第29話 祖母の病気と最後の茶会

翌日、私は学校を休み、辻上級警備員と二人で祖母の家へ向かった。


祖母:「どうしたんだい、利子ちゃん。」


私:「おばあちゃん、病気ってほんと?」


祖母:「あらあら、知られてしまったのね。まずは上がりなさい。」


家に上がると祖母は静かに話し始めた。


祖母:「私はね、あと半年で寿命を迎えるそうよ。でも満足しているの。利子ちゃんが千利休の逸話を好きになってくれたから。きっと利子ちゃんが千利休の逸話をみんなに伝えてくれる。そう信じられるから、私は安心しているの。」


私:「私、そんなに強くない。おばあちゃんがいなくなったら、私、逸話を話せなくなる。」


祖母はもう一度『心の持ちよう』『侘び茶の極意』『台子に頭をぶつける』の逸話を語った。


祖母:「利子ちゃんなら、大丈夫よ。あなたの両親には、病院に入院することを勧められていたの、そうね、そろそろ療養しようかしらね。」


翌朝、祖母は、利休が切腹をする前におこなった『最後の茶会』の逸話を話してくれた。


祖母:「利休居士は、主だった弟子達を茶会に招くの。弟子達が待合に集まり露地を見つめると、木々が震え、葉が擦れ合う音が聞こえてくるの。灰色の石灯籠は黄泉の国への番兵のように立っていて、そんな中、茶室へ誘う合図となるお香の匂いが漂ってくるの。」


私:「なんか、厳格な雰囲気だね。」


祖母:「そうね。さて、弟子たちが席に着いて周りを見ると、床の間には、現世の儚さを表現した見事な墨蹟があったわ。釜からは、去り行く夏を惜しむ蝉の鳴き声のように、悲しげな音が聞こえてくる。やがて利休居士も入室するの。一人ずつ順にお茶が供され、一人ずつ無言で飲み干し、最後に利休居士も茶を飲み干す。」


私:「お茶は、利休が点てたの?」


祖母:「そうよ。一人に一服ずつね。作法に従い、正客が道具の拝見を乞い、利休居士は掛軸を含め、様々な道具を客の前に並べるの。弟子達全員が道具の美しさを讃え終わると、利休居士はその道具を一つずつ形見として席中の人々に分け与えた。でも自分が口を付けた茶碗だけは、手元に置くの。不幸な者の唇によって汚された茶碗を、他人に使わせてはならないと言って、茶碗を粉々に砕いてしまうの。」


私:「なぜ?」


祖母:「弟子達に、自分と同じ切腹という道は歩ませまいとする強い意志が、茶碗を割るという行為になったのね。利休居士は様々な道具を形見分けした。でも茶碗を目の前で割ることで、弟子達に親心を伝えたの。」


私:「親心?」


祖母:「利休居士は親、弟子は子に例えて、茶碗を割る行為が親心。親は何の見返りも求めず子供を育てるわね。でも、見返りを求めない行為だけだと、おもてなしの心は伝わらず、ただの奉仕になってしまうの。大切なのは、亭主と客が心を通じ合わせることよ。これを一座建立と言うの。」


私:「一座建立。」


祖母:「一座建立は亭主と客が共に作る、おもてなしの空間。そこにはおもてなしの心があふれているのよ。」


私:「私、一座建立をみんなと一緒に築いていきたい。」


祖母:「そうね。私もそう思って、今まで生きて来たわ。そして織田一族と、現当主と、先代当主の2人と戦った。先代当主は私に敗れ、この地を去ったわ。でも現当主には1回しか話す機会がなかった。」


私:「もう一度、チャンスがあれば、おばあちゃんなら説得できるよ。」


祖母:「私の病気は喉の病気なの。もうすぐ話ができなくなる。残念だけれど、もう現当主と話し合う機会はないと思うわ。」


私:「そんな!」


祖母:「大丈夫よ、利子ちゃん。高山さんを頼りなさい。あの子には大切な話をしてあるわ。さあ、学校があるでしょう。みんなのところへ帰って、元気な姿を見せておやり。」


私:「うん。私、頑張る。おばあちゃんの分まで、頑張るから。」


私は祖母に別れを告げ、学校へ向かった。


◆◆◆


現在の利子の特殊能力

 ・逸話の伝道師・中級(☆LVUP↑)

  『丿貫の落とし穴』『三献茶』『落ち葉の風情』

  『密庵咸傑墨蹟』『森口の茶人』『一両の茶巾』

  『心の持ちよう』『侘び茶の極意』『台子に頭をぶつける』

  『最後の茶会』

 ・茶道・一座建立の心得(☆LVUP↑)

 ・みんなのリーダー・中級

 ・利休派への勧誘力・初級

 ・駆け足・得意

 ・長官への信頼・初級

 ・警備員のマドンナ・中級

 ・メモの使い手・初級

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