17. 暗躍する王女




  ◇◆◆◇




 アル兄さんをギリギリまで探したけど結局見つからなかった。


 いや、ちゃうねん。魔法王女ゴッコ楽しすぎて……じゃなかった、させられて、調子に乗って……じゃなかった、時間忘れるほどに夢中に……じゃなかった、気付いた時には夜会が始まろうかだったのだ! キャル~ンっ!


 それでも、手に入れた聖水を渡す為に少々遅刻してでも探して会えれば、とウロウロ回ったんだけど見つからなかったのである。

 今は、本館大広間の近くの側面の方、教会とは本館挟んで正反対側にいて、此処からなら後ろの内部に入ってより大広間の正面大扉から入った方が早いので、そちらに向かっていた。陽も落ちて暗めの中、ちょっとした庭になっていて所々には篝火が焚かれている。たまに見張りの当番に出くわしたり。向こうにしてみればまさか王女とこんなところで会うとは思ってもいないだろう、モフモフしながらオーホホホ、ごめんあそばせと誤魔化しておいた。


 もう夜会が始まったのだろうか、本館の壁の向こうから音楽がここまで聴こえてきている。まあ強制参加でもないし、別に私や兄さんが挨拶するわけでもないし、今からでも問題ない。聖水は渡せなかったが、もう退治出来たのだろうか。それならそれで万事解決だろうけど、既に兄さんとミューンが夜会で楽しんでる姿を思ったらイラっときた。ギルティ案件である。


 建物正面に近づくにつれ、人と出会うのも多くなっていく。王女がこちらから現れるのが意外だったんだろう、驚く顔ばかりだった。モフモフしながらオーホホホ、お通し下さいませとスルーしておいた。


 この正面扉付近から私が現れて、少し騒めいた感じになったことで大広間に居た貴族たちも私の存在に気付いたようである。御子息御息女が此方に集まってきた。

 読書仲間の仲の良い女の子はともかく、私の美貌や地位に玉の輿狙いがある方もいるけど、まずはシャス様、ラーンスを倒さないと婚約者としての舞台にすら上がれませんことですわよ、オーホホホ。…………マテ、それだと私、一生結婚できないじゃねーか! 魔法王女から独身王女にクラスチェンジだけは断固阻止しなければならぬ! つかお母さんはどうやってシャス様に認められたんだろう? はっ! ひょっとして兄さんみたくハニーなトラップをお父さんに仕掛けて、馬を射るより将を飛び膝蹴っ飛ばして落としたのか!? 続いてお義母さんがフィニッシュホールド? うーん、ありえるかも。あの兄にしてあの父あり。え、逆? どっちもどっちだっつーの。アカン、将来の婚活を考えるとやさぐれ口調になってしまいますですわ。


 それより、皆からの誉め言葉が「とてもアリですね」ばっかなんだけど。モフモフしながらオーホホホ、当然ですわとテキトーに返しといた。

 王女に、もちぃっと優艶美妙瀟洒格調高雅お色気アハンとか褒めてほしいところである。囲まれて余り会場の様子が判らないけれど、兄さんはいないっぽいかな?


「アルス兄様は来てる?」

「いえ、まだお見えではないですね」


 仲の良い子に聞けばまだ来ていないらしい。じゃあ、まだ終わってないか、もしくは衣装合わせ中かな。そう考えていると、囲みの向こうから大人が近寄ってくるのに気づいた。お父さんじゃん。周りの者達も気付いたのか、私とお父さんの間が割れるように道が出来た。子供らしいカーツィを皆がこなすのを王は軽く流しながら私の前に辿り着く。


「おっと、済まないね。やあリーシャ、遅かったじゃないか」

「あら、お父様……こんばんわ」


 斜め向かいになるよう足を下げながら片手を腰に手を添え、モフモフで顔半分隠して流し目でお父さんを射貫くように視た。さて、兄さんの不在を誤魔化さないといけないんだけどどういう訳にするかな。少し思案して沈黙してしまった。良く解らないけど只ならぬ空気を感じたのか、囲んでいた者達は徐々に崩れて散っていく。二人だけになり、まるで王に対峙する王女の構図みたいだ。


