第2話・ルルル・アリアンロード② 【美鬼・アリアンロード誕生悲話】〔ラスト〕


 ルルルが、カプセル内の妖精に何もできないまま数日が経過した。

 妖精は日を追って弱っていくのが、目に見えてわかった。

 ルルルは自分の無力さを悔いて妖精に詫びる。

「すまない、ボクにはどうするコトもできない……ボクは無力だ」

 涙するルルル。

 いつしか、最後の妖精とルルルの間には特別な感情──愛情が芽生えていた。

 カプセルの外側と内側の、決して触れるコトができない隔てられた悲しい愛。

 ある日、ルルルはカプセルに額を接触させて嘆く。

「このまま、君がカプセルの中で弱って死んでいくのを見るのは辛い」

 妖精もカプセルの内側から、ルルルと額を合わせる。

 ルルルの頭の中に、女性の声が流れ込んできた。

《悲しまないで……助けてくれてありがとう……ルルル》

 驚いたルルルは、顔を上げてカプセルの壁を隔てた妖精の顔を見る。

「テレパシー? 君はそんな能力を持っていたのか?」

 うなづく、最後の妖精。

《互いに心を通わせた者同士でなら……ルルルの種族言語を理解するのに、時間がかかった……本当にルルルには、感謝している》

 続けて妖精はルルルが驚く言葉を、テレパシーで伝えてきた。

《ルルルと、あたしの赤ちゃんが欲しい……あたしの命を未来に繋げたい》

「どうやって? 君はカプセルの外に出られないし、ボクも内には入れない」

《少し離れていて……ルルル》

 ルルルが、カプセルから離れると妖精はカプセルの壁に手の平を当てた。

 光りの環が手の平が触れている箇所に現れ、ゼリー質に包まれた細胞核のようなモノが、カプセルの外に押し出されてくる。

 かなり苦しそうな表情で、妖精は細胞核が入ったゼリー質の塊をカプセルの外側に、特殊な力で押し出した。

《はぁはぁ……その、細胞を使って、ルルルとあたしの子供を……お願い》

 希少種の妖精が生涯で一度しか使えない能力だった。

 ルルルは、カプセルの表面を伝わり落ちてきた、ゼリー状の塊を優しく手で受け止めて言った。

「君が提供してくれた細胞はムダにはしない……必ず、ボクと君の子供を作る」


 その日から、妖精種とルルルの遺伝子を拒絶反応なく細胞内で融合させ、受精卵段階まで細胞分裂させる決死の愛のプロジェクトが開始された。

 まずゼリー質の中から細胞を採取する段階から計画は困難を極めた。

 やっと、取り出した細胞を死滅させない段階に進んでも。

 人の手で命を操作されるコトを拒んでいるかのように、妖精の細胞は、さまざまな拒否反応を示した。

 細胞分裂がはじまる直前に溶解分解してしまったり。

 途中まで分裂してから、細胞内の自滅プログラムが作動したり。

 異質な臓器に変化してから、硬質化して生体活動を停止したり。

 成長が胎児段階で止まって、そのまま腐敗するなどの現象が続いた。


 私設の研究室から、失敗の報告を受けるたびに、ルルルは表情を曇らせる。

「いったい、どうすればいいんだ……どうすれば、子供ができるんだ」

 そんなコトを考えながらぼんやりと、研究施設からタブレットに送信されてきた、今までのデータをルルルは目を通す。

 その中に『絶滅危惧種の最後の妖精は、バルトアンデルス文明の生物群に属している可能性がある』との、報告文をルルルは目にする。

(バルトアンデルス文明の生物? もしかして、この方法なら……あるいは成功するかも)

