10. 白日過ぎたる都の事様




  ◇◆◆◇




 春が過ぎ初夏を経て澄み渡る青い空が映える夏をいよいよ迎えようとする時節、昼下がりの午後も終わるがまだ薄暮には遠く照りつける陽射しがリスティノイス城を包み込んでいる。


 白を基調としたこの城も歳月を重ね、色褪せた外壁などは苔生えたり蔦が絡むところも見受けられるが、庭師や城大工が丁寧に手入れをしているのだろう、陽光を受けた古城はまだ光華の如く反照すると人の瞳に白色が眩しく映る。白く輝く城と城下町を外壁で囲んだ、いわゆる囲郭都市の周りには、収穫を迎える様々な野菜畑があり、更に城と同様に陽に当たり金色に輝く小麦畑が広がっていた。


 昨年蒔いた小麦は、厳しい冬を乗り越え、魔物の弊害も風水害も大事にはならず無事収穫の時期を迎えることとなった。王都周りだけでなく、小国ながら点在する街や村等を治める貴族や領主からも、恙無く収穫出来ると報告を受けている。


 今季は豊作ということもあり農耕儀礼の一環である祭の期間を多く取ることになった。


 現国王アルダンから民達への労りと自然への感謝を込めてとの御布令である。


 王都アルクも広場で催してる朝市は作物や日常品、冒険者用のアイテム等の露店ばかりだったが夕刻に差し掛かる今、縁日催事でしか食べれない甘い物、珍しい素材を使った串物や料理、催し物を行う店へと様変わりしている。

 親子や恋人同士、あるいは友達を連れて露店をのぞいては冷やかしたり祭の雰囲気に当てられて思わず買ってしまったりと色んな人が、種族が混ざり、通りに列を成して文字通り人混みとなって賑わっていく。

 夜になれば音楽が流れ出し、踊る人らでさらに盛り上がるだろう。酒場や食事処を兼用している宿屋も早めに酒を振舞い、仕事を切り上げた人々は祝杯を挙げている。祝いを述べる理由もまたヒトそれぞれ、だ。


 霊峰の守護のおかげだと主張する者、精霊を信仰する者、教養と豊穣の神レルムに感謝の祈りを捧げる者、王の治政を褒め称えて忠誠を誓う者、何でも構わないが祝えればいい者。


 この国は他種族に寛容だ。様々な種族の想いが交差するだろうが、祝杯を挙げれば気持ちは一つになり多少の無礼講でも許されるであろう。


 城下町では既に前夜祭が始まっているが、城では夜会として催すので、まだ支度をしている段階である。

 正門から庭を挟んで道が本館に続く区画と城の大広間が夜会の会場となっており、そこを軸に働く者たちの往来が見て取れる。


 アルクウィル王国は皆で囲んで踊り、陽気に歌って騒ぐという気風だ。

 隣接する帝国や他国のような貴族然とした爵位に厳しく、目上の者には話すことすらままならない雰囲気とは程遠い。さすがに貴族と庶民とをお互い屈託なくとは難しいので、ある程度の区分けはされているが、仕事が休みの従者や階級が低い騎士達も参加出来るのだ。勿論、給仕や裏方に回る者達にも催事が終わった後に労いを計らうことになっている。


 そういった心地よい気風が城内の準備をする人々を陽気に浮かれる雰囲気に仕立てている。


 だが、そんな活気に満ちた協奏曲さながらの喧騒の中に、雑音が混ざっていた。


 それは従者達に迫られる幼い女の子の悲鳴だったり、ある部屋では、何故かラックに掛けていた帽子が裏返っていたり、その場所に有るべき物が別の場所にあった等、何処の誰かがくだらない小さな悪戯をしているのだろうか? どうせまた王子の仕業だろうと嘆く声とか、困惑や苛立ちの感情を持った声がそこかしこで聞こえてくる。その雑音こそが、あるモノには力となり、心地よい間奏に取って代わる。


 今はまだ王の名のもとに仕える者達が奏でる音色が響くが、不協和音が混ざる間奏が入りそれが無視出来ない程になれば……それはそれは次に繋がる楽章が自由で、混沌とした曲になるに違いない。そう邪なモノは密かにほくそ笑む。しかれども音符を短く切り旋律を小刻みにして演奏を正そうとする小さな指揮者がそれを許さんと指揮棒を振り上げる。


 果たして間奏が終わるまでにせめぎ合って次への楽章の主導権を握るのはどちらなのだろうか。さてさて、次に奏でられるのは協奏曲か、それとも狂騒曲か――――



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