あれ?ドワーフって魔族だったっけ?

映基地

1章 あれ?ドワーフって魔族!?

第一話

「今日もいい天気だ。」



快晴…とまではいかないが、繁る木々の隙間から覗いた空を見て呟く。

丁度いつもの座り慣れた切り株が見えてきた所で、首に絡み付いていた飼猫が「ナァーォ」と鳴き声を一つ。



「ハイハイ。」



青年はいつもの事のように切り株に座り、すると飼い猫はこれまたいつものように青年の膝に音もなく降り立つと、自らの頬を青年のお腹に擦り付け甘えるように再び「ナァーォ」と一鳴き。



「ハイハイ。」



甘える猫の喉元をコリコリと指で撫でてやると、やがてゴロゴロと喉を鳴らして目を細め、この場所は自分の場所だと言わんばかりにその場に腰を下ろし綺麗な青い瞳で青年を見つめる。



「本当に…今日もいい天気だ。」



一人と一匹は少しの間見つめ合い、やがて青年が空を仰ぎながら呟いた。



□■□■



某市の某町にある少し大きめの森林公園。

一人と一匹は青年の休日にいつもここを訪れていた。



青年の名は岩谷浩二いわたにこうじ

今年で26歳になった。


朝から晩まで働きつつも薄給という所謂「社畜」だ。

しかし、本人は特に不満もなく趣味と言ってもこの散歩という名の森林浴ぐらいしかない…少々ジジくさいが。


浪費癖など微塵もない彼は、生活には何不自由なく悠々自適に一人と一匹暮しをしていた。

悠々自適と言っても社畜なんだが。


本人の性格は至って普通。

当たり障りなく誰とでも接し、世界中の人々が静かに幸せに生きられればなぁ…等と思いつつも、それはきっと無理なんだろうなとも思っている。


特に身長が高いわけでもなく、多少筋肉質ではあるがムキムキという程でもなく、争いは基本好まない平和主義、そして顔も人並みと、もう本当に普通の青年だった。



「さぁ、そろそろ行こうかナオ。」



浩二の膝で微睡んでいるナオという名の飼い猫の頭をひと撫ですると、少し名残惜しそうに立ち上がり再び彼の首に絡み付く。

ナオの毛並みを首元に感じつつ浩二は立ち上がり、生い茂る森林の中をゆっくりと歩き出した。


普通、猫は散歩に連れ歩かない。

まぁ世間一般での話であって、世の愛猫家の中では違うのかも知れないが。

それでも、首輪とリード位は付けるだろう。


しかし、彼女…ナオは違った。

愛くるしい美人顔に透き通るような青の双眸。

アメショー柄、左耳だけが何故か薄茶色でそれがかえってチャーミングな彼女は、首輪を嫌った。

それはもう猛烈に。

元々野良だったせいもあるのかも知れないが、猛烈に。

にも関わらず、何故か散歩に行こうと浩二が玄関に向かうとヒョイと華麗に彼の肩に飛び乗り、その首に絡みつく。

「自分も連れて行け」と。


拾った時は産まれて間もないまだ目も見えていないであろう子猫だった。

たまたま、本当にたまたま立ち寄った近所の神社の境内。

その軒下に彼女はいた。

弱々しく横たわり、このまま放置すれば確実に一両日中には死んでしまうであろう姿。

彼女は浩二が優しく抱き上げ両手で包み込むと、弱々しく首を持ち上げ、まだ見えていないであろうその綺麗な青の双眸をこちらに向けてただ一声



「ナ…ーォ…」



と鳴いたのだ。

迷いは無かった。

優しく、ただひたすらに優しく彼女を抱き抱えた浩二はそのまま彼女を連れ帰った。

有りと有らゆる情報を漁り、社畜であるにも関わらず仕事を一週間も休み、渾身的に彼女の看病をした。

その甲斐あってか、彼女はみるみる回復し順調にスクスクと育っていった。

付けた名前は「ナオ」。

見つけた時の彼女の第一声から取った。



「ナオ、んじゃ行ってくる。」


「ナァーーォ」



いつもの当たり前のようなお見送り。



「ただいま、ナオ。」


「ナァーォ」



そして、当たり前のようなお出迎え。


一日も欠かしたことのない当たり前のような行動。


浩二は時々思う。

彼女は本当に言葉を理解しているんじゃなかろうか…と。

愛猫家に良くあるアレだ。

