7. ボス遭遇強制イベントは定番




 僕は妖精にだけ聞こえるように囁く。


「ミューン、迂闊なコト話したらツインデコピンな」

「ツイン!?」


 驚愕するミューンに釘を刺し、穏やかな表情を作る。宰相から学んだ表情作りポーカーフェイスは気取られていないはずだ。


「ごきげんよう。シャス、珍しいね? こんなところで会うなんて」


 ホントにね。大体この刻は執務室で御勤おつとめしてるはず。ずっと宰相をしているシャスティアはこの国の権能をほぼ掌握し、各役所の官僚との関係も密にしている。つまり日々ご多忙であられる。さらにずっと王宮魔術師も兼用しているのだから、推して知るべし。

 何故”ずっと”が付くのか。それはもうずっとだからである。永世つけちゃっても良い。

 ずっと宰相、少なくともウチの祖父の時から容姿も変わらずずっ宰であるらしい。年齢聞くのははばかれるので委細判らないけれども、エルンは長命で、深慮遠謀、魔法の資質が高い種族。ハイエルンともなると更に資質マシマシだ。宰相の地位をして国事を担い、財務に携わり、しかも魔術師としても一流。容姿端麗、謹厳実直、頭脳明晰の完璧種族ハイエルンなのである!


 もうコイツ、ラスボスでいいんじゃね? と王家の晩餐でよく話題にのぼる。というか宰相本人に言っている。


「私は、王の器では有りませんよ」


 いつもきっぱりと、そう言って絵になるような佇まいで儚げな微笑みをたたえる。


 尊い、何時でも下克上に来てもいい! と妹が語っていた。僕、一応第一継承権持ちなんですけど。世知辛い下克上事情である。


 裏のボスであるシャスティアは、代々王家の教育係もずっとやっている。そりゃ祖父も父さんも皆頭上がらないわ。そんな立っているだけで存在感半端ない人が今僕の目の前で優しく微笑んでいる。あれ、獲物を見つけた笑みのように見えてきた。雑魚な魔物を退治しに来たら、魔王が現れた気分である。