「あ、あれ……リーシャちゃん? なんか雰囲気が違わなくない……?」

「別に……そんなことなくってよ」

「……リーシャがやさぐれた!? いや、まさかこれが娘の反抗期なるものか?」


 何かぶつぶつ呟いてるが、私の耳には届かなかった。


「ま、まあそれより、アルスはどうしたんだい? 何時も一緒にいるのに今日は別々なんて珍しいじゃないか」

「…………」


 その言葉に、私は流し目を更に細くし、お父さんを射殺すように視た。


「ひ、ひいぃっ」


 まるで私がいつも、オーガに付いてお零れを貰うコボルトの如く(そこまで言ってない)兄に引っ付いているみたいではないか。誠に遺憾であります。兄について誤魔化そうと思ったけど丁度良い、このまま悪役王女のツンツン聞き分けのない我儘お姫様モードで押し通すか。やぁのやぁのとお父さんから離れようとするが、意外と粘って付いて来る。もしや何か勘づいているのかな。やたらと兄さんの居場所を聞き出そうとしているし。


「なあ、リーシャ。アルスは今何処で……」


 しつこいので、モフモフで口元を隠しながらお父さんだけに聞こえるよう囁く。


「……宝物庫、……黒い帳面、……封じられた歴史」

「……はい?」


 リーシャは禁断の言葉を唱えた!


 初めは、何を言われたのか解らないという表情だったが……並べられた言葉の意味を理解したのか、次第に青ざめた顔つきになっていき、額に冷や汗が浮き出してきたのが見えた。直ぐに澄まし顔で取り繕うがバレバレである。クレハ神の女性神官さんの御業を見習ってもらいたい。


「コホン……娘よ、一体何を言っているのかな~?」


 私は右腕を苦しく抑え込むような感じに振舞い、


「”くっ、オレの右腕の魔力を開放すれば、世界監視機構にきづ――”」

「我が最愛の王女よ! 一体何を御所望ですかなああぁぁ!」


 全部の台詞を言わせない為に、素早くガッチリと両手で掴まれた。エールっ腹なのに早いな! ちぇ、台詞を全部言いたかったぜぃ。


「余りしつこく振舞うのはよろしくありませんですわ。お母様の元へ戻って御機嫌ヨイショなさって下さいませ」

「仰せのままに!」


 リーシャは王を傀儡にした!


 脱兎の如く、身体強化を使ってジャンピング合流しに行った王は、王妃に後で討伐されるに違いない。何とか王を撃退した私は一息ついた。お母さん達はサバサバした気性なので、私達の事はそんなに気にしてないだろうと思う。


 ビュッフェの方に居たお母さん達の眺めていると、視界の隅に何やら丸い物体が浮いているのを捉えた。ソイツは既に満腹状態なのか、ふよふよと浮遊していたが私に気付いたらしく、お互いに近づいて行った。


「ミューン! ……貴方だけ? 身体も真ん丸だし」

「いやー、ワイバーンの甘ダレ手羽先は絶品でした」


 食い倒れ妖精が満足感でツヤツヤな丸い顔と丸い身体で食レポをかます。つかよく浮いてられるね。いや、そういえば前に自分の何倍もの重さの物を持って飛んでたけど、全部食べ物系だった気がする。宝物庫ではポルターガイストの本に潰されてたのに、妖精族って食い物パワー特化なのかしらん。何故神は妖精族に食い意地を張らせたもうか。

 少しでも人気が無い方へと移動しながら、ミューンに問いかける。


「好色なのはいけないと思いますな兄さんはどうしたの?」

「この下にいるよー」


 ミューンが両手でつんつんと床を指し示す。地下? 確か外へと通じる隠し通路があったね。ということは大広間から出入り出来るからそこから来たのかな。


「じゃあ、まだ解決してないのか……。んで、今まで何してたのよ?」

「えーと、皿洗いしたり、追いかけられたり?」

「把握」


 察したわ。目に見えずとも、兄さんの顛末が容易に想像出来た。さす兄。


「アルスがワタシにこっちでフォローしろって」

「オーホホ、小間使いを手に入れたのですわ」

「言い方」

「あらま失礼、捨て駒を手に入れたのですわ」

「酷い方に変えただけじゃん!? それより、なんでさっきからモフモフ羽扇子を広げながら喋ってんの? 悪者っぽいんですけど。さっきの変な口調にめっちゃ似合ってたけど」