実際、ナオは散歩に出かける時以外は浩二の肩に飛び乗りはしない。

決まって散歩の時だけだ。

「自分も連れて行け」と。

そして、散歩中は決して浩二から離れなかった。

と言うより降りなかった…浩二の身体から。



「お前は賢いなナオ。」



もう、何度目か分からないがそう言いながら首に絡み付いている愛猫の顎を撫でる。



「ナァーォ」



目を細めながら「当然よ」と言ってるかのように一鳴き。


緩やかに静かに流れるひと時。


浩二はこの一時が何時までも続けば良いと思っていた。

癒しの森林浴。

愛猫との一人と一匹の生活。

充実しているとはお世辞にも言えないが、特別不満もない。

そんな生活が何時までも続くと思っていた。




今日までは。




□■□■



「そろそろ帰ろうか。」



森林浴という名の散歩をひとしきり楽しんだ一人と一匹は自宅の方向に足を向けた。

実際に足を向けたのは浩二だけだが。


先ほどとは打って変わって賑やかな街中。

平日の午後なのだからまぁ当たり前なのだが。


浩二の仕事は所謂不定休。

週末もあれば平日もある。

不定…なのだ。

月に6回の休日が不定に振り分けられる。

仕事が暇な日に。

今日はそんな6回の休日のうちの最終日。

まぁ予定などなくいつも通り森林浴に洒落こんでいた訳だが。



「予定なんてもの、ここ暫く無いなぁ…彼女でも居れば…痛ッ!」



違うんだろうか…と言葉を続けようとした時、不意に耳に痛みが走る。



「お?ヤキモチか?ナオ…だから痛いって!」



浩二は耳に噛み付いた…とは言っても本気では無いのだが、ナオに向かい話し掛けるが当のナオは「フン!」とでも言わんばかりにそっぽを向く。



(本当に人間臭いんだからコイツは…)



まるでヤキモチでも妬いたかの様なナオの反応に苦笑いしつつも、そんなことを思う。



(そういや、前に会社の同僚の女の子を連れて帰ったら偉い興奮してたなぁ…。)



以前、単に同僚の女の子にDVDを貸す為に家に連れていったことがあった。

下心など微塵もなく、単に彼女の帰り道が浩二の家の前を通るから帰宅ついでに玄関先で渡す…それだけだったのだが、いつものお出迎えをする為に待ち構えていたナオがドアを開けた瞬間に彼女に飛びついた。

それも、すごい剣幕で。


慌てて引き離そうとするも、彼女のスカートに噛み付いたまま離そうとしないものだから引き離すのに大変な思いをした。

たまたま彼女も猫を飼っており、それ程大事にはならなかったが…



「いやぁー、ビックリしたよホント。あんなにヤキモチ妬きな子初めてかも。」



DVDを受け取った後彼女が言った一言がやけに印象深かった。

その後、会社では我が家の愛猫ナオは「浩二の彼女」と言うことで定着した。

そう、定着した。



「ま、可愛いから良いけどな。ナオ、そろそろ機嫌直してくれ…な?」



ツーンとそっぽを向くナオの耳元をコリコリと引っ掻くように撫でると、チラチラこっちを見ながら「仕方ないわね…今回だけよ?」と言うかのように浩二の手に頬を擦り寄せてくる。



(チョロイな…でもまたそこが可愛かったり…。)



全くもって親…飼い主バカである。

きっとこの男ありきの彼女なのだ。


そんな事を考えながらナオの極上の毛並みを肩越しに楽しんでいた浩二だったが、ふと彼女が浩二の手に頬を擦り寄せるのを中断し、辺りを見回すようにキョロキョロしながら耳をピクピクさせ始めた。


まるで何かに気付いたように。


丁度浩二がこの辺りでは少し有名な進学校である公立高校の横道を通りかかった頃だった。

時間帯からすれば授業中だろうか…静かな校舎横を通り過ぎようとした時、流石の浩二でも異変に気付いた。



「音が…しない?」



そう、静かなのだ。

不自然に。


静寂。


そう表現するのが妥当だろうか…音が全く聞こえない。

学校からの雑踏だけじゃない。

先程まで五月蝿いぐらいの街の雑踏、車の走る音、鳥の鳴き声、風の音さえも。



(耳がおかしくなったのか…?)



