第3話 悪夢の夜

 奈月は、子どもに戻った夢を見ていた。


工事現場の資材置き場で、友達と遊んでいたはずなのに。


気づいたら、ひとりぼっちで、知らない洋館をさまよっていた。


着がえた覚えがないのに、黒いローブ姿にかわっている。


窓の外には、数えきれないほどの星が輝いていた。


すごい!奈月は、星の光に誘われて、庭園へ出た。


その後で、なにも考えず外に出てしまったことを後悔した。


庭園には、たくさんの魔物がいた。


頭が3つもある巨大な黒い犬。


コウモリの翼とサソリの尾をもつライオン。


2m近くある巨大なオオカミ。


そして、わしの翼が生えたライオンの体に、わしの頭をもつ、グリフォン。


 花に囲まれたあずま屋で、青年が読書していた。


「君……。」と、青年が奈月に気づく。


変わった容姿の青年だった。


雪のように真っ白い髪。瞳は、血のように真っ赤。


青年の赤い瞳に見つめられて、奈月は、怖くなった。


「きゅ、吸血鬼?」


「吸血鬼じゃないかな。」


白髪の青年は、身構える奈月を見て、困っている。


「もしかして、僕の見た目のせい?僕、アルビノなんだよ。先天的に、人よりメラニン色素が少ないんだ。」


青年が、ライオンのバケモノをつれて、近寄ってきた。


「怖がらなくても、大丈夫。スコッチは、危害を加えたりしない。」


すこっち?と、首をかしげる奈月に、この子の名前だよ!と、青年は話す。


「君、人間の子だろ?マンティコアを見たのは、はじめて?」


なでてごらん!と、青年に促されて、奈月は、おそるおそる、手をのばした。


マンティコアは、喉を鳴らしている。


「サソリの尾には、気をつけてね。ドラゴンも死んじゃうくらいの猛毒がつまってるから。」


「猛毒!?」奈月は、あわててマンティコアから手をはなした。


それを見て、青年は、笑っている。


「この話をすると、みんな、そういう反応するんだよね!うちの魔物は、ペットだから、野生みたいに、いきなり襲ってこないから大丈夫だよ。マンティコアに乗ってみる?浮遊魔法とは、また感覚が違って楽しいよ!」


青年が、マンティコアにまたがる。そして、奈月を、マンティコアの背に引きあげた。


マンティコアは、ジェットコースターに乗っているような疾走感。


桜並木の上を滑空して、マンティコアが、川面に映る星に触れる。


顔にかかる水しぶきの冷たさが気持ちよくて、奈月は悲鳴をあげた。


「アザゼルー!」と、庭園で、誰かが呼んでいた。


名前を呼ばれて、青年は、マンティコアに下降のサインを出す。


マンティコアが舞い降りた庭園には、赤毛の青年がいた。


「よかった!亡霊の子が、ひとりおらんと思ったら、アザゼルといっしょやったんか。」


赤毛の青年が話す言葉には、独特の訛りがあった。


アルビノの青年・アザゼルが言う。


「この子が、魔物に興味津々だったから、つい遊んじゃった。心配させちゃったね、ハデス。」


「ハデス!?」


赤毛の青年が、そう呼ばれた時、奈月は、びっくりした。


「ここって、冥界……。」


そうだ、あの時………と、奈月は、思い出した。


資材の山を、誰が一番早く登れるか、友達と競争してて。


俺、足が滑って、とっさに、そばにあったものをつかんだんだ。


それで、鉄パイプが崩れてきて………。



 「かわいそうに。死んだことに気づいてなかったんだ。」


アザゼルは、奈月に同情している。


「俺、これから、どうなるの?」奈月は、怖かった。


ハデスは、しゃがんで、震えている奈月に目線を合わせた。


ハデスが、上を指差している。奈月も、満天の星空を見上げた。


「あれは、全部、エリュシオンに昇った人たちの、命の炎。君も、あそこにいくんだよ。」


「いって、どうなるの……?」


「ほら。今、流れ星が見えたでしょ?あの光は、地上で新しく生を受けるために、冥界を旅立った魂。エリュシオンに昇った人は、ああやって、また別の誰かに生まれ変わる。ここでは、そうやって、輪廻転生が繰り返されるんやで。」