「なん……だと!?」


 やっべ、無自覚にモフモフ開いてたわ。……ってコレ、大司教様の物じゃん! 無意識に持ってきたのを今更気付いたわ。てかさっきから、アリアリアリ言いまくられたのコレが原因やん!


 顧みたらずっと意識せずにモフモフしながら悪役っぽい発言や変な口調(~ですわ)ばっかしてるし! 


 ……まさか、悪役王女と噂が広まって追放断罪されないよね? そして追放された先で素敵な王子様との出会いな展開も物語的にはアリ? やだー、追放されてもいいんじゃない? あ、兄みたいな王子はご遠慮お願いします。面白がって付いて来そうだし。

 お父さんにも脅迫行為で強請っているし、このモフモフ羽扇子、呪いのアイテムなんじゃ……。追放断罪という目的地に旗を立てるべく加速まっしぐらな行為は決して己の性質ではなく物の所為ということで結論を下した。


 まあそれはともかく、状況判断ね。アル兄さんは地下に留まったままということは、そこで悪霊を待ち伏せか食い止める算段かな。ミューンは戦闘には役に立たないし、体よく追放されたのかしらん。もしもの場合を考えてかもしれないけど。

 もしも、とは兄の防衛線を抜けて会場に悪霊が現れること。最悪の展開のことだ。悪霊が此処に来ても、シャス様、脳筋騎士団長や変態どもが居るからきっと大した被害もなく瞬殺されるだろう。しかし原因追及で悪戯バレて追放への旗が立つのはご勘弁願いたい。色々と面倒臭くなるし。ならばどうするか。目撃者が出るのは仕方がないとして最小限にすればいいじゃなーい。


 モフモフで顔半分隠しながら、大広間の高い天井を仰ぎ見る。広間を照らす大シャンデリアが三つぶら下っていて、数十という光が煌びやかに輝いてるけど蝋燭は使用しておらず、いずれも魔法の灯りを付与した仕掛けになっている。


「ミューン、腹ごなしに暗躍してもらうよ」

「合点でい」


 肩掛けポーチに刺さっている衣装合わせ時に持ってきた紋章クレストカードをポーチごと見せながら、使用するための合言葉をミューンに教える。触りながらだとうっかり発動してしまうからだ。そして作戦の概要を伝える。


「むー、シャンデリアまで浮力が足りないかもしれない」

「このデブちんが。まあ私が投げつけようか」

「お手柔らかによろしく。あ、回転なしで」


 注文が多い玉っころである。魔力オドで身体強化を使えばあそこまで届くだろう。魔法使いだってそりゃオドを扱えるが、体の動かし方がなってないので単に力などが上がるだけである。

 んじゃ、カードを渡してぶん投げるかと思った時、背後から幼い声が掛かった。


「あー姉さまとミューンちゃんだー!」

「むむ、我が天敵かっ!」


 丸い顔で真剣な顔つきになっても締まらない妖精の視線の先を追いかけて振り返ると、我が義妹ミリアルがトテテと寄ってきた。

 お父さんと側室お義母さんの娘でいわゆる異母兄妹になるのかな。母親譲りの濃いブロンドで、ミディアムなナチュラルボブのヘアスタイルは似合っていてとても可愛らしい。ドレスは薄い爽やかな青色で上半身はノースリープ、スカートは足首まで伸びている。まだ私たちの四つ下の幼い子供らしいドレスそっちのけで元気に勢いを止めることなく駆け寄ってきてそのまま妖精をジャンピングキャッチした。