そう考えが頭を過ぎった時…



「ナァーーォ」



愛猫の鳴き声がそれを否定した。


嫌な空気を感じる。

纒わり付くような…でも温度を感じない…嫌な空気。

浩二は直ぐにこの場を離れる決断をし、ナオを肩から右手だけで素早く持ち上げると、大切に胸に抱えて走り出そうとした。


しかし、それは叶わなかった。



(身体が…動かない…っ)



ナオを胸に抱いたまま身動き一つ出来ない。

金縛りにでもあったかのように只の身動ぎ一つさえ。

混乱する浩二の思いを他所に事態は更に動き出す。


浩二の足元に見たことの無い模様が浮かび上がる。

いや、正確には似たようなものを見た事がある。



(魔法陣…!?)



そう、アニメや映画で良くある円と文字と幾何学模様で出来た魔法陣…まさにそれが今浩二の足元で光り輝いていた。


そして、身動きの出来ない浩二を嘲笑うかのようにそのままスーッと地面から浮かび上がると、魔法陣が彼の足元から頭の先までを通り過ぎ…


世界は再び音を取り戻した。



□■□■



高所からの急降下と言えばいいのか…水中と言えばいいのか…

不快感が伴う浮遊感を体感で数秒感じたところで、それが徐々に収まってきた。


やがて完全に収まると、五感がゆっくりと戻って来る。



「うっ…気持ち悪い…。」



浩二は堪らず膝をつきその場で蹲る。



「ナァーォ…」



三半規管を激しく揺さぶられた様な吐き気を伴う不快感に呻いていると、不意に肩からこちらを気遣うような鳴き声が聞こえる。

そして、ザラザラの舌が浩二の頬を躊躇い気味に舐めた。



「…ナオ…ありがとう…心配かけたね…もう、大丈夫だよ…。」



気遣うナオを優しく抱き留めその毛並みを撫でていると、不思議なことに不快感が嘘のように消えていく。

同時にナオ自身も無事だったことに安堵した。


何とか体調を回復させた浩二はゆっくりと立ち上がる、そしてその肩には愛猫のナオ。

今まで周りの事に気を遣う余裕など無かったが、改めて辺りを見回す。



「ここは…何処だ…?」



石造りの大きなホールのような場所。

大体体育館ぐらいはあるだろうか…遥かに高い場所に薄ぼんやりとした光が見える。


眩しいわけでもなく暗いわけでもない、優しい光が周りの様子を伺える程度に辺りを照らしていた。



「ん…?人か?…結構いるな。」



浩二から少し…20m程離れた場所に人が数十人集まり何やら騒いでいる様子が伺えた。

立ち上がってキョロキョロする者。

蹲って胸元や口元を抑える者。

そしてその者の背中を擦りながら気遣う者。

それぞれ違った行動をしている中、たった一つだけ彼等に共通する事があった。



(制服…?アレは確か…あの高校の…。)



集団が着ている服が、学生服である事に気付く浩二。

そしてその制服は彼がつい先程通りかかった某有名進学校のものであることも。



(学生がこんな所で一体何を…まさか…俺と同じ様に…?)



未だに蹲る数人の生徒を見て、自分と同じなのでは無いかと考えていると、集団の中の数人がこちらに気付いたようで小走りに近寄ってきた。



「あの…貴方も転移されたんですか…?」



浩二が見ず知らずの人物に警戒を顕にしていると、数人の生徒の中から歩み出た一人の男子生徒が声を掛けてきた。


身長は浩二よりも高く、スラッとした体つきにも関わらず何処か隙のない立ち振る舞い…きっと格闘技なんかを嗜んでるんだろうなと思われる様な足運び。

そしてその容姿は、間違いなくモテる部類のそれだった。



「…転移…?転移って…一体…。」



突然男子生徒の口から出た転移という言葉に首をかしげていると、

彼は慌てて口を開く。



「あぁ、すみません。貴方には知らされていないのかも知れませんね。

僕達は成城学園の2年で、たった今勇者召喚で呼び出されたばかりなんです。」


「は?勇者召喚?呼び出された?…え?何を言って…」


「先程、クラスのホームルーム中に頭の中に声が響いて…」


「ちょっと待って!いきなり過ぎて意味が分からん!とりあえず少し待ってくれ!」



畳み掛けるように話を続けようとする男子生徒の目の前に掌を向けその言葉を遮る。



(転移?勇者召喚?何言ってるんだコイツは。)



取り敢えず胸に手を当て深呼吸を繰り返し、心を落ち着ける。



「ナァーォ」



不意に耳元で愛猫の声が聞こえる。

波打っていた心が驚く程凪いでいく…。



(ふぅ…本当に…お前はいい女だな…。)



馬鹿な事を頭で考えながら、愛しい彼女の頭をクシャっとひと撫で。

すっかり落ち着いた浩二は男子生徒に向かって口を開く。



「済まなかった…取り乱したりして。

俺は岩谷浩二、今年で26になる。で、こっちは飼い猫のナオ。

申し訳ないが、詳しく話をきかせてくれるかな?」



切り出した浩二に少しだけ驚いた顔を見せた男子生徒は、直ぐに表情を崩し「まずは座りましょうか。」とその場に腰を下ろすとゆっくりと浩二に経緯を語り始めた。


自分達は勇者召喚というもので召喚されたこと。

召喚前に頭の中で声が響き詳細を聞かされたこと。

この声はクラス全員に聞こえたこと。

そして、召喚は強制で拒否は出来ないということ。



「傍迷惑な…。」


「本当に…。」



苦笑いを浮かべながら相槌を打つ。

それからと口にして男子生徒は更に説明を続ける。


召喚予定人数は40人で、たまたま欠席していた生徒が2名いた為人数が足りなくなってしまったこと。


そして…


「数合わせはこちらで行う」と頭の中に響いた声が言っていたこと。


全て語り終えた男子生徒は静かに溜息をついてこちらを見た。

その視線に気づいた浩二はヤレヤレと首を振りながら、



「やっぱり…俺が頭数合わせの代理…って事か。」


「はい…恐らくは。」



浩二は眉間を押さえるような仕草をしたあとゆっくりと天井を仰ぐ。

その浩二の様子を見てそっとしておいた方が良いと思ったのか、男子生徒はゆっくり立ち上がり一緒に来た生徒を引き連れて集団へと戻って行った。


帰り際に振り返った男子生徒が、



「自己紹介が遅れてすみません…自分は結城真ゆうきまことって言います。岩谷さん、よろしく。」



と凄くいい笑顔で自己紹介してきたのが印象的だった。



(あーいうのがきっとモテるんだろうなぁ…。)



等と頭の片隅で考えながらも、本命は…



「明日…仕事なんだけどなぁ。」


「ナァーォ…」



こんな時に何言ってるの…と言うようなナオの鳴き声が辺りに響いた。



□■□■



結城君とか言う男子生徒が数人の生徒を引き連れて生徒の集団に戻ると、少なくない人数の女生徒が何やら言いながら彼に群がり始め…二言三言会話したと思ったら途端に嫌な視線がこちらに複数向けられた。


明らかに敵意…とまではいかないが、決して好意的ではない視線なのは浩二にも分かった。

中にはチラチラこちらを見ながら憐れみとも嘲笑とも取れる表情をする者さえ。



(んー…これはアレか?取り巻きとか言うモテ男とかに群がるアレか…?)



