お別れは突然に

ゆーり。

お別れは突然に①




桜が咲くにはまだ早い三月の頭。 高校二年生の樹(イツキ)は静かに帰りのホームルームを受けていた。 といっても、内心穏やかではない。 脳内に映し出されるのは半年前の出来事だ。



『樹、おかえり。 突然だけど話があるの』


帰宅するとリビングで母に改まった雰囲気でそう言われた。 母は普段物静かで温和な人であるため、何か言いにくいことがあるのだとすぐに分かった。


『何? 話って』

『その・・・』

『何だよ。 勿体ぶらずに言えよ』

『・・・お父さんの転勤が決まって、ね』

『・・・え?』


まさかこんな時期に、と思わなくもないが決まってしまったことは仕方がない。 今のところ分かっているのは半年後、樹が三年生になるのと合わせるようにここを引っ越すということだ。


『いや、そんな急に言われても』

『本当にごめんね。 でもこれは誰も悪くないの。 仕方ないと思って。 明日磨くんと芽衣ちゃんにも、伝えておいてね』

『そんな・・・』


最初は受け入れられなかった。 自分一人だけここに残ることや父だけ単身赴任することも考えたが、経済状況からして難しい。 高校に行きながら生活費を捻出するのはどう考えても無理だった。

現実を受け止めた樹は母に『明日磨と芽衣には俺から伝える。 学校にも、転校する当日まで誰にも生徒には言わないでって伝えておいて』と言った。 



だが引っ越すことが分かってから半年経っても、まだ親友の二人に伝えることができないでいる。 何度も伝えようと努力はしたが、なかなか言い出せないでいた。


「おーい、樹ー! 帰ろうぜ」

「帰ろ帰ろ!」


ホームルームが終わると二人は樹の席へとやってきた。 バッグを持ち三人はいつものように教室を後にする。 帰り道は同じ。

明日磨(アスマ)と芽衣(メイ)とは小学校からの付き合いで、幼馴染と言える二人だ。 そんな二人と離れ離れになるのはかなり辛い。


―――・・・でも、そろそろ本当に言わねぇとな。

―――もう転校するまで一ヶ月を切っちまったんだ。


だが自分自身引っ越すということに現実感を持てないということもある。 もしかしたらそんな事実はないのではないだろうか、そう思うことがある。 

だから二人にそれを伝えてしまうと、現実になってしまいそうな気がして怖かった。 いつもは三人の中でムードメーカーである樹だが、ジョークを言ったりして場を和ませることが最近上手くできていない。自分が変に思われないよう隠すので精一杯だった。


「あ、見て見て! 桜の芽が出てる!」

「うわ、マジじゃん! もうそんな季節かぁ」

「また来年も桜を一緒に見ようね」


そう言って芽衣は一歩後ろに下がっている樹の方へ振り返った。


「あ、あぁ、そうだな」


目が合い慌てて笑顔を作る。 一瞬切な気な表情を見られたかと思ったが、芽衣は気にしてはいないようだった。 だがそう返事をしてしまったことに樹は今になって後悔した。


―――・・・あと少ししたら、ここにはもう俺はいないのに。


いつもは芽衣を真ん中にして三人で並んでいる。 だが最近は二人を前にして樹が一歩下がっていることが多い。 気持ちが重たいため足取りにも影響が出てしまうのだ。

前にいる二人を見て思い出すのは楽しかった三人の過去。 たくさん笑ってたくさん泣いた。 どれもいい思い出として心にしまっている。


―――もうこれ以上は俺の中だけで隠してはおけない。

―――今言うんだ。


「あ、あのさ」

「うん?」

「樹? どうしたんだよ、改まって」

「その・・・」


二人は立ち止まり樹のことを見つめていた。 樹のいつもと違う雰囲気を感じ取ったのかもしれない。 だは樹自身は気まずくて、顔を直に見ることができなかった。


「俺、実は、て、てん・・・」

「「てん?」」

「て・・・てん・・・ッ! そ、そう、点数! 俺、テストの点数が悪かったんだよ!」


口から出たのは言いたいこととは違う言葉だった。 それを聞いた明日磨はキョトンとした表情の後、笑った。


「樹の点が悪いのなんていつも通りのことじゃん」

「確かにそれはいつも通りだね。 そういう明日磨は、今回のテストはどうだったの?」

「もちろん悪いに決まってんだろ?」

「えぇ!? ちょっと二人共! もう二年生が終わるっていうのに、赤点を取ったらどうするの!?」

「その時のために芽衣がいるじゃんか。 今回もよろしく頼むよ」


二人はいつもの調子で話している。 それを見た樹は二人に隠れ溜め息をこぼした。


―――やっぱり言えねぇよ。

―――大好きな二人と、別れたくなんかない。


それでも決まってしまった家の事情は変えられない。 本当はハッキリと伝えなければならなかった。 だがいつもこの繰り返しで、伝えようとしても直前になるとなかなか言えず誤魔化してしまうのだ。 

そんな日々が続いてしまう。



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