 そこで、奈月は、目覚まし時計に起こされた。


「どうして……。」奈月は、つぶやく。


どうして、今更、冥界の夢を見たんだろう。


昨日、久しぶりに、マンティコアに会ったからかな……と、思いだして、奈月は、くすっと笑った。


スコッチ、まだ俺のこと覚えててくれたんだね。



 今日は、奈月が研究所の見学に来る約束の日。


昼過ぎ、駅に着いたと連絡を受けて、耀は、奈月を迎えに行った。


駅と研究所の道中にある店は、どの店も‘‘Mother’s Day!’’の垂れ幕が下がっている。


「母の日なんかする?」と、耀は、奈月にきいた。


「するよ。花を供えに行くんだ。お母さんのお墓に。」


「え!?」そんな答えが返ってくると思わなかったから、耀は困った。


しまった!誰にでも、母親が当たり前のようにいるつもりで聞いちゃった!


そうだよ!こういう人もいるかもしれないのに!


「なんか、ごめんね。」


「あ、気にしないで。」と、奈月は、ふつうだった。


「お母さんが死んだのって、僕が小学生の時だから。松岡家の母の日は、もう17年間こうなんだ。耀くんは、なにか、お母さんにプレゼントしたりするの?」


奈月が、雑貨屋をのぞく。


「こういうの、女の人、好きだよね。」


奈月が、店頭の花柄のポーチを手にとった。


「俺には、レジに持ってく勇気ないよ。」耀は言った。


「完全に、母の日にあげるんだろ!って、バレバレじゃん。今年も、カレーつくる。」


「カレーつくるの?いいね!ごはんつくってもらうのって、すっごく助かる!いいなー。僕も、たまには、人につくってもらったごはん食べたい。」


「松岡博士は、つくらないの?」


「お父さんは、ダメだよ!卵焼きも焼けないんだから!僕がつくるか、買ってきたものを食べるかだね。」



 耀は、最初に、研究室を案内した。


中央のテーブルを囲むように、本棚が並んでいる。


本棚に隙間なく詰められている魔道書を見て、


「魔道書って、これで全部?」と、奈月はきいた。


「ここにあるのは、必要なのだけ。」と、耀が言うから、


「もっとあるの!?」と、奈月は驚いた。


「研究テーマが変わると、書庫の本と入れかえるんだよ。書庫は別棟なんだけど。ほら、渡り廊下の向こうの棟がそう。」


と、耀は、奈月を案内する。


 渡り廊下にさしかかると、奈月は、おかしなことに気づいた。


さっきまで晴れていたと思ったけど、雨が降っている。


「あれ?雨なんて降ってたっけ?」


よく見たら、雨が降っているのは、中庭だけだった。


妃乃と神龍が、雨ごいの魔法の実験をしている。


「魔法の実験は、中庭でやるんだよ。こんな感じに。」と、耀が説明していると、奈月くん!と、妃乃が、やってきた。


「せっかくだし!私の新作の魔法、見て!」と、妃乃が杖を振った。


木陰のベンチの下に光が交差して、魔法陣ができあがった。


魔法陣の光に包まれた途端、ベンチが巨大化する。


「やりすぎ!」耀は、言った。


中庭に面して、寮が建ってるんだが、ベンチが、その寮の3階分の高さに達している。


「こんな椅子、誰が座るんだよ!」と、耀は、つっこんだ。


