仁・ラムウォッカ・テキーララオチュウ・ギンジョウワイン【惑星・刃紋〔ハモン〕】

第5話・仁・ラムウオッカ〔子供時代〕①


 これは『仁・ラムウォッカ・テキーララオチュウ・ギンジョウワイン』が剣客バグになる前の子供時代の物語。


 二つの星雲が交差する【銀牙系】そこにある、血球の東洋にある刀剣の国に似た、文化の惑星【刃紋〔ハモン〕】──険しい山道を一人登る少年の姿があった。

 背中に舟の櫂〔かい〕を削って作った木刀を背負った、仁・ラムウオッカは急斜面を登り、山の奥へと向かっていた。


 仁・ラムウオッカが探しているのは、村で聞いた噂──『あの山には、剣の達人の鬼人がいる』それは村の中央広場にある祭りの大岩を、一夜のうちに真っ二つにした伝説の鬼人種異星人だった。

 仁・ラムウオッカは、何度も斜面を転がり落ちそうになりながら、必死に山に住む剣の鬼を探していた。

 尾根を進んでいた仁は、平らな石に腰を下ろすと額の汗を首に巻いた布で拭い、バンブーと呼ばれる中空の植物で自作した水筒に入れた、岩清水で喉を潤す。

 仁には、どうしても剣の鬼に会わなければならない理由があった。

(この山の、どこにいるんだ……剣の達人は)


 少し休んで元気が出た仁が立ち上がった時、何かが茂みの中で動くのが見えた。

 背中の木刀を構える、仁・ラムウオッカ。

 場所は尾根道の比較的平らな地形、茂みの中から一メートルほどのゾウの鼻が持ち上がるのが見えた。

(山に住む小型の『ゾバットラ』か……こんな時期に山で遭遇するなんて、ゾバットラ避けの鈴音の実を持ってくればよかった)

 ゾバットラは、銀牙系の各惑星に比較的、普通に生息している生物だった。

 惑星によっては亜種や異種のゾバットラもいるが、ゾウの頭と胴体。トラの目と口と手足。バッタの羽根を持ち。胴体の真ん中にバッタの後ろ脚があって跳躍する。


 惑星【刃紋】のゾバットラは、繁殖期になるとオスはテリトリー意識が強くなる。

 ゾバットラとの遭遇を避けるには、ゾバットラが嫌う音色を放つ黄金色の穂状果序、乾燥させた『鈴音の実』を腰から下げて音を鳴らすか、ゾバットラがの嫌う匂いを身につけるのが。刃紋では一般的な方法だった。


 鈴音の実を所持していない仁は、平坦な尾根を走る。

 走る仁を茂みの中から、平走して追ってくるゾバットラ。

(いいぞ、そのまま追ってこい)

 仁は、尾根から少し離れた、突き出た岩場に跳躍した。

 後方が断崖の岩場に立った仁を追って、ゾバットラも茂みの中から跳躍して現れる。


 木刀を構えた仁が呟いた。

「悪いな、オレはどうしても剣の鬼に会わなきゃいけねぇんだ……ここでやられるワケにはいかねぇんだよ」

 バッタの羽根を広げて飛んできた、ゾバットラの眉間を仁が木刀で打ち据えると。

 白目を剥いたゾバットラはバッタの羽根を羽ばたかせて、フラフラと谷底に落ちていった。

(途中の枝に引っかかって止まったな……谷底に墜落しなきゃ、死にはしねぇえだろう)

 仁は、先へ進んだ。


 辺りが少し暗くなりはじめた頃──仁は岩壁に手足を掛けて登り続けていた。

 体力は限界を越えていた、傷つき震える指先で必死に岩にしがみつき登り続ける、仁・ラムウオッカ・テキーララオチュウ・ギンジョウワイン。

 あと少しで岩壁の頂上だった──あと少しだけ腕を伸ばせば、頂上に届く距離だった。

(ちくしょう、力が残っていねぇ……ここまで来たのに)

