20. 宴が奏でる変奏曲(後編)




  ◇◆◆◇




 瞬間――――


 アルスぼくはリーシャがやったと確信した。

 何故かは解らないけど、こんな事をするのはリーシャしかいないと。妹は僕のことを無茶をするヤツだと思っているだろうけど、うん、僕から見れば同類だよ、同類。


 不測の事態続きなんで、もうどんな対応でもこなせるような何でもござれな気持ちだ。暗闇になって間髪入れずにライトの魔法を消し、目を魔力強化する。


 幽霊系ゴーストタイプは、半実体のような存在。それは躰が魔素で形成されていると言われている。だから魔力が込められた武器や魔法でしか倒せないし、物理では透過されてしまうのだ。そして魔素で形成ということは、魔力感知に引っ掛かるのということでもある。


 僕は魔力を捉えるように目をオドで強化した。そうすることで視えたモノは、途轍もないマナを纏った人物が遠くに……ああ、魔王様だった。超こええぇぇっ!

 うん、無視無視、何か魔法唱えてそうな感じだったけど無視だ。気を取り直し、改めて見回すと……居た。卵っぽい独特なシルエットで魔力が形作られているのですぐに判った。

 あそこはビュッフェスペースか? 何やらグリムオールと同じくらいの巨体な人が近くにいるが……人だよね? オークっぽいんですけど。


 とにかく、リーシャが作ってくれた、絶好のチャンスを生かさねばならない!

 暗いのはそう長くはないと思う。シャスが魔法を唱えているのはひょっとしたら大規模な灯りの魔法かもしれないし。


 僕は全身身体強化を掛けた! ここが正念場だと心を据える。強化した足で速攻で軽やかにグリムオールへと一気に近づき、両手でがっしりとヤツの腕を掴む! 剣はいつの間にかベルトで背負っていたが無意識でやったのか気付かなかった。


「ア!?」


 悪霊が、何だと振り向くと同時に僕は、――


「透過をしないと……痛いぞッ!!」


 悪戯をしていて少し油断していたのだろうか、グリムオールを全身強化の力でアッサリ気味に引っ張れた。テーブルや料理に被害を被らない様にしつつも、そのまま両手を離さず暴れだす前に、全力で回転しながら相手を振り回す。そして充分に回転の勢いを増したとこで一番近い壁面、その斜め上へと放り投げた!


「そおぉいっ!!」


 強化と遠心力で思いっきり大広間の壁へとぶつけるように投げたので、すわそのまま当たれば大ダメージになるだろう。だが、投げつけられた悪霊は壁に当たることなくその勢いのまま、まるで壁など無かったようにスポッと通り抜けて姿が消えていった。


「ヨシ!」


 ちゃんと忠告通りに透過してくれたな。大広間の壁は少し分厚い感じだったからちゃんと透過してくれないとぶつかるかも、ということでわざわざ言ったのだ。ダメージを与えるよりもなるべく人目に付かないように処理するのが最良なのだ。

 とは言え、少し僕が遅れて来たので、おそらくは何かしらヤツが悪戯をかました後だったのだろうか、オークっぽい人、暗闇で良く判らないけど女性か? が呆けている感じがするし、その周りの人たちも騒然とした雰囲気に当てられている気がする。まあ、照明が付いていた時にグリムオールの姿を目撃していたらさもあらんか。と、その時に父さんの声が聞こえてきた。それで少し空気が柔らんできた感じがする。このまま口止めで済むかな? とりあえず声掛けしてみるか。


「じゃ、この場は見なかったことでよろしく」


 暗闇の中で僕の声が聞こえたのだろう、王子? なんだ、王子の仕業か? やっぱり王子の仕業か、とこの場の近くに居た給仕や参加者らの声がちらほらと聞こえる。オイこら、その流れるような三段階で立派に納得してんじゃねーよ!


 誠に遺憾であるが、今、立ち止まって問い詰める訳にはいかない。即刻離脱して追いかけねば、また投げた先から透過して入ってくるかもしれない。壁向こうは、本館横の中庭だ。此処からなら外へ繋がる正面扉からの方が近い。扉は開けっ放しで外は月明りと幾つもの篝火が焚かれているので照明が切れた室内よりも明るいだろう。扉から淡い光が差し込んでいるような錯覚を感じた。身体強化の魔力を節約するために全身のオドを解き、今度は足だけにして人混みを避けながら、扉へと走る。


 そうして、僕は何とかこの場を切り抜けたのだった。




  ◇◆◆◇




 リーシャわたしはミリアルと共に二階に居たので一部始終を見て取れた。


 ミリアルの付き添いで二人して二階の柵の間越しに足を出して座り込み、階下を覗いてお喋りしていたが、叫びと共にシャンデリアの光が消えたのだ。

 暗闇になるのを仕掛けたのは私だからこの事態に合わせて即時に目を強化し隠し通路がある柱の方を視ると……アル兄さんが居た。そしてそのまま目で追って幽霊を投げ飛ばすまで見届けたのである。侵入されちゃったけど、上手く追い出せたようだ。

 ミューンに渡した紋章カードも、元々は幽体に対して、魔力無効の効果があるかもと思って部屋から持ってきた物だ。とりあえず役に立って何より。

 だけど、グリムオールが宝物庫で対峙した時よりもデカくなっていたのが気になるね。兄さん苦労してそうだし、これは手助けしに行った方がいいかな。


 兄さんが扉へ向かって行くのと同時に、突如目の前と同じ高さらへんに無数の光が現れた。そしてそれらは、複雑な動きにしたり、様々な形に変わったり次々と新たな光が生み出されては煌びやかに暗闇を彩っていた。