「ミューンちゃん、まるまるぷよぷよで可愛いー面白ーい」

「こ、こらーモニュモニュすなー。出る出る、中身が上と下から出るっ」


 ミューンは、お腹をむんずと掴まれ激しく捏ね繰り回されている。コイツ曰く、人形扱いしすぎで苦手なんだそうな。ふむ、義妹よ、せめて家畜ペット扱いにしてあげなさい。


「ミリアル、こんばんは。人目が多いから挨拶はちゃんとしないと駄目だよ?」

「あう、ごめんなさい。こんばんは、姉さま。……兄さまはいないの? 始めの挨拶の時二人ともいなかったから、寂しかったよう」


 寂しげな顔になりながらも、妖精をフニフニフニフニと揉み下していた。こやつさり気に器用だなと思いつつも、私と違って、純粋なる気持ちから溢れ出るその儚げでキュンとした、過保護待ったなしにさせる表情――

 天使かっ! ここに天使がいたわ! いや、もう女神でしょ! はっ! ジジイとやってること変わんねーー! ハイテンションからローテンションへ激しく感情が移ろい頭を抱えてる私の傍では、義妹が妖精を球扱いにして無邪気な笑顔でドリブルをかましていた。うーん守りたい、この笑顔。まずは姑息な兄さんを視界内近寄り禁止にしないと。


「ごめんね。急な用事が出来ちゃって……。それより、そのドレスとても可愛いね。ミリアルにピッタリだよ」

「ド……レ、ス……?」

「あ、あれ……!?」


 私の言葉で、急にミリアルが硬直し、無表情になって目の光が失っていった。


「わたしね、いい子でじっとしてたの……そしたらねいっぱいおようふくもったオバケさんたちがきたのわたしはどのおようふくもかわいいからどれでもいいっていったのにオバケさんたちがおようふくのことでけんかしはじめて――」

「あ、察し」


 着替えが済んでない時にあの従者へんたいどもの襲撃に遭ってしまったかあ……。大量の変態が涎を垂らしながら迫って来ればそりゃトラウマにもなろう。カクカクとした、壊れた絡繰り人形みたいに挙動不審になっとるし。義妹よ、もっと心を強くするのだ。そうすれば私みたいにタダの人形に、なれる……カラ。

 まあ義妹を怖がらせたのでギルティである。後で執事長に報告しチクっておこう。


 私も変態の事を思い出して人形化しそうだったが、何とか踏み止まり今が好機とばかりにミューンを取り返す。ドリブルで目を回してるのを、二本指で小さい顔に往復ビンタをし目を覚まさせる。ポーチを肩から下ろし、取り外しが出来る肩ひもを手早く外して、ミューンと紋章カードをぐるぐると巻き付けた。そして身体強化をかけ、むんずと掴んで天井へと投げの構えで体勢をとる。


「か、回転させないでね? 前振りじゃないからね?」

「そぉいっ!!」


 シャンデリアに向かって思いっきり投げた。回転マシマシで。妖精の悲鳴が聞こえた気がしたが、どうやら無事辿り着けたようである。


 やれやれ、一先ず仕込みを終えたかな。後は出来れば人目を掻い潜ってアル兄さんの下へ行きたいんだけど……。

 状態異常デバフから正気に戻ったミリアルがぐずついてべったりと放れようとしないので、一緒に食事したり、軽く踊ったりして御機嫌と取ることになってしまった。今は大階段上がった二階部分のギャラリーキャットウォークと言われる細目の通路で広間を二人で上から見下ろしている。ようやく笑顔を取り戻したかなと思った時、突如、下から変な悲鳴? が上がった。


「ざあまあすぅーっ!?」




 ――そして大広間は暗闇に包まれた。




―――――――――――――――――――――――――

補足

この世界では、いわゆる露骨なお嬢様言葉は使われません。(~ですわ等)

目上や尊敬する人に対しても普通の敬語で構わない設定です。

エルン族は年寄りが多いので些か古語を交えますが。


悪役令嬢があしらうような言葉使いは、リーシャがよく読む本の中に露骨なソレがあって影響を受けた為で、それはそれはとても浮いて聞こえるのです。

そう、黒歴史になるくらい……。

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