「妃乃が大きくするのは、俺の魔法陣だけでいいよ。」神龍も言った。


「もとに戻して。」と、耀に注意されて、「はーい。」と、妃乃は、ミクロの魔法陣を描いた。


魔法陣の光をあびたベンチが、もとの大きさに戻る。


「妃乃ちゃん、すごい魔法だね!」と、奈月に褒められて、


「でしょ!?すごいでしょ!?」と、妃乃は、嬉しくて興奮している。


「妃乃ちゃんの魔法を見たら、僕も魔法つかいたくなっちゃった。ねぇ、耀くん。僕も、魔法つかっていい?」


奈月が、杖を出した。


「え、左利き?」耀は、奈月が杖を左手で握っていることに驚く。


「うん、そうだけど。なんで?」奈月が、きょとんとしている。


「俺も左利きだから。」と、耀も、左手に杖を出した。


「じゃあ。僕ら、レフティ仲間だね!」と、笑っている奈月に、


「奈月って、どんな魔法つかうの?」神龍がきいた。


「見てて。」奈月が、中庭に向けて、杖を振った。


宙で交差した光が、時計の文字盤の魔法陣を描いた。


魔法陣に映る映像を見て、「なにこれ!何があったの!」と、奈月が吹き出す。


妃乃も爆笑している。


奈月がつかったのは、過去の出来事を映す魔法。


魔法陣に映ったのは、神龍が、耀の風魔法で吹っ飛ばされた、この前の事故だった。


笑っちゃいけないと思って、耀は我慢していたけど、やっぱり、おかしかった。


今見たら、コントだ。体を張っているリアクション芸人にしか見えない。


「おまえは、笑うなー!」と、神龍が、耀の背中を強く叩いた。


「痛っい!!」と、耀が悲鳴をあげる。


耀と神龍が騒ぐかたわらで、奈月が戸惑い顔でスマホを見ていた。


「どうかした?」と、妃乃はきいた。


「電話みたい。知らない番号なんだけど………。」


「とりあえず、出てみたら?」妃乃は言った。


奈月が電話にでる。


奈月の受け答えから、なんとなくまずいことがあったのは、わかった。


耀と神龍も心配して、会話を聞いている。奈月が、電話をきった。


「なんか、あった………?」耀が、きいた。


「うん………。」奈月の声が暗い。


「ごめん。俺、すぐ病院に行かなきゃ。お父さん、救急車で運ばれちゃった。」


沈黙の時間が流れた。数秒後。


「えぇー!?」という、耀、妃乃、神龍の叫び声が、中庭にとどろいた。



 奈月のケータイにかかってくる知らない番号からの電話は、圭がらみのトラブルに決まっている。


例のごとく、今回も、そうだった。


耀の空間転移魔法で、病院にワープして、あわてて駆けつけたのに。圭が倒れた理由をきいたら、奈月は、呆れた。


「寝不足だぁ――!?」奈月は、病室で、叫んでしまった。


「なに!?そんなんで運ばれてんの!?心配しちゃったじゃん!」


「最近、仕事が忙しかったし、疲れがたまってたのかな。」


圭には、笑える元気があった。


「出先で、めまいがしちゃったんだよね。親切な人が、救急車呼んでくれて。大丈夫、それだけなんだ。でも、お医者さんが念のためって、今晩、入院することになっちゃった。悪いけど、着がえとか歯ブラシ持ってきてよ、奈月。」


