第12話 自衛

 俺は目を覚ますと最初に見知らぬ白い天井を見た。体内魔力は既に完全回復しており、気分は好調。

 俺はゆっくり上体を起こすと、其処は真っ白なベッドの上だった。俺が目を覚ましたのを気が付いたのか、俺の目の前にいる黒髪で、白衣を着て、眼鏡を掛けた長身の男がこちらを振り向く。


「おい、此処は何処だ」


 白衣の男は俺の態度を鼻で笑う。


「理事長に運ばれるなんてみっともない姿だったよ。みりゃ、分かるだろ? 此処は学院内の診療所だ。

 どうやら君の回復力は理事長も言っていたとおり、凄まじいね。昨日の夜中に理事長と戦って、魔力枯渇までしたのに、翌朝には全快だなんて……」


 どうやら俺がグロースと戦って気を失った後、グロースがわざわざ診療所まで運んだらしい。


「そういう事だったのか。それで? お前は誰だ」

「……。気絶から目覚めたというのにその態度。本当に変わらないんだね。まぁ良い。私はユーラティア王都魔法学院診療所担当をやっている。リカルだ」

「ではリカル。俺に何をした?」

「何をしたって……そらぁ、君の治療を。当たり前だろ? 自分の体を見たまえ」


 俺は自分の四肢をゆっくり見回す。其処には全身包帯グルグル巻きの姿が有った。なんと無様な姿だ。

 それに、それほど酷い火傷だっただろうか? 関節まで包帯で固められ、非常に動き辛い。こんな姿では訓練もままならないな。


「なるほど。リカル、包帯を解け」

「え? いやいや、何を言い出すかと思えば、まだ君の怪我は直っていない。此処一週間は安静にしないと」

「そんなに待っていられない。それに、もう怪我は直っている。火傷程度、自分で治せる」

「いいや、駄目だ。例え怪我が治っていても、身体自体は治らない。安静にしていなさい」


 やはり、人間という立ち位置は不便だ。今の俺は学院内の学生であり、逆らう権利は無い。

 しかし、俺は神だ。人間の、いや世界のルールに従うつもりは更々無い。特に上下関係のルールはだ。


「仕方がない……。あくまでこれは人間に対する命令だ。危害を加える訳では無い」

「ん? 何か言ったか?」


 俺はその時少々苛立っていた。全快にも関わらず動くなという命令にどうしても嫌気が指していた。

 俺は一つ息を吐くと、リカルの目をしっかり見つめて言葉を発する。


『聞け』


 言葉を発すると、以前ノル村で殴りかかって来た子供達を静めた時と同じ様な、空気を振動させる感覚が周囲に伝わる。


「え……? あ、あぁ。分かったよ。やりゃあ良いんだろう? どうなっても知らないぞ?」


 リカルの反応からして完全に服従した訳では無さそうだ。

 しかし、これは俺の知る感覚。神が持つ特有の力で『神の威厳』と言い。敵意ある者か、自身に反する者に対し、強制的な威圧を与える力。

 俺が神の位置に立っていた時は、どんな相手にも無条件で発動していたんだが……先ず、『自分より弱い相手には有効』という訳では無さそうだ。

 どう考えても、目の前にいるリカルは俺より強い。

 これは俺の推測だが、ノル村でもあったように、『感情』がトリガーになっているのでは無いかと思う。


 俺はそう言うと、リカルは困惑した表情で俺の包帯を解く。

 すると全身の火傷跡は完全に消えており、俺は何事も無かったかのようにベッドから立ち上がる。

 その様子を見て、リカルは驚いた表情で固まる。


「まさか。君の回復力は異常だ。一体何をしたって言うんだ?」

「用は済んだ。ではまたいつか世話になる時があったら頼む」


 そう言って俺は新しく用意された制服に着替え、診療所を後にした。

 時刻は朝八時。もう授業は始まっているだろう。


 そう俺は時間割を見ずに昨日と同じ教室に入ると、其処は戦闘科ではなく、回復科だった。俺はとっさに制服のポケットから時間割表の紙を取り出す。


「あ……」


