第3幕 極彩色と虹色

 派手な音を立てて、極彩色の凱旋門が会場を蹂躙してゆく。その速度は高速道路を走る車程度だろうか。地を滑るように爆走し、テントを片っ端から破壊してゆく。ソレが通った跡には、壊れ去ったテントや物品たちが無数に転がっていた。高さ10メートルほどの凱旋門は、全てを破壊せんと爆走を続ける。


(――まずい)


 割れた植木鉢。崩れ去ったテント。引き千切れたカーディガン。それらが容赦なく飛び込んでくる視界に、雫の脳裏にあの少年の言葉がよぎる。彼のルール説明によると、物品が破壊され尽くしてペアが揃わなくなってしまうと、その時点で勝利はなくなってしまうのだ。

 爆走を続けるプロローグとは反対方向へ、雫は地を蹴った。長い青髪と黒いレインコートがなびく。その脳裏で静かにカウントが開始され、力を使うまでの秒数を計ってゆく。できるだけ早く決着をつけなければならない。追加で生命力を奪い取れる生物は、どこかにないか。植物でもペットでも、なんでもいい。青い瞳を必死で左右に走らせながら、彼女はひたすらに会場を駆け抜ける。


(無い、無い……無い。生命力が、必要なのに)


 青いテントの間を駆け抜けながら、雫はひたすらに周囲に視線を走らせる。しかし……無い、無い、どこにも生命が無い。この空間で生きているのは、自分とあの凱旋門だけ。心臓の鼓動が逸り、カウントがひどく遅く感じる。薄い唇を噛みしめると、ひどく塩辛くて、雫は派手に息を吐いた。

 振り返ると、極彩色の凱旋門がぐるりと方向転換をする。恐らく小回りは効かないのだろう、訳の分からないあの少女らしい。そして……その軌跡に広がるのは、無数の瓦礫。カウントはすでに半分を切ったが、それでもひどく緩慢に思える。このままでは勝利がなくなってしまう。

 雫は片手を握りこみ、不可視の管を掴んだ。あの凱旋門は……あの少女は、あの存在は、きっと生物ではない。だが、そこに生命力は確かに存在するのだ。現に不可視の管からは、溢れそうなほどの生命力が絶えず流れ込んでくる。それはまるで洪水のように、ライブ会場の熱気のように。全身を壊しそうな勢いで流れてくるそれを、摂取しすぎると逆に雫自身が壊れてしまう。だけど、今は生命力と……が必要だった。

 ハッ、と息を吐き、青い瞳で凱旋門を睨む。全身に意識を張り巡らすと、自壊しそうなほどの生命力……そして、電撃のような音を立て、脳裏のカウントがゼロを刻んだ。


「――ここで決めてあげますよ!」


 ザッ、音を立てて立ち止まる。凱旋門が真横に来たタイミングで片手を握りこみ、勢い良く地を蹴った。同時に管を縮め、巻き取り式のワイヤーの要領で凱旋門に迫ってゆく。同時にもう片方の手は、七色に輝く光の玉を形づくる。それはこの世に存在するあらゆる生命を閉じ込めたかのように眩しく、極彩色の少女を反映したかのように鮮やかに。

 凱旋門まであと2メートルといったところで、雫は管を縮める手を止めた。爆速で走ってゆく風圧に、長い髪とレインコートが派手に舞う。極彩色の側面を睨みつけ、片手を掲げる。その先で、七色の光の玉が空を覆った。


「潰れろ――ッ!」


 貼りつけた敬語すらも取り払い、雫は光の玉を凱旋門にぶつける。至近距離からぶつけられたそれは、光り輝く隕石のように凱旋門を押し潰し――七色の閃光と爆風を伴い、爆ぜた。


「―――――――――――!!」


 言葉にならない悲鳴が響く。理解できない爆音が響く。虹色の爆発に、極彩色がガラスの破片のように砕け散り、光となって消えてゆく。虹色の爆発は七色の煙を残して、静かに消え去った。



「……はぁ、はぁ、はぁ……」


 アスファルトに伏せ、雫はただ必死に呼吸を繰り返していた。爆発と同時にアスファルトに叩きつけられた痛みと、急激な生命力の消費により、身体は動く気配がない。それでも体に鞭打ち、ゆっくりと顔を上げると……見渡す限り、瓦礫の山が広がっていた。


(……失敗、した)


 あの凱旋門を倒すことに精一杯で、物品を死守する余裕などなかった。おまけに身体はボロボロで、動かすことができそうにない。もとより雫は身体能力は決して高くない。ことで、無理やりリミッターを外していただけだ。その反動も重く、痛みと生命力の消費も相まって、これ以上は動けそうにない。


(……社長さん、ごめんなさい……私、ダメでした……)


 乾いた風が吹きすさぶ瓦礫の山、その中心で雫は静かに目を閉じた。


【結果】

【物品数がクリア可能数を下回ったため、引き分けとする】

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