アミとバートは資料を運び始めた。トランとアパラチカは先に出発する。バートが持つ資料の量を見て、アミは、自分ではたいして役に立たないと感じていた。

 アミは代わりに適当な布を探して、資料の上にかぶせる。

「少しは見つかりにくくなるといいんだけど」

「まあ、トランさん、先に行ってるから」

 暇を告げて出発する。

 荷車を押したまま、畑を通り抜けるのは、それなりに大変だった。途中でタイヤが土に嵌って、何度かつま先で土を均さないといけなかった。

「タイヤの跡、あまり残さないほうがいいよね」

 バートの言葉に、面倒だと思いつつも、アミは同意する。土を均して進むのは、結構な手間だ。万が一、そんなところを魔女にでも見られたら、それこそ不審に思われるに相違なかった。

 咲き乱れる花の脇の道を、バートはひたすら荷車を押していた。道といっても舗装されているわけではない。気づかないで石にぶつかってしまい、バートは少しだけ後退して道をずらした。バートが道を覚えていなかったら、2人は迷子になっていたところだ。トランたちは、2人から見えないほど前を歩いていた。

 脇から合流している道で、アミとバートは横から来る女性を見かける。2人は瞬間的に反応し、小声で話し合う。

「もし彼女だったら?」

「何を運んでいるか、訊かれるかもしれない」

「日本語の教科書とでも言っておく?」

「いや、日本人が引き上げちゃってるから」

「それじゃあ……」

「ええと、そうだな、石とか」

「どうして?」

「僕たちは2人とも子どもで、模型の建物をつくってるから」

「わかった」

 女性は2人の目の前を、あっさり素通りしていく。変身した魔女ではなかったようだ。2人はほっと息をつく。

「まずいね、こんな緊張してるんじゃ。もう少しリラックスしないと。遊んでるように見えないや」

「うーん、確かに」

 あたりが暗くなってきた。2人は急いでトランの家に向かう。トランは玄関から外を窺うように見つめていた。

「ああ、よかった。心配したよ」

 4人は急いで日記の束を家の中に運び込む。バートが1人で重たい荷物をたくさん抱え込んだが、トランも少しは手伝おうと思ったのか、杖を置いてケンケンで何冊か持ち込んだ。

「トランさん、無理しないでください」

「ああ、すまない。粉末揚素でも持ってきたほうが、よかったか」

「それって、何です?」

 アミは疑問をぶつけてみる。

「浮遊薬だよ。モノや人を浮かせるんだ」

「へぇ……」

「まあ、簡単に手に入る薬じゃないね。材料が希少だから」

「そうなんですか?」

「そう。アルテンでしか採れない。僕は日本にいたとき、インターネットに触れて、世界中から素材を発注しようとしてみたんだ。だけど、大半の素材は魔法には役に立たないんだ。生きものの、希少な素材だけが役立つんだよ。粉末揚素は、僕が調べた限りじゃ、アルテン桃色蝶しか持ってないんだ」

 聞いたこともない生きものだ。アミは苦笑した。

「それは確かに、珍しそうですね」

「まあ、大きな蝶だけどね」

 すべて部屋に運び込んでしまうと、トランは自室に籠ってしまった。

「たぶん、不安なんでしょう」

 バートはアミに話しかける。

「魔女が来るんじゃないかって」

「どうやって魔女除けの魔法をかけるの?」

「さあ。僕はまだ、そこまでできるほど、修行が進んでないから」

 アミが好奇心に駆られてトランの部屋をのぞこうとすると、アパラチカが間に入った。

「ダメよ。邪魔しないの」

「アパラチカ」

「トランは忙しいの。それに、ここはトランの家なんだから、許可なく奥の部屋を見るなんて、失礼よ」

 アパラチカの言うとおりだった。アミはおとなしく引き下がる。

「ごめんなさい」

「わたしに謝らなくていいけどね。謝るなら、トランが出てきてから、直接謝ってよ」

 アミはアパラチカを見つめた。今のアパラチカの発言を真面目に捉えるなら、知らないトランに、自分の間違いをわざわざ説明して謝る、という話になる。それも、未遂に終わった罪についてだ。