元の世界?では当たり障り無く過ごして来た自負のある浩二だったが、こういう視線は何度か感じたことがある。

まぁ、決まって相手の勘違いか自意識過剰が原因なんだが。



(あー…公園でナオでも撫でて癒されたいわ…。)



座ったままだった浩二は、そんな粘りつくような視線に辟易しながら胡座の中の空間をエアー撫で撫でしていると、それを察した出来た彼女は、素早く肩から飛び降り胡座の空間に滑り込むと「仕方ないわね…ほら、どうぞ。」と言うかのようにその綺麗な青い瞳で浩二の顔を見上げる。



「…………ナオ、本当に俺と結婚しない?」



あまりの彼女の出来っぷりに思わず口にした。

その手は彼女の滑らかな毛並みを撫でながら。



「ナァーーォ…」



プロポーズの返事を返してくれたように鳴いたナオだったが、肯定か否定かまでは分からない。

ただ、彼女は目を細めながら気持ち良さそうに浩二に身を委ねているのだった。



□■□■



そんな時、癒しの一時を邪魔するように生徒の集団と浩二の間の空間に見覚えのある魔法陣が現れる。

鈍い光を放つソレはやがて徐々に光を増し一際大きく光り輝くと、そこには見慣れぬ白い服を着た三人の人物が立っていた。



「ようこそいらっしゃいました勇者の方々。

我々はあなた方を歓迎いたします。」



その真ん中に立つ人物が生徒達に向かい両手を広げ、大袈裟に話し掛ける。


声質から間違いなく男だろうが、白いフードのようなものを被っており、表情は伺えない。



「さぁ!早速国王の元へ参りましょう。」



そう言うと、こちらの意思など無関係かと言わんばかりに広げた両手を胸のあたりで組むと、驚く事に生徒の集団と浩二を含めた全ての人がすっぽり収まるような巨大な魔法陣が足元に現れた。


再び襲う浮遊感と不快感。

前回よりは幾分マシだとは思うが…転移する距離とかも関係するのか…?

前ほど目眩や胃のムカムカはない。


視界が戻ると、そこは正にファンタジー…と言うか中世の城、その王との面会の間みたいな場所だった。


無駄に広い空間に赤い絨毯、その絨毯の先に階段のようなものが三段。

その上には玉座。

そこには、明らかに王様であろう人がドッシリと腰を下ろし、その隣には綺麗な…見るからに高そうなドレスを身に纏った浩二と同じ位の歳の女性が両手を胸のあたりで組みながら少し沈んだ表情をして佇んでいた。


再び転移をさせられザワつく一同を他所に、先程の三人が王様の元へ駆け寄り片膝をつけ頭を下げると辺りに響くような声で



「勇者様方をお連れしました!」



と声も高らかに告げた。

壁際に控えていた兵士達や何やら偉そうな人達からも「おおっ!」みたいな感嘆の声が上がる中、王様が口を開く。



「よくぞ参られた異世界の勇者の方々よ!

早速で悪いのだが、そなた達のステータスをチェックしようと思うが…宜しいか?」



という王様の言葉に例の白服達が足早に準備を進め、早々にステータスチェックなるものが始まる。


そして一緒に召喚された生徒達を含め周りの誰もそれを不自然だとは思ってない様子だ。


異世界の王様や兵士達、迎えに来た三人はまだ分かる。

何故か生徒達までもが王様の言葉に納得したように迎えに来た白服が用意した水晶玉のようなものの前に並び始めるのだ?


