3-5 カーバンクルと撮影機

 イツキは魔物辞典をパラパラめくり、「カーバンクル」の頁を見つけた。


 魔物には保有する魔力量などによって序列がある。

 丁度自然界の野生動物に、肉食獣と草食獣で力に優劣があるのと同じだ。


 カーバンクルは魔物としては、そこまで上位ではない。


 ただその特性は人間界では厄介に働くと予想された。

 カーバンクルは、食べて飲み込んだものをひたいの紅色の宝石を介して、同じ質量の金銀宝石に変換する特性があった。


 人間界の生き物にとっては“食事をする”ことは生命活動に必須の事柄だが、しばしば魔物にとってはそうではない。

 食事を取らなくても生きられるものが多い。


 カーバンクルが何かを食べるのは自己防衛本能の一種らしい。

 目の前の敵をパクッと食べてしまえば、危害を加える者はいなくなる。


 その後に変換された金銀宝石はカーバンクルにとってはただの排出物だ。

 しかし、人間にとっては大いに価値がある。


 因みに、どうしてもパクッと食べることが難しい敵からは逃走する。

 額の宝石を捨て、その奥にある鏡と合わせ鏡にして、周囲の鏡の中に逃げ込む習性があることが追記されていた。


 イツキは顎に手を当てた。


「これは確認案件かな」


 壁際の電子ピアノの側で聞いていたホノカがすかさず尋ねた。


「白魔女からの情報は来てないんですよね?」


 白魔女というのは世界で一番偉い魔女で、魔法使いたちの上司だ。


「探り入れましょうか?」


 ホノカの申し出を有り難く思いながらも、


「それは俺がやろっかな。ホノカはカーバンクルの居所、把握してくんない?」


「ラジャー」


 どこぞのエージェントのような返答と共に、ホノカの姿が掻き消えた。


 実際は消えたのではなく、人間には視認不可能なスピードで店を飛び出したのだ。


 ここ数年でホノカの頼もしさが板に付いてきた。

 勿論イツキにとっては彼女は何処までも一番に守りたい恋人だが、それと同時に魔法使いの仕事において信頼できるパートナーだった。


 ムカゴが緑茶を淹れようとしてくれているのが目の端に留まったので呼び掛けた。


「あ、ムカゴ。俺スポーツドリンク飲み残してたからそっちでいーや」


「……小豆ムースとスポドリ、合います?」 


「ムカゴ君、『和菓子には緑茶』という固定観念はいけない。和菓子に合う飲み物をいつだって探求し続けるべきというのが俺の持論だ」


 イツキは小豆ムースを一欠片、匙で掬って食べて、スポドリを飲んだ。


「…………」

「…………」


 ムカゴと十秒見つめ合って、


「……緑茶最高! やっぱ茶菓子には緑茶一択だな!」


「持論の撤退がいつもいさぎよいですね」


 と、ムカゴは憂鬱そうに窓の外に視線を逸らした。

 大粒の雨が歩道を濡らしていた。


「……クコに会いたい……」


 抑揚はないが切実さを感じるムカゴの独り言。

 イツキはどうにかムカゴを和ませようとした。


「何だよ一昨日の面会で会ったばっかだろ。そんなすぐ……」


 イツキの台詞が途切れたのは、ムカゴの視線の先、店の一枚窓の向こうを、雨合羽を着た園児らが楽しげに横切ったからだ。


 少女らの長靴が水溜まりにぴょこぴょこ撥ねた。


 あんな光景を見れば、クコが恋しくなるのも当然だ。


 と、園児らが通り過ぎ、雨間が訪れた。

 通り雨だったのだろう。透明な日差しが降って辺りが明るくなった。


 ムカゴは窓に視線を固定させたまま、もう一度呟いた。


「はあ……。クコに会いたい……」


 ……さっきの訂正。

 年中無休でムカゴはクコに会いたいのだった。





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