 気力だけで登ってきた、片腕の指先から力が抜けて岩から離れる。

「落ちてたまるかぁ! 山の剣鬼に会うまでは、死ぬワケにはいかねぇんだよぉ!」

 残った片腕だけで捕まって耐えていた、仁の意識が途切れ片手が岩から離れる。

 その時、仁の腕を上から赤い男の手がつかんだ。落下寸前で助かった仁の耳に男の声が聞こえてきた。

「小僧、鬼を呼んだか? どうして、こんな山奥にいる?」

 目を開けた仁は、自分の腕をつかみ引き上げている、ヒゲ面の鬼人大男の顔を見た。

 鬼人種族の異星人が言った。

「しっかりしろ、今引き上げてやるからな」

 引っ張り上げられながら、再び意識が薄れた仁の耳に鬼の。

「あっ、しまった!」

 と、いう言葉が聞こえ。スルッと汗で濡れていた鬼の手から仁の細い腕がスリ抜けた、仁の体は浮遊感の中……谷底に向かって落下していった。


 落ちていく途中に、断崖から生えていた枝が仁の鼻梁を傷つけ……仁の体は完全に谷底に落ちる前に、断崖棚に生えていた巨大な胞子状植物の上で、二度三度バウンドして……偶然にも、鬼人がいた断崖の頂上に跳ね上がって落ちた。

「なんだ、コイツ跳ね返ってもどってきやがった……おもしれぇ」

 鬼人の大笑いが、深山に木霊となって反響した。


 次に意識がもどった、仁は明かりが灯された洞窟の中に、毛皮を掛けられて寝かされていた。

「気がついたか、小僧」

 洞窟の壁に背もたれる格好で座り、頭に角が二本生えた、ヒゲ面で赤鬼種族の大男が朱杯で酒を飲んでいた。

 男の近くには刀掛けに、宇宙日本刀が置かれていた。

 仁が言った。

「小僧じゃない、仁・ラムウオッカ・テキーララオチュウ・ギンジョウワインだ」

「そうか、長い名前だな……数年ぶりに腹の底から大笑いをさせてもらった、まさか谷底から跳ね返ってくるとはな……悪運が強い小僧だ」

 甲羅がコウモリの羽の形をした、干した『コウモリスッポン』を焼いた肉を千切り食べながら、赤鬼の男が仁に質問する。

「この山に来た目的はなんだ」


 仁は、男が差し出した、串刺しの干し焼きコウモリスッポンを受け取ると、かぶりつきながら答える。

「剣の達人の鬼を探して登ってきた……オレを弟子にしてくれ」

「弟子はとらん、今夜は遅いからここに泊まって、朝になったら山を降りろ……いいな」

 そう言うと鬼男は、仁に背を向けて横になって言った。

「洞窟を出てすぐの山道を使えば、片道一時間くらいで麓の村にたどり着く、洞窟の入り口に干してある鈴音の実を一房やるから……それを腰に吊るせばケモノに襲われるコトはない」 


 翌朝──仁の姿は無かった。

 鬼男は、仁が座っていた辺りを見て。

「帰ったか」

 そう呟いた。

 もう二度と来ないだろう、と思っていた鬼男の予想は大きく外れた。

 その日の午後、仁が大量の食料を持って鬼男の前に現れた。

「食い物持ってきた」

 それだけ、言い残すと仁は往復二時間の山道を下って、村へ帰って行った。


 翌日も仁は、山を登って剣の達人の鬼男がいる洞窟にやって来て。

「着るモノ持ってきた」

 それだけ言い残して帰っていった。


 次の日は。

「酒持ってきた」

 その次の日は。

「薬草持ってきた」

 鬼男は連日、往復二時間の山を登ってくる、仁に質問してみた。

「金銭はどうして持っている? 食い物や酒もタダじゃないだろう」

「村の手伝いをした手間賃で買ってきた」

「そうか」

 鬼男は山で拾った宝石を仁に渡して言った。

「この宝石を金銭に替えろ、食べ物も酒も十分だ……別に何も頼んだワケじゃないからな、もうここには来るな」

「いやだ、弟子にしてくれるまで通い続ける」

「この野郎、いい加減にしろ!」

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