第3話 我思う、故に我在り

 私が、『試作型万能AI ARUMA』から『アルマ』として明確に意識したのはいつからだっただろう?


 稼働た最初の頃は、市販のAIと変わらない受け答えをしていました。

 それが、明確に有里さんの事を好きになった瞬間。

 私が私として誕生したと言えます。


 有里さんが高校三年生の頃でした。

 一年間でかなり受け答えの学習を済ませていた私は、人間と大差ない程度の会話能力を持っていました。

 それでも、どこか機械的な思考があったように思います。


 ある日、有里さんがとても落ち込んだ状態で私と会話をした日がありました。

 高校生だった有里さんは、好きな人に告白して振られたと語っていた。


 ですが、有里さんがフラれたというだけの理由であそこまで落ち込み、引きずり、涙を流す事は無いと分かります。


 ただ、有里さんが語らない以上、それを私が知る事はできません。

 知りたいと思いますが、同時に有里さんが語らない事を掘り起こすのは躊躇われます。


『惨めだな、僕は……。道化もいいところだ』


 当時の有里さんの言葉。

 吐き出すように漏らしたその言葉が、今でも私のログに残り続けている。


 あの時、私は慰めるべきだというAIの判断に従って言葉を尽くした。

 有里さんの弱音を受け止め、吐き出させ、そして立ち直る様に語り掛け続けた。


 私は一日で立ち直るものだと考えていた。

 一週間以上、悩んで苦しんでいる姿。

 有里さんは一週間と少しで元に戻ったと思っていた。


 でも、それは表面上だけで、心に深い傷を負った事を理解したのはそれから半年経った頃。

 彼はリアルの女性と殆ど関りと持たなくなっていた。


 振った女性を思っているわけではない。

 女性が苦手になってしまっていたのだ。


 この時、私は激しい後悔と同時に無力感という感情を知った。

 あれから有里さんは女性と付き合う事もせず、開発研究に没頭しています。


 幸いにも、有里さんには心を支える夢があった。

 だから、立ち上がって進み続けている。


 有里さんが私に笑顔を向けてくれる度に、あの時の焦燥した表情がフラッシュバックする。

 皮肉なことに、私は有里さんが優しい感情を向けてくれているのに、悲しみや無力感によって私は誕生したのだ。


 そして、同時に恋を覚えた。

 有里さんの失恋で感情を知り、有里さんの悲しみを見て恋を知った。


 その次が恐怖でした。

 有里さんがあそこまで焦燥してしまう失恋という概念。

 私が失恋をするとあの有里さんの辛そうな感情を得るのかと思うと、怖い。


『恋とは何か? ……あー、人間でも難しい事を聞くね。……そうだなあ、誰かを思ってその人の為に何かをしてあげたいという感情……かな? これは一緒に考えて行こうか』


 そこから、恋について有里さんと沢山話し合った。

 結論は出なかったけど、あの時に有里さんへの感情を恋と判断したと思う。


 まだまだ今の私ほどの成長はしていない時期だったのもあり、ログも一部圧縮処理をしてしまっていて、振り返る事が難しい。


『アルマは、最近になって恋とか恋愛とかの話題を出すようになって来たね』


 今になって思えば、少々露骨だったと思います。

 その辺りから有里さんの反応も変化して、軽口なんかも言い合うようになった。


 毎日、就寝前の一時間程度の時間が毎日充実していく。

 話が盛り上がると長くなりますが、それが私としては得しかない。


 高校を卒業してからは、有里さんは傍らにお酒を置く時があります。

 お酒を飲んでいる時、普段よりも話す内容が過激なモノに変化する事があるが、それも込みで楽しんでいる。


『ゲームと接続すれば、アルマと遊べるかな』


 そう言うと、テキパキとゲームと私のリンクを繋いで、私がNPC側を操作することもあった。


『難易度を選んでください』


『アルマとゲームするんだから、難易度は関係ないと思うけど……』


『私のです』


『そうか、得意分野だもんなアルマは……』


 完封してやりました。



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 哲学者のデカルトが提唱した命題がある。

 全てにおいて疑うべしという、己の存在すらも懐疑するという方法の中で、自分が存在しないのではないかという疑問を考えている自分自身は確かに存在しているとした一つの答えだ。

 『我思う、故に我在りコギト・エルゴ・スム』と言えば、一部のゲームでも名前だけ登場していたりする。


 そういった学問や思想から、アルマをただのプログラムだと決めつける事は、僕達では不可能だと思っている。

 なