっていた。
「うぅー。食欲をそそる匂いだねぇー」
竹内がお腹のあたりを手で押さえながら、お腹すいたなぁーと、言う。
時刻は十七時が十八時くらいだろうか。いつのまにか周囲は暗くなっていた。
今日、お母さんパートの日で遅いんだよねー、と言いながら、ため息をつく彼女を見ていたら、ひらめいたことがあった。
「借り、返すよ」
え? と、こちらを見た竹内にポケットに入っているお金を見せる。三百円、今週の週刊少年ジャンプを買うためのお金だった。
「温かいもの食わせてやるよ」
いいよ、いいよ、と竹内は首を振る。中途半端にカップラーメンとか食べたくないし、と言う彼女に、私はニヤリと笑った。
「ちゃんとした料理に決まってるだろ」
怪訝な顔つきになった竹内に、私は言った。
「少年ジ〇ンプ一冊分の価値ってのを、教えてやる」
ただいま、と言って、自宅アパートのドアを開けると姉ちゃん遅ぇよー、と弟の和也が不満顔で顔を覗かせた。
私の後ろから入ってきて、こんばんは、お邪魔します、と頭を下げる竹内を見て、和也が目を丸くする。
「和也、ご飯炊いた? 味噌汁も作ってある?」
炊いたし、ワカメの味噌汁も作ってあるけど……と和也が答えた。今度は竹内が目を丸くする番だった。
「菊ちゃんの弟さん、幾つ!?」
小学五年生です、と和也が答える。
「うち、共働きだから、小学校二年生ぐらいから私も和也も包丁握ってるんだよ」
私は説明した。さてと、と言って帰り道の途中で買ってきたものをスーパーのレジ袋から出す。
「グラム九十八円の豚小間肉約二百二十g、二百十六円、玉葱一個、三十九円。あと、家にある卵、大体一個頭、十五円ってとこだから、三個で四十五円、合計三百円」
和也に、すぐ出来るから炬燵机を拭いておいて、と指示した。
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