 ルルルにある考えが浮かぶ。


 翌日、ルルルは自分の足で研究施設に出向き、浮かんだ自分の考えを計画の責任者に告げた。

 ルルルの提案を聞いた尖った耳のエルフ型異星人の責任者は、厳しい表情で腕組みをしてうなる。

「バルトアンデルス文明の生命力が強い生物の遺伝子ですか……う~ん、確かに研究施設では、実験用に一匹飼育はしてはいますが」

「その生命力が強い生物の遺伝子を、彼女の細胞に組み入れれば……成功する確率が高まるんじゃないのか」

「一応見てみますか……バルトアンデルス文明の生命力が強い生物の姿を……その後にルルルさまが決めてください」

 ルルルは、責任者に連れられて生命力が強い、バルトアンデルス文明の生物が飼育されている水槽の前に立った。


 水槽の中には、半球体の目をギョロギョロさせた醜悪な深海生物が泳いでいた。

 エルフ型異星人の責任者が言った。

「一番生命力が強いバルトアンデルス系の生物です……青い魚卵が好物です」

 エルフ型異星人が続けて喋る。

「妖精が提供してくれた細胞で、チャレンジできるのは。あと一回が限界です……細胞自体が、度重なるチャレンジに疲労して弱ってきています。

仮に細胞分裂が成功して、胎児の段階まで人工子宮の人工羊水の中で成長したとしても……」

 ルルルが言った。

「ボクと彼女と生命力が強い生物の、組み入れる遺伝子の割合いで、どんな姿の子供になるのか予想できないというコトですか……次がラストチャンスですか」


 ルルルは、水槽の中で半球の飛び出した眼球を別々に動かしている、深海生物を凝視した。

 エルフ型異星人が、確認するようにルルルに訊ねる。

「弱ってきている細胞自体に残された時間は少ないです……どうしますか? ルルルさま」

 ルルルは、即決した。

「ラストチャンスに賭けましょう……奇跡は起こると信じて」


 生命力が強い深海生物+ルルル・アリアンロード+絶滅危惧種の最後の妖精。

 三種の異なる遺伝子を細胞に組み込む、ラストチャレンジがはじまった。

 妖精の細胞は分裂を開始して、順調に新たな命を形成していった……だが、ある段階まで成長すると分裂がピタッと停止して休眠状態に入った。

 円筒形の人工子宮カプセルの中に浮かぶ、小指ほどしかない未熟胎児の我が子を見つめているルルルに、エルフ型異星人の責任者が言った。

「ここからが、分岐段階です……死滅するか、どんな容姿になるのかの」


 ルルルは、視線の先に浮かぶ我が子に祈る。

(頼む……生きてくれ、どんな姿でもいいから成長してくれ、お父さんは君の近くにいつもいるよ)

 ルルルの祈りが届いたのか……胎児は成長を再開した。

 エルフ型異星人の責任者が、新たな命の経過を見ながら言った。

「この段階まで成長すれば、もう大丈夫です……成功しました。

念の為に成長促進剤を投与して、一歳児に近い段階にまで成長させましょう──おめでとうございます、ルルルさま……父親になられましたよ」

 ルルル・アリアンロードは、額の両側に半球体の目を突出させて。

 腰から数センチ離れた羊水の中に、妖精の羽を出したり引っ込めたりしている、我が子の姿に嬉し涙でかすむ目を細めた。


 数日後──一歳児程度の大きさにまで、人工羊水の中で成長した。

 子供が浮かぶ、円筒形の人工子宮カプセルを乗せた台車を押すエルフ型異星人と一緒に、ルルルは妖精が入った楕円形カプセルの部屋に入った。


 楕円形の環境カプセルの中で、グッタリしていた妖精が上体を起こして、運ばれてきた人工子宮カプセルを見る。

 ルルルが言った。

「子供ができたよ……君に似た女の子だ」

 最後の妖精は口元を両手で覆い涙する。

《おおお……あたしと、ルルルの子供》

「名前は『美鬼』にしたよ──親友が自分の子供につけるつもりで考えていた名前だけれど双子だったから。生まれてくるボクの子供の名前にって……美鬼アリアンロード」

《美鬼……いい名前です……美鬼、あたしが、お母さんよ》

 決して触れるコトができない我が子に微笑んだ最後の妖精が、ルルルに言った。

《美鬼をお願いします……ルルルと美鬼に会えて幸せで……した、命を繋いでくれて……ありが……とう、ルルル》

 力尽きた妖精の体が、カプセルの壁に寄りかかるように倒れ動かなくなった。

 その場に座り込んで嗚咽をもらす、ルルル・アリアンロード。


 誕生する前に、母親を失った美鬼アリアンロードが羊水の中で少しだけ目を開けて母親と父親を見てから、ふたたび目を閉じる。


 数週間後──美鬼アリアンロードは、人工子宮の中から取り出され、この世に産声をあげた。


〔ルルル・アリアンロード〕プチ~おわり~

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