第6話 こんなとこでも格差社会

 もうもうと立ち込めていた白い煙が消え去ると、ゲヘゲヘの骸があった場所には、槍と、大小様々な金貨銀貨と、根元を紫の紐で縛られた葉っぱが二束落ちていた。

 おびただしい量の紫の液体も、勿論消えている。


「カイ」


 呆然と、今目の前で起こった出来事の行く末を見届けてから、私は重たい唇をゆっくり動かして、背後の人の名を呼んだ。


「なに」


 頭上に落ちた呼気には、もう乱れがない。


「あれなに」

「金だな」


 私が指差した先を見て、カイはきっぱりと告げる。


「あの葉っぱは?」

「多分、毒消し草」

「どうやって使うの?」

「さあ」


 どうやら、まだカイも使った事がないらしい。まあアイギスが使えれば、毒を被る心配もないし、使用方法に頭を悩ませる必要もないのかも。


「あれどうするの?」

「一応拾っとく」


 するりと虎徹からおりると、カイはしっかりとした足取りで、ゲヘゲヘの遺骸跡へと向かう。

 まず槍を拾い上げ、それから金貨と草を手にして戻ると、虎徹に括りつけられている袋の中へ、それらをぞんざいに投げ込んだ。

 チャリンチャリンと音がするずた袋は、ずっしりと重みがありそうだ。


「幾ら入ってるの、それ」

「多分だけど15,038,642ゼルギー。この状態になる寸前が15,033,942ゼルギーで、16回敵に遭遇して硬貨を拾った。今までの報酬からかんがみて、硬貨の種類と価値を適当に検討つけて計算しただけだから、確証はないよ」


 ふうん、1500万ですって、奥さん。


「牛丼一杯、何ゼルギー?」

「知らない。最初の街でショートソードは一本150ゼルギーだった」


 その150ゼルギーの、初期装備の剣一本持ってないレベル1の私と、1500万ゼルギーに超強そうな装備一式そろった、レベル99のカイ。

 何この格差。


「ねえ、カイ」

「なに?」

「カイってかなり細かい性格?」


 割り勘は一円単位まできっちり請求します。みたいな?


「……一桁まで金額を覚えていたことについて言ってるなら、たまたまメニューを開いた後だったから覚えてただけ」


 ほら、もう行くよ。前へつめて。とカイが虎徹の鐙に足をかけ、ひらりと飛び乗る。

 会ってから、それほど時間も経過していないというのに、カイが少しの間離れていただけで、背中がすーすーするように感じていた私は、背後に戻ったカイの気配に安堵した。


「カイ?」

「……なに」

「もう一つ聞いていい?」

「もったいぶらないで、さっさと聞けば」


 くっとカイが虎徹の手綱を引けば、自分の足では体感出来ない速さで風景が流れていく。


「あの恥ずかしい技名は叫ばないといけないもんなの?」

「………………」


 びゅうびゅうと風を切りながら訪ねた問いは、黙殺された。


 ゲヘゲヘに始まり、ニョロニョロに、ブヒブヒ、ジメジメに、ノソノソと、湿気の多い地帯を好みそうな、きもい系の敵に遭遇し、必死に虎徹にしがみついて、カイが槍をふるう事、十数回。見たくない見たくない。もうここの敵は見たくない! とげっそりし始めた頃、私たちはそこへ来た。


「カイ」

「多分境界線」


 あ、なんだ。今度は「なに」じゃないんだ。

 私たちは虎徹をとめて地面に走る一筋の白い光を見つめていた。

 洞窟の岩壁と、この柱意味あんの? と聞きたくなるような崩れた遺跡のような柱と、グロ敵しか目にしていなかった私たちが新しく目にしたもの。それが今、足元に走る白い線だ。


「これを超えたら洞窟から抜けれるのかな」

「中層に移動するだけだと思う。今までの敵は下層の奴らだったから」


 カイの言葉に私はがっくりと肩を落とした。もう、もう、湿気過多とテラテラ光る系の敵は嫌だあああああ。


「中層はまだましだと思う」

「かわいい小動物系の敵が出てきたら、それはそれで嫌だ」

「まあね」


 私は、首を傾けてカイを見た。

 本当は、小動物ならまだいい。

 人型の敵が出てきたら、カイはどうするのだろう。


「カイ」

「なに」


 あ、元の会話復活。


「倒したくない敵が出てきたら全速力で逃げよう」


 赤い目が数度、瞬いた。


「……そうだな」


 洞窟内では逃げるのも難しいかもしれないけれど、そこは、まあ、ガンバレ虎徹。

ポンポンと首筋を叩くと、虎徹はグルウウウウと甘えたような泣き声をあげた。


「越えるよ」

「うん」


 私はごくりと唾を飲み込んだ。

 初めてのマップ移動(但し洞窟内)だ。

 線の向こうは、今までの岩壁ではなく、茶色い土壁に変わっている。さらに、誰がともしてんの? と小一時間問い詰めたいランタンの灯りが、ぽつぽつと等間隔に光っているのが見えた。

 敵の姿は見えない、けれどカイは手綱を片手に持ち代えると、槍を握り締めた。

 ひゅんひゅんと、感触を確かめるように空を切る刃。

 やや控えめな声で「アイギス」と呟いてカイはシールドをはった。

 ……あれから技名を口にするときはずっとこんな調子です。ごめん。思う存分叫んでもいいんだよ。

 すう、とカイが息を吸い込んだ。ぴりぴりとした空気が背中に刺さるようだ。

 胸が痛いほどに早鐘を打っている。

 ――虎徹が太い足を踏み出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る