何が起きているのか全く分からない。


浩二一人が何一つ理解出来ていないのだ。

これから何が始まるのか、何をさせられるのか、全く。


しかし、ふとさっき話した男子生徒の言葉を思い出し確信に近い物が浩二の頭に浮かぶ。



『頭の中に声が響いた。』



男子生徒…結城はそう言った。

きっと彼等は説明されていたのだ。

最初から最後まで大切な事は全て。

それを納得、又は説得された上で召喚されたのだと。


なにやら気持ちの悪い嫌な予感がどんどん膨らんでいく中、呆然としていた浩二に声がかかる。



「さぁ、後はそなただけだ。数合わせとは言え一応勇者召喚された者だからな。」



全く悪びれも無く数合わせと言い切る白服の一人。

流石に温厚な浩二でさえキレそうになる。


周りの生徒は既にチェックを終えているのだろう、何やら手元で薄く青色に光るプレートのようなものを見せ合いながら一喜一憂していた。



「ほら!早くしないか!時間は限られているのだぞ!これだから数合わせは…。」



白服の一人が、どうすればいいか解らず呆然としていた俺の背を突き飛ばすように押して、水晶玉の前まで押しやり無理やり浩二の右手首を乱暴に掴むと掌を水晶玉に押し付けた。



「…お前ら…さっきから数合わせ数合わせって…ッ!」



苛立ちが収まらず思わず口にした浩二だったが、男の表情が呆然としたような…青くなったような感じに歪み、何があったのかと視線を水晶玉に向けると…



□■□■



名前 岩谷浩二《《イワタニコウジ》

年齢 26

種族 ドワーフLV1

職業 人形師

筋力 25

頑強 40

器用 10

敏捷 5

魔力 1

スキル

『人形師』LV1

『傀儡師』LV1

『魔核作成』LV1



□■□■



「へ?ドワーフ?」



気の抜けたような声が出た。

何故か…本当に何故か知らないが…


どうやら異世界で俺はドワーフになったようだ。

しかし、浩二の気の抜けたような反応とは違い、周りの反応はもっと苛烈なものだった。



「ドワーフ…!」


「何!?ドワーフだと!?」


「おいおい!どうしてドワーフがこんな所に!」


「死の…武器職人…」



ちょっと、アンタ達あんまりドワーフドワーフ連呼しないでくれ。

何故かは分からないが何だか恥ずかしい。

一部何やら中二臭い二つ名も聞こえてきたし。



「くそっ!忌々しい…っ!魔族の間者かもしれん!取り押さえるのじゃっ!」



浩二は怒涛の展開に付いていけないでいると、いきなり後ろから羽交い絞めにされ、そのまま床に組み伏せられる。



「痛ッ!何すんだよいきなり…ッ!」


「口を開くな魔族め!」


「魔族!?」



浩二を羽交い絞めにしている兵士が口にした言葉に疑問しかない。



「魔族って何だよ!」


「貴様!恍ける気か!確かにステータスにドワーフと記載されていたではないか!」


「はぁ!?」


「恍けるのも大概にしろ!」



そう言って兵士は浩二の頭を鷲掴みにすると、そのまま床へと更に押し付けるように抑え込む。



「この薄汚い魔族を牢へ!結界も厳重にな!」


「ハッ!」



蔑む様な目で浩二を見た王様の声に、組み伏せた兵士の周りに詰め寄っていた兵士数人が良い返事と綺麗な敬礼をする。

そして今度は床から引き剥がすように乱暴に立ち上がらされた浩二はそのまま脇を兵士に抱えられ地下牢へと連行されそうになる。



「何だよこれっ!意味がわかんねぇよっ!」



そう訴えながら身動ぎするも、兵士二人に抑えられている為、どうすることも出来ずにいると



「痛ッ!」



不意に右隣の兵士が痛みに顔を歪める。

よく見ると兵士の露出した右腕から血がたれていた。



「フーーーーッ!」



そして先程まで裕二がいた場所そこには、小さな体を目一杯膨らませ、憤怒の表情を浮かべたナオの姿があった。



「ナオ!」


「クソッ!この魔獣がッ!」


「!?おい、やめろ!何する気だよ!おい!」



腕を引っ掻かれ血を流した兵士がナオに向けて激昴し、にじり寄りながらその腰のものを抜いた。



「フーーーーッ!」



依然として威嚇を止めないナオ。

「私の浩二を返しなさい!」と言わんばかりに。



「ナオ!俺は大丈夫だ!だから逃げろ!頼む!ナオッ!」



結果は見えている。

見え過ぎるぐらい。


だから浩二は言った「逃げろ」と。


懇願した「逃げろ」と。


しかし




ザシュッ!