そう言って両手をあわせる圭を見て、奈月は、ため息をつく。


「ほんと、人騒がせなんだから。とってくるから、待ってて。」と、病室を出ようとしたら、「奈月、待って!」と、耀に呼び止められた。


「俺が、また魔法陣描くよ。」耀が、杖を振った。


耀の魔法に助けられっぱなしで、奈月は、頭があがらない。


「ほんと、ごめんね!ありがとう、耀くん!」


空間転移魔法陣をくぐり、今度は、家にワープする。


無事、圭に必要なものを届けることができたし、


耀、奈月、妃乃、神龍は、病院をあとにした。


帰りのタクシーで、奈月は、ずっと、愚痴っている。


「わかったでしょ?僕のお父さん、ほんと、ダメダメなんだから!」


圭が今までにやらかしてきた伝説を話しだしたら、奈月は止まらなかった。


授業参観の日を間違えて、圭が、全然関係ない日に学校に来たせいで、中学を卒業するまで、奈月が笑い者になった話。


電話している最中に、圭が、自分のケータイを探し出す話をきくと、「漫画!?」と、耀は、驚いた。妃乃は、「変なの!」と、笑っている。


新幹線に、スーツケースを忘れた話で、「え、なんで、そんなデカイもの忘れんの?」と、神龍も、つっこんだ。


「僕にきかないでよ。普段、持ち歩かないから忘れちゃったんだって。」


タクシーの運転手も、「お父さん、おもしろいね!」と、笑っている。


「笑いごとじゃないんです!」と、奈月は、後部座席から言った。


 タクシー代は割り勘にしようと、みんな言ったけど、奈月は、俺が払う!と、きかなかった。


うちの騒動に巻きこんでしまったのが申し訳なくて、こうでもしないと、奈月の気がおさまらなかった。


 妃乃に、「夜ごはんどうする?」と、きかれた時、神龍の答えは、決まっていた。


「ラーメン!」神龍は、時計を見る。5時半を過ぎたところだ。


「ライスお代わり自由は、6時までだ。今行けば、間に合う!」


「ほんと食いしん坊なんだから、神龍は。」と、妃乃は呆れている。


「ラーメン、この前、食べたじゃん。違うのにしよう?」と、耀も言った。


「僕、ラーメンがいいな!あそこ、おいしいよね!」と、奈月が賛同する。


奈月と神龍が、意気投合して、先に行ってしまったから、耀と妃乃も追いかけた。


この前に食べたのと同じラーメンだけど、空間転移魔法をつかった後で、おなかがすいていたから、耀は、大盛を食べた。



 改札まで、奈月が見送りに来てくれた。


「みんな、今日はつきあわせちゃって、ごめんね。」


手を振る奈月が、耀には、寂しそうに見えた。


なんか、奈月をひとりにしちゃいけない気がする。


「奈月!」と、耀は戻った。


「やっぱり、奈月の家に泊まってもいい?」


「もちろん!」


「それって、パジャマパーティー?楽しそう。私も、まざりたいな。」


「おい、妃乃。」と、神龍が、妃乃の肩をつかんだ。


「俺たちは、帰って、学会に提出する論文、書かなくちゃ。」


「そうだった……。」と、思い出して、妃乃は、がっかりしている。


「論文がなければ、私も、まざりたかった。」


研究所に帰る妃乃と神龍を、耀と奈月は、改札で見送った。



 家に着いて、手洗いうがいをした後、奈月が向かったのは、母親の仏壇。


耀も、いっしょに、お線香をあげた。


写真の母親に、耀は、手を合わせて、心の中で挨拶した。


『はじめまして。戸田耀です、最近、奈月と友達になりました。』


仏壇には、ひまわりが飾られていた。


ひまわりの花瓶の下に、魔法陣が光っている。


「なに、この魔法陣?」


「時間の流れを遅くする魔法だよ。」奈月が言った。


「お花が、すぐに萎れないように、時間の速度を変えてるんだ。時属性の魔法って便利だよね。時間の流れを速めれば、お米だって一瞬で炊けるし。圧力鍋なんて、僕、使ったことないよ。」



 奈月が、リビングの電気をつける。


ソファーに出しっぱなしのギターに気づいて、あ!と、奈月が叫んだ。


「ごめんね。散らかってるけど……。」と、奈月がギターをつかむ。


「それって、奈月のギター?」


「そうだよ!」と、奈月がギターを抱いて、ソファーに座った。


耀も、向かいのソファーに座った。奈月は、チューニングした後に言った。


「せっかくだし、歌っちゃおうかな!」


透明感のある澄んだ歌声、力強さの奥に、哀愁を感じる。


奈月の音楽に、耀は感動した。


「やば!奈月、歌、うますぎじゃね!?」


「ありがとう!」


「なんの曲?初めて聞いたけど。歌詞が、すっごく心に響いた。」


うれしい!と、奈月は喜んでいる。


「実はね、これ、作詞作曲、松岡奈月だよ。」


「ふぁ!?うそ!?」


「うそじゃないよ!普段、感じたことを歌にしたんだ。音楽って不思議だよね。落ちこんでる時とか、疲れた時に聴くと、元気になれるじゃん。俺、音楽も、魔法の一種だと思うんだよ。」


「楽器できるやつって、すごいと思う。なんで、指動くの?」


「言うほど難しくないよ!耀くん、弾いてみない?」


「え!?俺、ギターなんて触ったことないよ!」


「俺が教えてあげる!」と、奈月は、戸惑う耀に、ギターを持たせた。


奈月に言われたとおりに、耀は、左手で、弦をおさえた。


右手で爪弾くと、音が鳴った。少し、感動した。


教えられたとおりに弾いていたら、なんだか、聞き覚えのあるメロディーだった。


奈月の歌いだしを聞いて、耀は、気づいた。


「Stand by me!」


「わかった?」と、奈月は、笑っている。


「この曲は、メジャーコードの繰り返しなんだよ。おさえやすいコードだから、初心者でも弾きやすいでしょ?」


教えてもらっても、耀は、たどたどしくしか弾けない。


奈月に促されて、間違えながらも、なんとか最後まで弾けて、はぁ……と、耀は、ため息をついた。


「弾けた……。」


「上手、上手!耀くん、自信持って!」


ギターの練習に夢中になっていたら、夜が更けていた。


楽しそうにしていた奈月に、不意に、影がさす。


「ありがとう、耀くん。ひとりで過ごしてたら、俺きっと落ち込んでたよ。」


「親が倒れて、平気なやついないよ。松岡博士が、救急車で運ばれたってきいて、俺もびっくりしたし。治癒魔法の天才が倒れるなんて、よっぽど悪いのかと思った。大事なくてよかった。」


「お父さんは、自分のことまで気がまわらないんだよ。他人のことばっかり心配しちゃう人だからさ。」


夜が更けたテンションのせいか、奈月が、深い話を始める。


「ねぇ、どうして、耀くんは、魔法学者になりたいって思ったの?」


「なりたいっていうか………。魔法が好きで勉強してたら、気づいたらなってた。みたいな。」


「なにそれ!それで研究所の所長になれちゃうの?」


「魔法陣かくのが、楽しくてさ。絵をかくのが好きで。……奈月は?」


「俺の場合、両親が魔法学者だったから、魔法って、身近なものだったんだよね。ほんとのこと言うと、音楽でやっていきたいって考えたこともあるよ。でも、魔法の可能性を広げたいって気持ちの方が強かったんだ。お父さんの研究、昔から手伝ってたし。」


「奈月、もし、よかったらだけど………俺とバディ組まない?」


「耀くんみたいなすごい人と、俺がバディ?気持ちは、嬉しいけど……。」


奈月が、急に、悲しそうな顔になった。


「俺がゾンビだとしても、耀くんは、バディ組んでくれる?」


「は??」


奈月が言っている意味がわからなくて、耀は、ぽかんとした。


奈月は、つづける。


「俺の時間はね。本当は、8歳で終わってるんだよ。資材置き場で遊んでたんだ。資材の山のてっぺんに、誰が一番早くたどりつけるか、友達と競争してたら、俺、崩れてきた鉄パイプの下敷きになっちゃった。今、こうして生きてるのは、お母さんが、本来、自分が生きるはずだった時間を俺にくれたから。」


突然、打ち明けられた秘密に、耀は、絶句してしまった。


奈月の言っていることが本当なら、奈月の母親は………。


「黒魔法、つかったってこと………?」


耀の問いに、奈月は、うなずいた。けど、耀は、まだ信じられない。


「どうやって……黒魔法は、禁忌だし。黒魔法の発動の仕方が書いてある本なんて、どこにもないのに。」


「お母さん、魔女の家系だったんだ。だから、知ってたんじゃないかな。黒魔法をつかって冥界に行って、ハデスと反魂の契約したんだよ。不思議だったんだ。俺、死んだと思ったのに、いつのまにか家に帰ってるんだもん。お母さんが、俺の身代わりになったこと、あとで、お父さんから聞いたよ。」


「奈月……。」耀が、つぶやく。奈月は、笑顔をつくって言った。


「そんなわけだから、俺、すっごく霊感が強いんだ。見えなくていいものが見えちゃうし。聞こえなくていい声が聞こえちゃう。ごめん。怖がらせたいわけじゃないんだよ。ただ……。バディには、秘密をつくりたくないから。誘いを受けたら、必ず、この話はしてるんだ。」


これで、耀くんとは、終わりだね。何も話さない耀を見て、奈月は思った。


自分の正体を明かして、バディを組んでくれた人なんて、ひとりもいなかったし。距離をおかれて、友達でさえなくなった人もいた。


 「俺は、いいよ。」と、耀が手をあげる。


「うん、そうだよね。誰も、こんなのとバディ組みたくないよね。」


という奈月の発言に、え?と、耀は、きょとんとしている。


「いいよって、Yesの方のいいだから!」


はぁ!?と、今度は、奈月が叫ぶ番だった。


「いや、嘘でしょ!だって、耀くん!今、ひいてたじゃん!」


「ひいてた?ちがう、ちがう!母ちゃんが黒魔法つかったって話に、びっくりしてただけ!俺には、特に話すような秘密はないけど……あ、喘息で体が弱いってことかな。」


「耀くんは、俺が怖くないの?俺、一回、死んで。生き返ってるんだよ。」


「そんなこと気にするくらいなら、最初からバディ組もうなんて、誘ったりしないって。奈月の時間の魔法と、俺が得意な空間系の魔法、相性いいと思うし、もっと魔法の可能性を広げられるよ。難しく考えなくていいって。なにかあったら、助け合えばいいじゃん。バディなんだから。」


