5. アルクウィル王国のリスティノイス城




  ◇◆◆◇




 世界テイル


 神話では虚空を彷徨う巨大な源龍がこの星を魂の安息地とし、老いた自らの生命力と躯が大陸になったと云われている。


 それは真実だろうかそれとも”古代に栄えた国”が広めた名残りだろうか、事柄や事象などに龍に連関することが世界には溢れていて、大陸にも龍翼大陸、龍尾島弧などの名称で大きく区域されている。中央の龍幹大陸と左の龍翼大陸は海域で分かれているわけでもなく地続きであり、龍翼の付け根ウィングルートと呼ばれる二つの大陸を繋ぐ領域にその小さな国は在る。


 龍幹大陸側に位置し、霊峰と崇める山麓にある国。その名は、アルクウィル。


 現在、中央大陸にて隆盛を誇る帝国と隣国同盟関係を結んでいる。強大な軍事力と広大な領土を持つ帝国と比べるべくもなく、吹けば飛ぶような小国であるにも関わらず、多少の小競り合い程度はあったであろうが何故か戦争も侵略もされず、その歴史は三百年以上連綿と紡がれている。


 建国王アルクを名を冠した国。そして名君であった国王と同じ名を称された王都アルク。そこに代々王族が居を構える古い城があった。


 その城は建国時にアルク王の下あらゆる種族が集いそれぞれが持つ当時の技術と魔術の粋を集めて建造された。霊峰を背にした立地で堅牢さは勿論、造形美にも拘った景観は訪れる旅人や商人にも評判がいい。名城といわれても過言ではないが、その城を見てきた旅人たちが持ち帰る話には何か不思議な尾ひれが付く。


 ――いわく城の中には迷宮ダンジョンがあるらしいとか、中庭で迷うと二度と出られないらしいとか。他にも、お城のある部分が一晩立つと形が変わっていた。天にもそそり立つような光柱が見えた。天使が住んでいる等、他の国で土産話としても信じられずにすぐ聞き流される程度の噂だ。


 、光柱が立っても、まああの城だし……と思う程の軽さで王都の住民は訪れる人々に語るので、信憑性も低く捉えられているのだろう。噂に関して王城から肯定も否定もされていないし、大事にするわけでもなく、酒場で酒の肴にされるくらいだ。長く平和が続き現王の治世も良い、様々な種族が分け隔てなく暮らしている国。それが大らかな国民性に出ている。己に被害が降りかからないのであれば、多少何が起こっても動じないのである。


 霊峰の守護を受け、囲郭都市の奥に構える一国の主の居城、リスティノイス城は今日も不可思議な噂が絶えない。




  ◇◆◆◇




 「あばばばっ!?」


 リーシャが妖精をむんずと逆さに掴み、ギルティだべ~、と呟きながら上下にシェイクしている。


 まあそれは置いといて目の前の事案である。台座に仕組まれた隠し扉が作動し、ぽっかりと空いた穴の中を覗くが弱めの魔法ライトでは通路へと続く奥の方には光が届かない。邪気も感じないし悪霊はこの場からとっとと離れたか。僕は軽くため息をつく。


 隠し通路の存在は代々口伝で継がれている。見取り図なんて残すわけにはいかないから当然だ。建国時に建てられた城は三百年以上も経っているし、本来通路を使用するのは喫緊の場合だけだ。しかも普段使うことがないのにやたらと通路が多いのだ。僕たち一族の口伝だけでは正確には受け継がれず、幾つかの通路の存在が失われてもしょうがないことかもしれない。


 つーか宝物庫にルートが二つって流石にセキュリティの面でヤバくない? いや元々は何か別の用途の部屋だったが後になってから宝物庫になった? いやいや逆に戦争や反乱が起きたら宝物庫に逃げ込んだ時に有効なのか? 王族の奴ら宝物庫に追い込みましたぜ! と思わせといて、実は抜け出しているとか?

 この城を設計した人がどういう意図かは計り知れないが、何となく遊び心でやってんじゃないかと思わないでもない。いやいやいやその思考はこれ以上止めとこ。まあ面白いし、僕たちも頻繁に利用している。


 この城の建築に携わった者達に敬意を!


「やれやれ……追跡せざるをえないね」

「しかし夜会があることについて」

「あー」


 そうだった。今日の夕刻から大広間で収穫前夜親睦会……今年もお陰様で豊作だったので収穫祭の開催期間を延ばして皆の英気を養おうというテキトーな口実を作って飲んで食べて騒ぎたい夜会が行われるんだった。

 昼下がりに僕たちは探検ゴッコでここに来たのでもうすぐ衣装合わせをしなければならない。ウチの従者達ってやたらとおめかしや着せ替えをしたがるんだよなあ……。


「二手に分かれるしかないな。僕はすぐに追いかけるとして、聖水を途中でせしめれば最良なんだけど、騒ぎはなるべく起こさないようにしないとね。夜会は遅れるか、最悪は体調不良欠席かな。そっちのフォローはよろしく」

「うぅ、オモチャにされる……」


 僕がいない分、従者マシマシで着せ替え人形にされるに違いない。ご愁傷様。


 さて、グリムオールに対する攻撃手段だけど剣だけでは心許ないかなあ。聖水か、部屋に置いてある切り札的な紋章クレストカードが欲しいところだ。手に持つ古びた剣を見つめながら思案する。


 取りに行ける余裕があるかな……? んーそもそもアイテムが必要だろうか……? なんかこの剣だけで倒せそうな気がする。奇妙な違和感が残るけど、漠然と何とかなるという気持ちが湧いてくる。

 大人用の片手半剣だから子供の身長で腰に帯びるのは無理があるので鞘に付いている腰用ベルトを肩に掛けるようにして背負う形にする。……あれ? 帯剣用ベルトなんて付いてたっけ? ……ま、いいか。


「ミューンは灯り代わりに連れていくか」

「未知のルート、一緒に行きたかったなあ……」

「リーシャは知りたがりだからね。次の探検までとっておき」


 少し残念そうな表情をしつつシェイクされて伸びているミューンを渡される。僕は妖精を頭の上に乗せてから、妹を慰める感じで軽く頭を撫でた。そして神妙な顔つきを作って肩をポンと叩くと、ん? と妹が首を傾げた。


「じゃ、僕は行くけど……後片づけは任した」


 そう、宝物庫は魔法とポルターガイスト現象によって書物や小物類が散乱しているのであった。幸い剣や鎧など重い物は動いてない。おそらく能力的な制限で軽い物しか動かせなかったんだろう。いや、片付け手伝ってあげたいけどすぐに追いかけないといけないからね。残念残念――


「……ギルティ」




 とっとと行こっと。



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