獣人の騎士

@kotyanosuke

プロローグ

ハジマリノヨル

雲ひとつ無い夜空に、見事な満月が浮かんでいる。

その月を飾るように、無数の星が輝く。

眼前には泉があり、波打つ水面は月明かりを反射する。

この幻想的な空間を冷たい空気が包み込んでいるが、背に当たる彼の温もりのお陰でこれっぽっちも寒く感じない。

満月から視線を彼の顔に移す。

月を眺めているかと思ったが、彼は優しさを宿した目で私と、私の膝で眠る娘を見つめていた。

彼と目が合い、私は微笑む。


「綺麗な月ね」


私は娘の頭を撫でながら彼に話しかける。

彼は満月に目を向けると、肯定するように喉を鳴らす。

私はフフッと小さく笑い、彼の体にもたれかかる。

銀色の柔らかい毛が首元に当たり少しくすぐったいが、彼の体温が直に伝わり心地良い。

再び、満月に目を向ける。

暫く月見を楽しんでいると、彼の体が強張った様に感じた。

彼の顔を見ると、彼は木々で月明かりが遮られた暗闇を、鋭い目で睨みつけていた。


「どうしたの?」


そう問いかけると、彼は急に体を起こした。


「わっ!」


背中を預けていた支えが無くなり、私は後ろに倒れてしまう。


「なぁに…どうしたの…?」


倒れた拍子に娘が起きてしまった。

眠そうな顔で目を擦っている。

再び彼に目を向けると、彼は低く唸り声をあげた。

私はそれを聞くと、娘を抱いて彼の背後に下がる。

彼が睨みつける先の暗闇から、一人の人間が現れた。

外套を纏い、つばの広い帽子を被った男だ。

その男はゆっくりと左手を挙げると、それを振り下ろした。

手が振り下ろされると、男の背後から何かが飛んできた。

その瞬間、彼が身体を捻り、長い尻尾を振り抜いた。


「きゃあ!」

「カティア!」


彼が尻尾を振り抜くと突風が巻き起こり、私は娘を庇うように抱きしめた。

地面に飛んできた何かが刺さる。

それは何本もの矢だった。

男の方を見ると、男の背後から十数人の人間が現れた。

皆、一様に外套を身に纏い、フードで顔を隠している。

そしてその手には剣や弓が握られていた。


「あなた……」


彼に声を掛けると、彼は私の目を見る。

彼の目はカティアを頼むと私に告げていた。


その目を見て、私は娘の手を強く握る。

そして彼は遠吠えをあげた。


「カティア!逃げるわよ!」


娘の手を握り、走り出す。


「お父さん!」


娘がそう叫ぶ。

走りながら彼の方を振り返ると、彼は武器を持つ人間達に飛び掛っていた。


「カティア急いで!」


早く逃げなければ。

カティアをあの人達に渡してはいけない。

この子は何がなんでも守らねばならない。

絶対に。


突如、彼が吠えた。

それは私達に危険を告げるものだった。

振り向いた時、数本の矢が私達に迫っていた。


「危ない!」


咄嗟に娘を庇う。

背中を鋭い痛みが襲った。

一本の矢が私の背中に刺さったらしい。

その痛みで思わず声を上げる。


「お母さん!!」

「大…丈夫……逃げる…わよ…」


私は無理矢理立ち上がり、娘の手を引いて駆け出す。

彼とは生きているうちには会えないだろう。

なんとなくそんな気がした。

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