「少し気になることがありまして。今季の収穫も恙無つつがなく進んでいますし、一先ず政務も落ち着いたので気分転換がてらに来たんですよ」

「どうしたの?」

「この城、精霊の御加護を賜っておりまして、微力ながらもこの周囲に邪な類を遮る結界が張られているのです」


 あ、これあかんヤツじゃね。


「感知に何か引っかかったのですが、どうにも”内側”から、らしてくてね。散歩ついでに見回っていたのです」

「それは穏やかじゃないね」


 視線を離さず、頬に手を添えながら語りかけてくる。


 僕の心も穏やかじゃないですぅ。


 思わず目を逸らしそうになるが、これは罠だ! めっちゃ疑われていると断定して振舞わなければならない。さっきから背中の冷や汗が止まらないタスケテ。


「まあ、それほど大したことない脅威と思いますが……それより王子、その剣は?」


 僕が背負っている剣に視線を向ける。うぅ、これも素直に言えない案件だった。


「訓練場で打ち捨てられていた剣を貰ったんだ。もう錆びて抜けないし安全だから……剣を背負うのって、なんか格好良いと思わない?」

「ええ、まるで英雄譚に出てくる勇猛な戦士のよう。しかしそんな古い剣でなくとも、幾らでも頂けるでしょうに」

「や、遊びなんだし真剣なんて要らないよ。それにほら、古臭くてもこの握りグリップからガードにかけての造形美は物語に出てくる勇者の剣のようだ」


 テキトーに誤魔化しつつ、ベルトの留め具を外し両手で剣を掲げた。


「なるほど、小さな勇者様であらせられるのですね。……じゃあ私が、魔王役でも引き受けようかしら」

「ハハハ」


 乾いた笑いしか出ない。風格兼ね備えすぎでしょ。ご遠慮お願いします。


「それはさておき……そうですね。啓示を受けた神官の役如く、勇者様に試練クエストを与えましょうか?」

「試練?」


 僕が勇者ゴッコをしていると思ってくれたのか、話の流れを合わしてくれる。どっちかというと僕はお城から勇者を扱き使う支援する方がいいんだけども。めいれいさせろ。


「さっきの邪な類の件ですが、私は政務に戻りますので代わりに原因を探ってもらいませんか? 無理にとは言いませんが、何なら暇そうな騎士に丸投げしても良いですしね」


 ……ご都合主義な話の流れに疑念を抱くのは心が荒んでいるからだろうか。それとも座学のシャスティア監修対帝国対話マニュアルでみっちりとしごかれているからだろうか。いやいや、ここは子供らしく純情そうに流れに乗らざるをえない。だって子供だもん。


「面白そうだから、僕やるよ!」

「危険かもしれませんよ? 御承知のこととは存じますが、大人を頼ることは決して恥ではありません」

「大丈夫さ、探るくらいなら。それに戦うとしても勇者は、負けない」

 

 シャス公認でグリムオールを追跡出来るのなら、ちょっと四天王倒してきてよ、とお使いかの如く頼んでも気軽に引き受ける愚者にだって振舞おうぞ。僕は勇者なんだ! 邪悪な者は僕が倒さなければならないんだ! こんな感じで。


 僕は自分の演技で取り繕うのに精一杯で、この時のシャスの言質は取ったぞ、的な笑みには気付かなかった。


「では物語の定番ぽく、勇者様の手助けになるアイテムを授けますか」


 シャスは後ろに手を回し自身に着けている、綺麗な石が優しい色の麻ひもで巧みに編まれたペンダントを首から外し、僕の目線にまで手を下ろして見せる。


「これは大司教からせしめた聖石の飾りです。これに付与魔術を施しましょう」

「せしめた物に神様のご加護はあるのかな?」

「まあ飾りですので」


 罰当たりな会話に大司教様へ少し憐憫の情が起こる。あ、僕たちも聖水をせしめようとしてたんだった。

 悪びれる様子もなく、しれっとしたまま魔法の詠唱を始めた。ペンダントの周りに手を翳し複雑な魔法陣を幾重にも組み上げている。淀みない美しい魔言ルーンの旋律と立体に構成された魔法陣はいつ見ても感嘆する。詠唱が終わり、陣がペンダントに吸い込まれるように縮んで消えると聖石がほのかに光りだした。シャスは軽く一息ついて、付与されたペンダントを僕に差し出す。


「これに、邪気を感知する魔法を付与エンチャントしました。効果は半日程度しかありませんが充分でしょう。邪気へ近づくにつれて光が大きくそして指向性を帯びてくるので位置が把握出来るはずです。今はマナの残滓で光っているだけなのでこの近くには居ないようですね」

「ありがとう」


 受け取り、首に掛ける。さて即時撤退を。ゆうしゃはにげるをえらんだ!


「それじゃあ、僕は行くよ。モタモタしてると試練失敗になりそうだ」

「くれぐれもお気をつけください」


 簡易な臣下の礼を受け、僕はバルコニーから離れ徐々に駆け出す。魔王から逃げ切った! 悪魔交渉してアイテムを手に入れたことも嬉しい誤算だし結果は上々だ。上手くいきすぎて怖いくらいなんだけど後で魂取られないよね? せしめた聖石よ我を守り給え!!


 これで騒ぎを最小限に抑えつつヤツを倒せば良い。大体、元はと言えば僕たちが原因なので既に試練完了クエストクリア済みなのだ。原因を探るだけでいいというクエストにかこつけて、滅失証拠隠滅を謀る。原因? よくわからないうちにたおしちゃったわー。でシラを切る所存であります。これじゃあ勇者どころかただの悪党である。


「ぷはーっ」


 ミューンが頭の上で大きく息を吐いた。シャスとの対話に集中してたからすっかり居るのを忘れてたが、うっかり発言もしなかったから問題ナシ! ミューンは羽を出し、僕と並走するように飛翔する。


「あー緊張したー。んでこれから何処探すの?」

「そうだなぁ、人が多くて悪戯しやすい処といえば……」



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