 アミは違和感を覚える。アパラチカが妖精だからなのか、何か他に理由があるのか、それとも、アミ自身がおかしいのか。

 トランが戻ってきても、結局、アミは何も言わなかった。言っても何もプラスにならない。少なくとも、アミはそう思っていた。

「魔女除けの魔法を追加でかけてきた。だけど、今夜はどうする? ここで休んでもいいけど、船に戻ってもいい。ここには、宿泊してもらう準備がないから」

 アミは顔をしかめる。実際、その部屋には、茣蓙が敷いてあるだけで、まともな蒲団なんてない。トランの部屋には寝る用意があるのだろうが、そこで休めるのはトランだけだ。

 アパラチカはトランのほうを、ものほしげな目でちらちらと見ていた。トランは気づかないのか、応える気がないのか、特にアパラチカに声をかけるわけでもない。

「トランさんだけここに残って、他のメンバーは船に戻ったらいいんじゃないですか?」

 バートが提案する。

「万が一、魔女が来たときに、だれもいないと日記を守れないですし、トランさんなら、読み進められるでしょう。僕たちは寝る場所がないので、船に戻ったほうが、しっかり休めると思います。朝食後に、また来ますよ」

「でもバート、できるだけ早く洞窟に行きたいのよ?」

 アパラチカは反論する。

「だったら、なおさらです。ちゃんと休まないと、妖精はどうか知りませんが、僕らは疲れて全力で探索できませんよ」

「いや、妖精だからって疲れないわけじゃないよ。そうだろ、アパラチカ?」

「でも、何かあったとき、みんな一緒のほうがいいんじゃないかしら?」

「まあ、そういう考え方もあるけどさぁ」

 バートの意見を採用するしかなかった。まだ魔女がどこにいるかという情報は入ってきていない。

「せめて何をしているか、わかればいいんだけど」

 トランは不安そうに外へ視線を送る。

「わたしたちが外を歩いている間に会ったら、どうします?」

 アミは反射的に訊いていた。

「前に顔を見られてるから? でも、あなたより、わたしのほうが危険なのよ」

 アパラチカの主張は、アミにはよくわからなかった。

「探索の準備はできてるんですか?」

 バートがトランに問いかける。

「いや、必要な買い出しをしないといけない。店が開くのはだいたい9時半か10時ごろだから、食料や水、ライトなんかを調達しないと」

「どれくらいの日数、いるつもりです?」

「さあ、まだ僕は入ったことがないから、短期間で様子を見るつもりだけど。全体を探索すると、結構、時間かかるはずだし」


 翌日。とりたてて何も起こらないまま、4人は合流し、必要な買いものを済ませて、問題の洞窟へ向かう。アルテン島で見つかっている洞窟は全部で三つある。問題の洞窟は、深淵洞と呼ばれるほど深い、謎の多い洞窟だった。

 これまで探検した人たちの話によれば、洞窟は入口からゆっくりと下る形になっており、真っ暗で、分岐が多いという。帰宅までに一週間以上かかる探検者もいるほど、入り組んでおり、地図をつくる試みがなされた過去の経緯もある。ところが、実際に地図を描こうと入った一団は、とうとう帰らずじまいだった。

 何か祟りでもあるのではないか、という噂が流れ、再び洞窟へ入って行こうとする人もかなり減った。

「念のため、力は温存しておきたい」

 トランの方針により、輸入したLEDのヘッドライトをそれぞれに、念のためLEDの大きめのライト一つ、リュックサック、ロープ、携帯食料と水のボトル、その他好みのペットボトル飲料、トランの携帯魔法薬セットを手に、各自動きやすい服装で参加する。アミもTシャツとジーンズに着替えていた。トランは相変わらず、杖が必要だった。