奈月が、絶句している。「奈月?」と、耀は、声をかけた。


「俺、びっくりして………そんなこと言われたの初めてだったから………。うれしい。俺、ほんとは、ずっと、バディが欲しかったんだ。」


奈月が泣きそうになっているから、耀は、おおげさ!と、背中を叩いた。


「よろしくね。耀くん。俺、足引っ張らないように、頑張るから。」


奈月がソファーから立ちあがった。


「どこいくの?」と、耀は、リビングを出ようとしていた奈月にきく。


「実は、俺も書きかけの論文あったんだよね。あと一万字で終わるんだ。やる気出たから、寝る前に、ぱぱっとしあげてくるよ。耀くんは、先に休んでて。」



 耀は、ソファーで、そのまま寝てしまった。


夢の中で、耀は、火あぶりにされていた。熱い空気に、肺を焦がされる。


息ができない。苦しくて、目が覚めたら、リビングは、火の海。


吐き気をもよおす臭い黒煙が、部屋に充満している。


煙が目にしみて、涙がボロボロ止まらない。


まわりを炎で囲まれて、耀は、パニックで、動けなかった。


苦しくてむせていると、奈月の声が聞こえた。


奈月の声をたよりに、耀は、よろよろ、歩いた。


煙の向こうにつきだした手が、つかまれる。


そのまま、ひっぱられて、炎から脱出した。


外の新鮮な空気が肺に入ってきた途端、耀は、地面に、ぶっ倒れた。奈月も、ぶっ倒れている。


 暗がりから、誰かが歩いてくる。


小柄な背格好だったから、女かと思ったけど、炎が照らしたのは男だった。


ベージュ色の髪、異様な肌の白さ、ミステリアスな顔つきの男。


「こんばんは、奈月くん。」


男を見て、奈月は、凍りついている。やがて、奈月が、つぶやいた。


「………クロウ?」


「へぇ。死神の俺のこと、覚えててくれたんだ。」


クロウと呼ばれた男は、奈月をつかんで引っぱった。


「事情が変わってさ。悪いけど、また冥界に来てほしいんだよ。」


死神?冥界?耀は、話に追いつけなかった。


けど、やばい状況ってことはわかる。


「おい!」と、耀は、男の腕をつかんだ。「嫌がってんじゃん!はなせよ!」


「部外者は、黙っててくれない?」男が、するどく耀を睨む。


「それとも、痛い目みないとだめ?」


男の足元に、十字架の紋章魔法陣が光った。


魔法陣から噴き出した影に驚いて、耀は、男から手をはなしてしまった。


影に覆われた男の体が、膨れあがっていく。


耀は、見ている光景が信じられなかった。男の正体は、漆黒のドラゴン。


ドラゴンが、奈月をつかんで飛び上がる。「耀くん、助けて!」


奈月が、手をのばす。しかし、耀の手は、届かなかった。


耀は、ドラゴンのブリザードに吹き飛ばれて、地面に、叩きつけられた。


耀が覚えているのは、そこまで。



 この固くて寝心地が悪い感覚、知ってる………病院のベッド!