嫌な音がした。


聞こえてはいけない音が聞こえた。


石畳の床に力無く倒れているナオ。

その小さな体の下から赤い何かが見えたかと思えば、見る見るうちにそれは血溜りに変わってゆく。



「貴様あぁぁーーっ!!」



自分でも驚く程の声を上げて血に濡れた…ナオの血に濡れた剣を持ち背を向ける兵士へと掴みかかる。



「そこを…どけぇッ!!」



無造作に兵士を突き飛ばすと、すぐさまナオへと走り寄る。

まだ暖かい。

両手で抱えたナオにまだ体温を感じる。

しかし、それも急速に失われていくのが嫌でも両手に伝わってくる。



「誰かッ!ナオを!ナオを助けてくれッ!頼む!頼むからっ!!」



必死に懇願する。


こんな事があってたまるか。


頼む…誰か…誰か…。



ドスッ!



後頭部が痛い。

何が起きた?

後ろを振り返ろうとするも、その前に視界が暗くなっていく。



(ナオ…ちくしょう…ナオ…ナオ……)



浩二はそのまま意識を強制的に手放された。



□■□■



「ここは…何処だ…つッ!」



頭に鈍い痛みが走る。

そして、痛みと共に徐々に鮮明になっていく記憶。



「ナオ…そうだっ!ナオはっ!」



頭の痛みを押し殺して辺りを見回す。


浩二が気付いた時には既に狭い地下牢へと押し込まれた後のようで、見渡すと言っても然程時間もかからずにすべて場所を探し終えてしまった。



「ちくしょう…ちくしょうッ!俺が何をした…ナオが…何をしたって言うんだッッ!!」



先程までナオを抱いていた両手にはすっかり乾いた血がこびり付いたままだった。

その両拳をきつく握り、床を叩きながら大声を出し行き場のない怒りを顕にしていると



「よう、兄ちゃん目覚めたみたいだな。」



軽い感じの空気を出しながら兵士が話し掛けてきた。

装備は浩二をココに運び込んだ兵士達と変わらないが、彼には右腕と呼ばれる物が根元から無かった。

しかし、それ以外は誰がなんと言おうが強いと分かるような屈強な四肢、素肌が見えている左腕にも幾つもの傷跡が見て取れた。



「大丈夫かい?随分とまた暴れていたみたいだが。」



鉄格子ごしに話し掛けてくるその雰囲気は今まで…少なくともこの世界に来てから出会った誰よりも親身だった。



「…すみません…取り乱してしまいました…。」



そして浩二は謝っていた。

怒りもある、不安もある。

でも、この人にはきっと関係の無い事だから。

それでも抑えられる物じゃない…代わりに出たものは、嗚咽混じりの泣き声と止まることの無い涙だった。



□■□■



片腕の兵士さんは泣き止むまでその場を動かなかった。

そして、浩二が落ち着いたのを確認するとゆっくりと口を開いた。



「落ち着いたかい?」


「はい…すみません…。」


「いや、いいんだ。余程のことがあったんだろうさ。」


「はい…ナオが…飼い猫が…殺されました。」



拳をギュッと握り歯を食いしばる。

そうしないと…きっとまた泣いてしまうから。



「あー…アレか?…いや、どうだろ?」


「?」



兵士さんが何かを思い出したように呟く。



「お前さんの飼い猫って、銀の虎毛の…」


「はい…」


「生きてるぞ?…いや、多分だが。」


「は?」



変な声が出る。自分でも笑ってしまうぐらい。



「えーと、さっき勇者様の一人が血に汚れた猫を抱いてココを訪れてな。」


「え?え?」


「一応ここって許可が無いと勇者様でも入れないんだわ…それを言ったらその勇者様が「伝言をお願いします」って。」



生きて…いる?


ナオが?


生きてる?



「えーと確か「この子は絶対に治してみせます。だから、元気になるまで預からせてください。」だったかな?…っておいおい!」



浩二は再び泣いていた。


だって、我慢出来るはずかない。


だって、こんなにも嬉しいんだから。



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