3-8 カーバンクルと撮影機


 イツキはカーバンクルについて尋ねるべく、白魔女と通信していた。


 机上に布型携帯電話。

 一見裁縫道具セットにしか見えない、これも魔法道具だ。


 正方形の針山に待ち針を一つ刺すと、例え双方が異界に居ても電話がつながる。


 白魔女は魔女裁判所からの通信だろう、声が遠く反響していた。


 イツキが聞き出す前に白魔女の方からつらつらと事情を吐いた。

 なんとカーバンクルは白魔女のペットらしい。


 イツキから人間界に紛れ込んでいる可能性を伝えても、白魔女の返答は呑気だった。


『いつの間にいなくなったのかしら? 気付かなかったわ』


「あんたな、自分のペットすら飽きたらポイの玩具扱いかよ」


 白魔女は怪しく笑い声を吹き込んだ後、珍しく考え込むような声音で、


『作為的な匂いがするわねえ。こちらでも調べさせてみるわ』


「調べるわ、じゃなく、調べさせるわって言うとこがあんたらしいっスね。人遣いの粗さを改める気は?」


『あらやだ、こう見えてデートする暇もないほど私だって忙しいのよ』


 白魔女の言うことが嘘か真かは重要ではない。

 どのみち魔法使いは魔女裁判所の指令に従うだけの派遣社員だ。


「……ってことは師匠が調べてくれんのな。了解、後はこっちで連絡取り合うっス」


『ええ! そんな寂しいじゃない。今から私とデートするのでしょう?』


「うるせー」


 これ以上は無意味な会話に突入するので素早く通信を切断した。


 イツキはホノカから「カーバンクルをヒガンの屋敷で発見した」との報告を受け、ヒガンの屋敷へ向かった。


 よりにもよってヒガンの下に居るとは。

 もしヒガンに魔物の類が集まりやすくなっているのなら一度、調整する必要があるなと気を引き締めた。

 ムカゴは留守番だ。




 ヒガンの屋敷に到着して見たのは、カーバンクルなるリスっぽい小動物が簡易シュレッダーと化していた姿だった。


 不要な紙をせっせとリスに食べさせるレーヴェとクコ。


 カーバンクルの特性として、何処でも際限なく財宝を生み出すのではなく、食したものと同じ質量だけ財宝に変換する。


 今もリスが食べた量と同サイズの宝石が尻尾からコロンと転がり出た。


 カーバンクルは魔物としてそこまで強力な魔力があるわけではない。

 レーヴェもそうだが、クコやヒガンなど身近な人間に悪影響を及ぼすほどではない。


 だが、人間に悪用される危険は高い。

 不用品を食べさせれば宝石に変わるのだから金儲けし放題だ。


 こういったことをヒガンに伝えた上で「返してもらえます?」と要求した。


 ヒガンはイツキを冷ややかに一瞥し、「駄目ね」と一言。嫌ではなく駄目と言った。


「交渉としてなってないわ。私の損失はどうなるわけ?」


 リスに似た外見のカーバンクルを抱きかかえるレーヴェ。

 金銀宝石がポロポロと零れた。


 イツキは汗を一筋垂らした。


「そいつは人間界に存在していいもんじゃねえんスよ。利益なんか出ないし」


 ヒガンはイツキを撥ね退け、すごんだ。


「あんた、それで本当に返すと思ってんの? 舐めんなよ」


 イツキの要求内容にではなく、筋を通していないことが気に障ったようだ。


 カーバンクルが「人間界に存在してはいけない」理由を事細かに説明すれば、ヒガンの言う筋に合うのかもしれないが、彼女らが人間界で暮らしていく以上出来ればこちらの情報を与えたくなかった。


 奪い取ることも可能だが、クコとムカゴのためにも出来る限り軋轢を残したくはない。


 ――実は、イツキは叫び出したくて堪らなかった。


 カーバンクルを一目見た時に、それがかつてイツキの仲間だった一人の魂を宿していることに気付いたからだ。


 ――その子、ルークなんだ。俺の仲間だった奴の生まれ変わりなんだ。何年も探して漸く再会できたんだ。返してくれ――


 だが、そんなことを喚いたところで彼女は信じないし、理解してもくれないだろう。


 イツキは踵を返すしかなかった。





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