第3話 挨拶に行こう人界編

「ごくり」


勇者太郎は隣のラスボス子の生唾を飲み込む音を聞いてしまった。

聞いた?と言いたげなアイコンタクトをかわいいと思いつつ彼はラスボス子に声をかけた。


「なんだ緊張しているのか?」

「もちろん」


ここは勇者が生まれた村。三度謎の理由で焼かれた後、勇者がお金を貯めて復興させたとてものどかな村だ。


(俺がラスボス子の家に行ったときもかなり緊張したからな。俺がしっかりフォローしよう)


勇者太郎はラスボス子を見る。

ただでさえここは人界、ラスボス子にとってはアウェーな環境だ。

見つめていたのに気がついたのか、ラスボス子は勇者太郎の視線に目を合わせニコリと微笑んだ。

勇者太郎は少し気恥ずかしくなり先を促した。


「それじゃ、行こうか」

「ええ、行きましょう」


そうして勇者太郎は実家の扉を開けた。


「あら、勇者太郎おかえり」


出迎えてくれたのは髪をひとまとめにし肩に置くように流した女性だった。


「ただいま、おふくろ。実は紹介したい人がいるんだ」

「はじめまして勇者太郎さんとお付き合いしています。ラスボス子です」

「あらあら……始めまして勇者母です」


ほほに手を当て、ラスボス子をじっくりと見る勇者母。

同時に無言の圧力を放出、その威力は大人でさえ、膝を折り命乞いをし金を差し出すレベルだ。

しかしラスボス子は勇者母の圧にひるまずピンと背筋を伸ばし受け止めている。


「おふくろ、それで相談なんだが、幼馴染剣士との婚約を破棄してほしい!」

「ふぅん、おっけ―――」


「―――ちょっと待ったぁ!」


突然、部屋の窓が割れ、廊下の奥の扉が開き、女性の大声が響く。

そこに現れたのは幼馴染剣士だった。

彼女は普段の旅の衣装とは違い、主張するところを主張した女らしいドレスのような服を着ている。

明らかにチャラついていた。誰に染められたのか一目瞭然過ぎて勇者太郎は眉間にしわを寄せた。


「幼馴染剣士! お前は魔法使いチャラ男についていったんじゃないのか」

「そ、それはその……だってラストダンジョンに行くとあたし死んじゃうからチャラ男に相談したら、ああいう感じになって……。ごめん、あたしやっぱりあんたのこと―――」


身をよじりながら謝罪をする幼馴染剣士。

よじるたびに主張された部分は淫靡に形を変え、男の情欲を煽る。

これは彼女が装備しているチェリーキラーと呼ばれる悪魔の服の効果だ。

そして、その効果は勇者太郎も例外ではなかった。


(な、なんだ、幼馴染剣士から目が離せない……なんだこいつ、こんなにかわいかったっけ)


「あんたのことが忘れられない、だから婚約を……」


いろいろと描写していいのか躊躇われる動きをしながら幼馴染剣士は勇者太郎に近づいてくる。

トータルすると悪魔がリンボーダンスするレベルの邪悪さであるが、悪魔の服の効果でそれらは全て勇者太郎にはエロスの化身のような印象でとらえられている。


(いや、しかし、俺にはラスボス子が……くっ、目が離せない)


あまりに蠱惑的な動きに勇者太郎は大分ぐらついた。

この男、色仕掛けにあまりに弱かった。


「三回」


袖をぐっとひかれて勇者太郎ははっと我に返った。

ぞっと勇者太郎の背筋に悪寒が走る。


「な、なんだその数字は」

「過去視認の魔術で見た。それはあの女がせ―――――」

「ストップ、その先はちょっと怖いからストップ」


元恋人の聞きたくもない話を聞くことになりそうで勇者太郎は思わずストップをかけた。


(チャラ男に連れて行かれ、チャラ男の好みの服を着ているということはそういうことだろう。純朴可愛い系神官と結婚しただけでは足らないということか、恐ろしいな俺の友は)


勇者太郎は冷めた。

激烈に冷めた。もう幼馴染剣士など眼中になかった。


「すまないラスボス子、今目が覚めた」

「ふぅん、ああいうの、結構好みなんだ」

「いんや、俺はお前がいい」


華奢な体、紅い宝石のような瞳、整った顔立ちが頬を赤らめてにっこりと笑う。

そしてあの日の言葉を実現するために、彼女と人生をともにするために勇者太郎は気持ちを言葉に変えた。


「おふくろ、俺ラスボス子と結婚す―――――」

「あ、それ法律でNGだからダメよ」

「なっ!?」


勇者太郎一世一代の言葉は法律の壁に跳ね返された。

あまりのやるせなさに勇者太郎は膝から落ちた。


「いやったー! これで婚約継続ね!」


対象的にその言葉に喜んだのは幼馴染剣士だった。

勇者母は彼女に振り返り、ぴしゃりと彼女に言った。


「いいえ、あなたとの婚約は破棄します。あなたのおうちにも私から正式に通達を出します」

「そんな……で、でもあいつを一番愛せるのはアタシだけ! ね、勇者太郎からも言ってよ」


泣きそうな声で幼馴染剣士は勇者太郎に助けを求めた。

しかし深い虚無感に襲われている勇者太郎の心にはまったくもって響かなかった。


「いいや、お前が俺を愛しても、俺はお前を愛せない」


それどころか、手加減抜きの言葉で勇者太郎は幼馴染剣士を突き放した。


「う……ぐ……!」


がっつり深くまで言葉のナイフをえぐりこまれた幼馴染剣士は苦しそうにうめいた。


それをみて、ダメ押しとばかりに勇者母が強烈な圧力を垂れ流しながら幼馴染剣士に告げた。


「そういうことだから、婚約は破・棄♪ い・い・わ・ね! でないと……」


仮にも勇者太郎の父、勇者父とともに世界を救ったパーティの一員がこの勇者母なのだ。

経験値、レベル、圧の使い方、そのすべてが幼馴染剣士を凌駕していた。


「ひいっ、命だけは!」


一瞬で幼馴染剣士は膝を折り、命乞いをし、金を差し出していた。

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