「だいぶ広いから、迷わないようにしないと。そのためには、1人、記録役が必要なんだけど、だれかやってくれる?」

 いざというときに魔法を扱えないアミは、記録役を買って出る。他の人がすぐに反応できたほうが、アミにとっても安心だったからだ。

「脅したいわけじゃないけど、前に帰れなかった人たちがいるから、用心して」

 アミはゆっくりとうなずいた。絶対に他のメンバーとはぐれてはいけない。張り詰めた緊張感で気がおかしくなりそうだが、迷わず帰路に就くためには、必要な仕事だと心してかかる。

 記録用の紙は、トランが用意したバインダーで首から提げる。必要なときは手を自由に使えるように、バッグはリュックサック、ペンの定位置はジーパンの右ポケット、ペンは2本常備だ。

「寒いかもしれないよ」

 アパラチカの助言で、ブランケットも各自に用意していく。いよいよ、出発だ。

 歩くと時間がかかると言うので、馬車を用意していた。

「道がちゃんと整備されてないし、島全体がそこまで大きくないから、車は輸入してないんだよね」

 馬車に乗っても、道のりはそれなりにある。アミは途中でヴァーミアが追ってこないかと、ときどき後ろを窺うように振り返る。舗装されていない道には、砂利が埋まっており、ときどきタイヤが砂利に乗り上げて、馬車はガタガタと上下に揺れた。


 真っ暗な道も、LEDのライトがあると、だいぶ明るかった。洞窟の中は、アパラチカが言うとおり、涼しかった。アミは入口から道を描き始め、線で地図を描くと同時に、右側に小さく、進んだ方向だけを矢印でメモした。

 洞窟内には岩がごろごろしていた。入口付近は普通の岩が多かった。地面は少し湿っていたが、岩はそれほどでもなかった。

 何度か分岐した道を進み、4人は奥へ進む。少しずつ、ちょろちょろと流れる水が出現し、岩の種類が違う場所に向かっていた。アミはそれも書き込む。石灰かなにかが固まったような岩は、柱のような形や、変わった模様がついた岩となっていた。

「こういう風景を写真に残したほうがよかったかな」

 スマホは電源を切ったまま、持ってきたバッグの中に眠っている。充電して持ってくればよかった、とアミは一瞬後悔したが、果たしてこの暗い中で写真を撮れたかどうかは、疑問だった。

 バートはトランをサポートしながら歩いていた。こうした場所で片脚は、さすがに少々、不便なようだ。

「ここは片脚で跳んだら、滑るね」

 トランも苦い顔をしている。慎重に杖を突きながら、あるいはバートの助けを借りながら、トランはゆっくり進むしかなかった。

 しばらくはほとんど道なりに進む。細く流れていた水が、次第に細い沢らしくなり、上から滴がぽたぽたと垂れ落ちてくる。

「うわ、レインコートでも着てきたらよかった」

 アミは呟く。

「今さら言っても、仕方ないさ」

 トランは肩をすくめる。

「僕がいないほうが、みんな、早く進めただろう」

「でも、トランさんがいないと、困る可能性も……」

 バートは困った顔でトランを見つめる。

「大丈夫、冗談だよ」

 トランは笑顔で応じた。バートも少し安心した表情に戻る。

「この洞窟には、謎が多いんだ。僕だって十分、知ってるわけじゃないけど、祖父は何度か来たことがあったらしい。いくらか話を聞いたことがあるんだ」

「ねえ、もしかして、そのとき、何かここの秘密を話してなかった?」

 アパラチカが興味深そうに訊く。

「ああ、それは……だけど、僕には意味がわからなかった。今思えば、たぶん今回の冒険のヒントになったんだろうけど」

 沢に沿って進みながら、アミはバインダーをちらりと見る。ここまで、できるだけ大きな道を進んできていた。旅はまだ始まったばかり。探しものをするなら、最終的にはすべてのルートを確認する必要がありそうだ。

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