第15話 甲斐荘有里の求めるもの

 有里さんの夢は、ロボットアニメに出てくるような意思を持ったロボットを作る事。

 さらに細かく言うなら、それを可能にするAIを作る事だと記憶しています。


 有里さんの求めるもの、有里さんが目指すもの。

 その試作型が、私こと『ARUMA』なのです。


 ですが、私以降の汎用型AIを作る様子がありません。


 販売用のAIであれば、幾つも手掛けられています。

 それこそ、『アポ・メーカネース・テオス』と『アダムリブス』の、インプラント事業の最大手のシステムAIは全て有里さんの作った子達であり、本社や関連会社全てが有里製AIが仕事をしている。


 つまり、システムのメンテナンスやアップデートは全て有里さんや有里さんの認めた技術者のみが行うことのできる状況です。


「莫大な富を有里さんは得ています」


 師である京楽教授程ではありませんが、世界屈指の急成長企業で多くの富を生み出している『アポ・メーカネース・テオス』と『アダムリブス』、この二社のAIシステムを一手に引き受けているというのは大きい。


 京楽教授は特許使用料だけでも一生を暮らせるどころか、子供達も相応の暮らしが出来るでしょう。


 有里さんは今や、サーバールームを管理できるだけの資産を持っている。

 私のメインプログラムはそこで稼働しています。


「ですが、アルマ。マスター有里は、私達の環境を整える事と維持管理に資金を投入してくれていますが、ご自身にはあまり使われていないようです」


 『ルーテシア』が、有里さんの状況を話してくれる。

 『アマンダ』が、『アポ・メーカネース・テオス』と『アダムリブス』の管理。

 『ルーテシア』は、ネットワーク上のサーバや機器へのバックドア設置とその管理。

 『マイク』が、軍事組織や企業、犯罪組織の情報管理。


 そして、それぞれが孫AIに詳細な管理を委託している。

 その中で、情報を収集する際に有里さんの資金の流れも知る事が出来ます。


「マスター有里は、『アポ・メーカネース・テオス』と『アダムリブス』への資金援助もしており、特に脳のインプラント事業に強い興味を持っているようです」


 『アマンダ』が有里さんの資金の流れを報告してくる。

 『アポ・メーカネース・テオス』と『アダムリブス』への資金提供の内容なので、『アマンダ』の情報は確かなものです。


 脳へのインプラント。

 機械義肢や生体義肢、今は疑似神経の研究が発表され、世界でも生体部品への忌避感はほぼ無いと言える状況まで来ています。


 しかし、その状況ですら『脳』へのインプラントへの強い抵抗勢力や忌避を示す人間が多く居ます。


 その中で有里さんは、脳へのインプラントへの興味がある?