目が覚めた瞬間、耀は、右足に激痛が走って絶叫した。


足が、ギブスで固められていた。骨折してる。咳も止まらない。


呼吸が落ちつくまでの間、耀は、母親に背中をさすられていた。


やっと、発作がおさまった時、耀は、ため息をついた。


両親だけじゃない。弟の朝陽あさひ海斗かいともいる。


ベッドサイドにいる家族の顔を見たら、めちゃくちゃ心配させてしまったことくらい、わかる。


この光景は、デジャヴだ。昔、マラソンの授業で倒れた時のことを耀は、思い出した。


あの時、家族に、二度とこんな顔させないって、誓ったのに。


「心配かけて、ごめんなさい。」



 家族が帰って、夕方。ひとりになってしまった耀は、いろいろ考えていた。


あのドラゴンは、なんなんだろう。奈月は、どうなっちゃったんだろう。


ぼーっと、窓から見える夕日を眺めていたら、突然、病室のドアが開いた。


「耀!無事か!」と、ドアを開けたのは、神龍。


妃乃と圭も、病室に駆けこんでくる。


驚いた拍子に、耀は、咳が止まらなくなって、ちょっと待って!と、手で合図した。


「大丈夫?」と、圭が、むせる耀の背中をさする。


「はい、水飲む?」と、妃乃は、水をわたした。


咳がおさまった後、「なんで、ここがわかったの?」と、耀は、きいた。


神龍が話す。


「博士から連絡があったんだよ。研究所に奈月がいないか!?って。それで、博士から火事の話をきいて。耀も、みつからないし。耀の家族に安否確認したら、ここに入院してるって教えてもらった。」


「ねぇ、昨日なにがあったの?」そうきく圭の声は、震えている。


「帰ったら家なくなってて、びっくりしたんだけど。奈月はどこ?」


昨晩の出来事を耀からきいて、圭は、卒倒しかけた。


「わぁ!博士!」「大丈夫ですか!」と、妃乃と神龍が支える。


「大丈夫………。」と言ってはいるが、圭の顔は、真っ青。


「耀、どういうこと?ドラゴンが、奈月くんをさらった?」と、妃乃。


「死神とか冥界とか、言ってたけど………。」と、神龍。


妃乃と神龍は、まだ奈月の秘密を知らない。


「こうなったら、話さないわけにいかないよね……。」


圭は、反魂の契約のことを話した。


黒魔法ときいて、妃乃は震えている。


「てことは、森にあった黒魔法の痕跡は、奈月くんのお母さんが黒魔法をつかった時の痕跡………。」


「反魂の契約か。なんか納得いかないな……。」神龍は、もやもやしている。


「そんな契約しなくても、お母さんが黒魔法つかってまで、冥界に直談判しに行ったんでしょ?ハデスは、ふつうに帰してあげればいいのにね、奈月を。」


「それは、難しいかな。」と、圭。


「誰かが代わりにポストを埋めないと、死んだ人は生き返れないって契約書に書いてあったし。ハデスは、ルールに厳格なんだ。ひとつでも例外を認めたら、冥界の秩序が乱れちゃうから………。」


その数秒後、待って!と、圭が叫んだ。


「これって、契約違反だよ!冥界は、奈月をこんなふうに!強制的に、連れ戻しちゃいけないのに!」


「抗議しに行きます?赤い魔法陣の先は、冥界なんですよね?」と、耀。


「そうだけど……。」と、圭は、口ごもった。そして、首を横に振る。


「森にあった赤い魔法陣は、黒魔法のただの痕跡なんだ。正式ルートは、別にある。マンティコアが出てきたってことは、一応、冥界へつながってるだろうけど。魔法陣をくぐった後、どうなるかわからないし。あそこから冥界に行くなんて、無謀すぎるよ。」


「それでも、いいです。奈月を助けたい。」耀は、言った。


バディなんだから、助け合えばいいじゃんなんて、大きなこと言っといて。そばにいたのに、なにもしてやれなかった。


「あの赤い魔法陣、空間を歪ませれば出てくるんですよね。俺が、空間転移魔法で、あの赤い魔法陣を呼び出します。だから、行きましょう、博士。」


「待って、耀!私も行く!」と、妃乃が手をあげた。


「俺も。」と、神龍も、行く気満々。


「みんな、ありがとう。」圭は、杖を出した。


「入院してる場合じゃないよね、耀くん。」


 治癒魔法の光は、あたたかかった。不思議なくらい体が軽い。


魔法陣が弾けた後、耀は、そっと、ギブスで固められた足を動かしてみた。もう痛くない。


「ありがとうございます、博士!」


 耀、妃乃、神龍、圭が円陣を組んでいた最中、ドアが、ノックされた。


ドアを開けたのは、怪訝な顔の看護師。


「どうかしました?」と、看護師にきかれて、圭が、苦笑いしている。


「あの。彼、もう退院できるみたいですよ。」

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