第一章 再会

第1話 拾った鍵

『ご飯を食べて、学校に行って、友達と会って、笑って、遊んで、お風呂に入って、眠って、そんな風に過ごしたい』

 君の望んでいた、普通の生活だ。


   *


 サイレンの音が暗くなった街中に鳴り響いてる。

  人身事故により、電車が遅れるというアナウンスが駅のホームに流れた。

『ふざけんなよ』

『人の迷惑考えられねーのかよ……』

『死ぬなら勝手に死んでくれ』

 苛立ちを隠せない人達。そこに、誰一人死んでしまった人間の気持ちを考える者などいなかった。

 一時間くらい待っただろう。電車が復旧したとの事だった。人間一人の死体などたった一時間で処理できてしまうらしい。

 電車が警笛を鳴らしながら駅のホームに近づいてきた。

 段々と近づいてくる光を見ていると、電車に引き込まれる様な感覚がする。

 鼓動が速くなる。

 世界から音が消える。

 もし……ここで1歩踏み込んだら……僕は……

『線までお下がりください』

 耳元で叫ばれたかのような爆音で、突如世界に音が戻った。僕はそれに驚き無意識に一歩下がった。

 電車は既に目の前に止まり、扉が開こうとしていた。僕は、後ろの人に押されるようにして電車に乗りこんだ。

 電車の中は暖房がついていて、外気との差で窓は曇り外は見えない。

 電車の上から吊るされていた興味のない広告を見ながら、事故にあった人の事を考えた。

 自殺……だったのかな。

 どれだけ苦しんだのだろうか。

 どれだけ辛かったのだろうか。

 どれだけ傷ついたのだろうか。

 どれだけ考えたのだろうか。

 どれだけ迷ったのだろうか。

 どれだけ頑張ったのだろうか。

 そんな事は本人にしか分からないんだ。

 止める権利なんて誰にもないんだ。

 生きようとしている者に『死ね』と言うことは 罪だ。

 なら逆は何故罪じゃないんだ。

 死にたい人に『生きて』って言う言葉は、受け取る側からしたら『苦しみ続けて』ってことなのではないのか。

 生きて欲しいなんて言葉は本人を無視したただのエゴだ。

 そんな事を言っても、結局まだ生きてしまっている僕に、自殺した人の気持ちなんて分かるわけが無い。

 ……大切な君のことすら分からなかったのだから。

 これ以上考えてしまわないようにスマートフォンを見る。

 新着メッセージが二通入っていた。

 幼馴染みから彼氏が相手してくれないから飲みに来いとの事だった。急いでくるよう催促するスタンプ付きだ。

「ごめん、また今度」

「いつもの居酒屋ね!走ってくるように!」

 こうして僕は強制的に飲みに行かなければいけなくなった。

 いつもの居酒屋とは電車に乗ったところから五駅離れた所にある【空白】という店だ。駅から少し離れてるがお手ごろ価格でメニューが多いのが売りだ。食べるのが好きな幼馴染みの行きつけとなっている。

 僕は店がある駅で降りた。

 夜風が冷たく肌を撫でる。吐いた息は白く空中に消える。

 もう、そんな季節だ。

 冷えた手をポケットに入れて温めた。


 改札口に向かう途中で何か光るものが目に入った。

 拾い上げるとそれは何かの鍵だった。

 僕の後ろを歩いている人はパッと数えられる人数しかいなかった。僕は鍵を拾い、駅員に届けておくことにした。

 階段を登って空白がある側の改札口に向かった。

 すると、改札口の前で見たことがある女性がいた。

「……桃花ももか?」

 声をかけるとその女性は、僕の顔を見て驚いた。

「うゎ!?久しぶり!」

 その女性は倉山桃花くらやまももかという大学生の頃の友達だった。

「そんなところで何してんの?」

「お家の鍵無くしちゃって……」

「鍵?もしかして、これ?」

 僕はさっき拾った鍵をポケットから出して桃花に見せた。

「それ!拾ってくれたの?ありがと!」

「たまたまだよ」

「ほんと今日どうしようかと思ってた……」

 桃花は深く息を吐いた。かなり安心した様子だ。相当長い間探していたのかもしれない。

「運が良かったね」

「何かお礼させてよ」

「俺これから馴染みと飲まなきゃいけないからさ、また今度な」

 鍵を拾っただけでお礼を貰うのも気が引けたので僕は急いだ。Suicaを財布から取り出し、桃花を置いていくように改札を抜けた。

 それを見て、桃花は急いで改札を通る。

「この駅で降りて飲みに行くってことはもしかして空白?」

「まぁ、そうだけど」

「すごい偶然なんだけど、私も今日そこで舞ちゃんとご飯なんだ。二人だとちゃんと話せるか心配らしくて舞ちゃんの友達と三人で」

「良かったじゃん」

 桃花が言っているのは麻田 舞(あさだ まい)。 僕の高校の時の友達だ。進路は違ったけど分野が同じで今は桃花と同じ職場で働いている。

「居酒屋で何か奢らせてよ。さっきのお礼に」

「悪いって」

「一品だけでも」

 どうしてもお礼がしたいと言うので僕はお言葉に甘えることにした。

 駅から出て空を見上げる。

 三日月が綺麗な夜だった。

 空を見上げていた僕に桃花が声を掛け僕達は居酒屋に向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る