第3話 キャロルのお屋敷

 お屋敷に着くと玄関先……で、合っているんだよね。その屋敷の玄関先に人が数人待ち構えているようだった。

 馬車はゆっくり止まって外側から扉が開かれる。

 ダグラスが先に降りて、私が降りるのを手伝ってくれた。まだ涙は止まらないけど。


「ダグラス殿下。わざわざご足労痛み入ります」

 なんだか、男の人、二人が焦ったように礼を執っている。

 よく分からないけど、王子殿下が馬車から降りてきて驚いているようだった。

「いや。この状態のご婦人を一人で帰すのは忍びなくてな。私が勝手にしている事だ、そんなに恐縮しないでくれ」

 私を抱えるように支えながら、ダグラスはキャロルの家族にそう言った。

 護衛で馬車の周りについていた騎士たちも馬から降りているのが見えた。


「元はと言えば、クラレンスの愚行のせいだからな。キャロル嬢は何も悪くない」

 私を抱く腕に思わずと言った感じで力が入っている。このまま、この人を頼っても良いのかな。それとも、ゲームみたいにヒロインの方に行ってしまうのかな。

 ダグラスの腕の中から、その顔を覗き見ると、ダグラスと目が合った。

 少し笑ってくれる。

「王宮の広間で怖い思いをしたらしい。今しばらくなぐさめていても良いだろうか」

 ダグラスは現場にいて何があったのか知っているはずなのに、ぼかした言い方をしていた。


「それでしたら、サロンにご案内致します」

 そう言って、キャロルの兄のリオンが二人の先導を務めた。

 キャロルのお父さんとお兄さんは、雰囲気がいかにも物語に出てくるような文官って感じがする。見ていると落ち着くのは、日本人に多い黒髪……に近い栗色だからかもしれない。


 ゲーム内では、悪役令嬢の家族のスチルもない。断罪後の描写が無いのだから仕方が無いのだけれど、だけど多分キャロルの記憶なのだろう。

 見るだけで、キャロルの家族と屋敷内の事はわかった。


 私はどうなってしまうのだろう。

 だってもう、全てが終わっている。後はキャロルの処遇の話が王宮から来るだけだ。


 サロンに着いて私たちはとりあえず椅子に座った。

 泣き止まず震えている私を、ダグラスは椅子を寄せて私のすぐそばに座って抱き寄せてくれている。

 その間にも、ダグラスは先ほど王宮内であった事を家族に説明してくれていた。

「それで、婚約解消を言い渡されたのがショックで泣いていたのだね」

 アシュフィールド公爵……キャロルの父親が優しく訊いてくる。

 私は少しホッとしていた。だって、ゲームの様に冷え切った関係だったらどうしようと思っていたから。


 でも、キャロルはともかく、私はあの王太子……クラレンスとは画面越しに見ていただけで初対面だ。退屈しのぎにしていただけの、ゲームのキャラクターに思い入れがあるわけでも無い。

 ただただ、あの人が怖かっただけ……。


「あの人……クラレンス……王太子殿下の側は怖い……です。側に居たくない」

 思い出しただけでも、涙が出そうになる。


「まぁ、そういう訳にはいかないだろうね」

 リオンが溜息交じりに言う。

「もともとは、賢者様が決めたお相手だし。キャロルは幼い頃から王妃になるべく教育を受けてきたからね。それを伯爵令嬢だっけ? 同じ公爵家からならまだしも、代わりなど務まるはずもない」

 なんだかリオンが絶望的な事を言っている。

 もしかしたら、婚約の解消自体が出来ない?

 

 私はダグラスにしがみ付いてしまった。体が震える。

 ダグラスは、私の様子に気付いたようで優しく支え直してくれているけど。


 だけど……。

 私に何の愛情も無く、今は悪意しかない男性の側にいるの? 一生?

 下を向いていた所為か涙がパタパタと床に落ちた。

「キャロル嬢?」

 私を支えてくれていたダグラスがハンカチを渡してくれた。

 背中を優しく撫でてくれる。


「私の婚約者が……ダグラスだったら良かったのに」

 思わず漏れてしまった言葉は、ダグラスに聞こえてしまっただろうか?

 背中にまわされたダグラスの手がピクッと反応したような気がした。

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