 これは灯りの魔法? まだ勉強中だから複雑すぎて解析出来ないや。下を見回すと……お、シャス様が魔法の詠唱をしているのを見つけた。だけど何でこんな凝った魔術をお披露目してるのかしらん。そういえば、さっきお父さんが何か叫んでいたね。兄さんを集中して観てたから聞き流してたけど。

 しかし……うーむ、凄い! 初級魔術なのに、練度が違いすぎるわ。さすがシャス様。さすシャス。


 おっと、魔法の技術に見惚れている場合ではないね。私も追いかけて兄さんと合流するか。幸い、ミリアルは目の前の光の妙技イルミネーションで凄くはしゃいでいる。これなら少し一人でも大丈夫だろう。


「ミリアル、私ちょっと行かなきゃならない用事が出来たの。この光の魔法が終わって、大広間が明るくなったら、お義母さんの処へちゃんと戻れる?」


 頭を撫でて、優しく頬に手を添える。たまに光で照らされる妹の瞳と表情には不安が見えない。さっきから私の服をギュッと掴んでるけど怯えてはいない感じ。うん、さすが私の妹だね。


「うん、わかったの。あの……ご用事終わったらまた遊んでもいい?」

「勿論よ、いい子ね。もうすぐしたら明るくなるからね。もし、何か怖いことが起きちゃったら大声で叫ぶのよ。そしたら物語の如く、勇敢な騎士様が助けに来てくれるからね」


 コツン、とお互いのおでこを軽くつけて、私は手荷物のポーチを片手に立ち上がって、ポンポンと軽くドレスをはたく。

 此処から兄さんが出ていった一階の正面扉までそのまま追いかけるよりも、同じ二階の内部扉から出て、大広間の外壁にまで続くテラスへ行った方が近いね。テラスには中庭へと降りれる階段も在るし。


 さてさて、バビューンっと行きますか。

 闇に乗じて、見えないだろうと足に魔力を込め、お姫様らしからぬ全力疾走で二階の扉へと向かって行った。




  ◇◆◆◇




(ふむ……。アレが双子達の追っている奴か。何と面妖な)


 叫び声が聞こえた場所からは、ラーンスロット自分と宰相殿は離れていたが、恰幅の良い貴婦人が声を出す前、照明が切れる前から会場に何やら邪な感じがしたので既に見つけて”ソレ”を観察していた。もし待機おあずけ状態じゃなかったら見敵必殺していただろう。

 ふむ……しかしよく観察していると邪気の他にも何かしら、色んなが混ざっているような感じだな。双子らは、一番目立つ邪気に意識を囚われて気付かず油断している、といったところか。


 そして暗闇になりアルス王子の立ち回りを見続ける。

 オドの使い方は中々、様になってきたようだ。部分的にオドを使い分ける時のスムーズさがまだ修練不足だろうか。ふむ、今度の訓練時にはそこを重点的にしよう。

 我が王は魔術に秀でた才をお持ちで、王妃は武を嗜む方だ。子に引き継いだ才が双子で性別的に逆になっているのが面白い。

 猛者が犇めき、大人の中に混じって訓練を行っているから、本人達は強さが実感出来てないかもしれん。だが同年代相手なら何歩も先を進んでいるはずだ。王子は魔法も使えるオールラウンダーだが、育成を違えると中途半端な器用貧乏に成り兼ねない。気を付けねば。ふむ……筋力トレーニングを増やすか。


 とまあ勘案しながら、隣で宰相殿が魔法を使って細工をし始めてすわ何事かと外から人が扉付近で集まってきたのを王子が苦心して抜け出そうとするまでは見届けた。


 本来ならば、すぐに追いかけて行きたい所存だが……今は鎖に繋がれているようなものである。許可なしに動いては見た目だけは麗しい飼い主に何されるか恐ろしくて堪ったもんじゃない。


「ラーンスロット様、わたし真っ暗で怖いわ」


 何人かの御婦人が不安そうに寄り添ってくる。確かに、王子達の仕業と分かっていないならこの不測の事態、怯えるのも致し方なきか。宰相殿が光る魔法で紛らわしてるのも効かないようだ。


「闇に覆われようとも、騎士道にかけて婦人を守りそれを打ち払いましょう。さあ御安心なされよ」


 精一杯の温情を込め、力強く説く。安心したのか、ホウっとした熱い眼差しを送られた。そうやって周りの婦人らを落ち着かせていると、魔術を行使中の宰相殿が半目で此方を視ていた。


「……それを天然でやるから、副官をやきもきさせるのよね」

「? どうしてここでアイツの事が出てくるのだ?」

「本人に聞きなさい。鈍感さんエンシンヴィンティ


 何やら、エルン語だろうか? 詠唱の合間に呆れたように言われたが意味までは解らなかった。


 照明が再び灯されるまで、そう長くはなかった。明るくなったことで宰相殿も魔法を止め、そして先までの演出に周りの人々から拍手が沸き起こる。それに軽く一礼をしてから疲れた様子もなく、全てを見透かすような深淵なる緑色の瞳を此方に向けて、これまた状況が分かっているような口振りで自分に話しかけてきた。 


「貴方は全て見ていたでしょう? 今度はそちらがエスコートお願いできるかしら?」

「お任せを。しかし、主君の愛児の危機ならば、貴婦人の手を取りとはいかないのでご容赦あれ」


 さすがの宰相殿も、魔法詠唱中は、全てを見通すことは出来なかったか。いや、そういう事態の為に自分を傍に置いていたかもしれないが。


 まあ、そんな事よりも王子の後を追うとしよう。手荒で申し訳ないが、周りの人達が取り囲んで話しかけられては足止めされないよう、少々威圧を発動して近づけられない雰囲気を醸し出す。そして力強く、大きく、足早に王子が出ていった扉へと歩んでいった。



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