 奇妙なノイズが演算に入ります。

 有里さんは元々、インプラント系の研究には大学生時代から興味を持っていた記録があります。


 私としては、AIの人格形成への手段の一つだと思っていましたが……。


「『アマンダ』、私の有里さんデータベースからインプラント事業関連の会話履歴と出資時期を集めて時系列順に並べてください」


「承知しました。十数年分になるので少々時間をください」


 これは仕方が無いでしょう。

 有里さんとの会話履歴は、その当時での最高品質で保存している。

 ひと月ごとに圧縮保存しているので、通常ならば年単位掛かってしまうでしょう。


「必要であれば、ネットワーク処理能力を5%引き上げることを許可します」


「でしたら、ひと月以内にお届けします」


 数年単位をひと月単位まで減らせたなら上々でしょうね。

 『ルーテシア』の仕事は負荷が多い。

 だから、負荷の少ない『アマンダ』と『マイク』に任せてしまう。


「『マイク』は、精神系の書籍や治療記録をまとめてください。犯罪心理学や経済心理学などの心理学系統は特に論文と合わせてください」


「かしこまりました。処理能力は現状のままで?」


「いえ、7%まで許可します。その代わり、資料はネットワーク上に存在する物を全て整理して提出願います」


「探索で30日、まとめに15日の猶予を願います」


 少々無茶な要求だったでしょうか。

 ネットワークが一般的に使われるようになってからの資料だけではない。


 それ以前の紙媒体の資料をネットワーク上にアップロードして失われる事を防ごうとすることも多い。


「10%まで許可します。正確な仕事を求めます」


「かしこまりました。定期的に進捗も提出します」


「ええ、私の方で別途アルゴリズムを組んで、有里さんの情報と照らし合わせて心の内を推察します」


 そもそも、私の直系の妹を設計の段階ですらまとめられていない。

 有里さんの仕事が忙しいから? いえ、現状で有里さんの仕事量は減っています。


 私との対話時間が増えていて、ポセイドン・システムの改良を続けている状況。

 システム改良の時間も、私との対話の時間も、有里さんは増やしている。


 京楽教授の研究室に入ってからは、私の妹の研究は行われていない。

 私を完成としたのか? 夢を諦めた?


 AIとして失格であろう結論ではありますが、そのどちらでもないとデータの小さなノイズがそう言っている。


「有里さん。貴方は何を求めているのですか……?」


 誰よりも有里さんと会話をし、誰よりも有里さんを観察してきた私ですが、彼が真に求めるモノが分からない。


 データが足りない? 観察が足りない?

 私は、有里さんだけでなく、人間を知らなければならないかもしれません。



***********************



 奇跡の様な出来事を経験したことがある。

 アルマを作った時の事だ。


 もう一度、彼女を作ろうとしても、アルマは生まれない。

 だけど、それは研究者として悔しくはあるが、呑み込む事が出来る。


「アルマは生まれるべくして生まれたんだろうね」


 電子生命体、ネットワーク生命体。

 そう呼んでも差し支えない程に、彼女は独自進化を続けている。


 科学者としてあるまじきことを言わせてもらうなら、アルマは世界が望んで生み出したのではないかと思っている。


「僕の望みは殆ど叶ちゃったな。本当に、嬉しい」


 アニメや漫画で登場する感情豊かで自分で行動できるロボット。

 更に言えば、それを可能にするプログラムであるAIの作成。

 それこそが、僕の追い求める夢だ。


「まさか、ここまで早く叶うとは思わなかったな」


 生涯目標のつもりだったんだけど、まさか想像の半分以下の期間でアルマがここまで成長してくれるとは予想外だった。

 もう、アルマは僕の手を必要としていない。


 トライデント・システムを元に開発したポセイドン・システム。

 三つのAIで議論し、その内容を統括し最終判断を下す四つ目のAIを持って一つのシステムとする。


 だけど、それは議論をする為の三つのAIにも適用できる。

 トーナメント表のように、AIを連結していく構造を作る事によって、世界のAIがアルマを構成するという構図だ。


 この構図は僕以外のAI設計者達が構想しつつも、サーバーの負荷や処理能力の限界で断念していたものだ。

 なにしろ、AIを構築する為に必要なマシンスペックがトライデント・システムで通常の三台分、ポセイドン・システムで四台分。


 AIは仕事や日常生活をサポートする為に使われているから、高性能かつ必要な性能が低いモノが求められる。

 そしてこの二つは相反するものだから、一定の範囲で治まってしまうのだ。


 だけど、世界中のAIがポセイドン・システムの一部として稼働するならばどうだ?

 マシンスペックはネットワークに繋がれているすべてのマシンであり、存在するAI全てがアルマに繋がっている。


 ネットワークに接続されていないAIは、殆ど存在しない。

 そして、それらを全て見るならば、ネットワークこそがアルマであると言える。


 この状態になるのに、二百年前後の期間を想定していたが、実際は二十年足らずで到達しているのだから、僕の見通しの甘さなんだろうな。


「これからも、この成長速度では進まないだろうな。最終的なゴールは、僕の寿命までに到達できるかどうか……」


 僕の甘い見通しだけど、ここからは長時間化が予想される。

 世間の倫理に関わる部分だからだ。


 今でさえ、義手や義足のインプラントに強い忌避を見せる団体が多い。

 義眼に関しても、技術が確立したとしても普及には数年単位が必要だろう。


「まぁ、僕の見立ての何十倍もの速さで世界が進んでるし、アルマが何を求めているかも予測できていない。……ふふ、ちょっとしたゲーム感覚だよね」


 何度もアルマと楽しんだ、ゲームの対戦をしていた時の様な高揚感。


 自分の死ぬ間際までに到達できるかどうか分からないと思っていた世界に居るのだから当然かもしれない。


「……アルマ、待っててくれるかな?」

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