 俺が回復科の教室に堂々と入ってきたのを見て、其処の教師が俺を睨む。


「おい、此処は回復科だ。今の時間帯は別の部屋の筈だが……」


 その光景に回復科の教室に居る生徒は全員黙り、何故かピタリと表情が固まっていた。

 だが丁度良い。途中で授業に乱入しても良いと入学の時も聞いた。他の科目も学びたいならそうするしか無いと。


「丁度良い。ここの授業。受けさせて貰おう。席は無いと思うが後ろで立ちながら授業を聞こう」


 教師の図体は筋肉質で大きく、タンクトップに下は作業用ズボン。スキンヘッドにがっつり刺青の入った黒い肌を露わにしていた。

 一見は戦闘科にしか見えない。が、誰しも得意魔法という物は見た目では判断出来ない。

 しかしその反面、回復科の生徒は殆どが大人しそうで、弱々しい。ただ戦闘科のような元気はつらつな程では無いが、表情は真剣で回復魔法を本気で学びたいという姿勢が伺える。


 そこで俺は何となく生徒達の表情が先ほどからずっと固まっている理由が分かった。

 単純な恐怖だろう。ここまでゴツい教師だ。声も野太く、目力もある。


「待て。貴様、何俺様の許可なく動いてんだ?」

「……。動くのに許可が必要なのか? なら一つ言っておこう。回復担当は相手の許可なんて待っていたら手遅れになる。蘇生魔法もあるが、人間の中で使えるのは……数少ないだろう」


 俺は何か言ってはいけない事でも言ったのだろうか? 教師の態度が明らかに悪くなる。


「てめぇ……んな事を言ってるんじゃねぇんだよ。俺様は此処の教師だ。回復なら幾らでもしてやる。一発、躾けしてやんねぇとなぁ……?」


 そう言うと教師は俺に近づくと、突然頭を鷲掴みにし、高く持ち上げると、思いっきり床に叩き付ける。

 なんて容赦の無い教師だ。理事長はこれを知らないのか? どうりで生徒達が怯える訳だ。こうして『躾けられた』生徒はこの中に他にもいるのだろう。


「ぐっ……!」


 咄嗟の回復方法は心得ている。俺は頭を床に叩き付けられる直前に事前に頭部に回復魔法を施させて置き、損傷があった瞬間に回復魔法を発動する。


「あ……? 俺様の一撃で傷つかなぁとはなぁ。良い実験台になりそうだぜ。 お前ら! 授業を再開する! コイツボコボコしてやっから回復の準備しとけェ!」


 後で本当に理事長に報告しておこう。そして俺は暫く殴られておこうか。ここでやり返して問題は起こしたくは無い。

 そう、俺は短気では無い。苛立つ事はあるが、やり返しては駄目だ。やり返して殺してしまっては誓約を破ってしまうからな……。


「もい一発いくぞぉ! オラァッ!」

「がぁっ!」


 教師の重いパンチが俺に馬乗りになりながら垂直に顔面目掛けて振り降ろされる。

 回復魔法もそうだが、攻撃が当たる直前に部位的に魔力で筋力増加をし、結果的に痛覚を軽減させている。

 しかし、やはり痛いものは痛い。いつまで殴られ続ければ良いのだろう。


 これは例え話にはならないが、良く神という存在を反対する組織がいた。石を投げられたり、暗殺されかけたりしたものだ。

 だが俺は決してやり返さなかった。ただあくまでも自衛はしたが、『決して反撃しない』。

 そうする事で逆に信頼される事もあった。神は人間に対して脅威では無い。守る存在だと。


 そうして約五分程殴られた。

 しかし、傷一つ付かない俺の身体。流石に教師も息が切れて来たようだ。


「はぁ……はぁ……! 貴様ァ、後で戦闘科の訓練場に来い。お前らも! 次は実際の戦場での動きってもん見せてやる。回復担当として、適切な行動はどうあるべきかをなぁ! 一時解散!」

「最悪な授業だな……」

「貴様……なにもんだぁ?」


 馬乗りになる教師と、俺との睨み合いは暫く続いた。

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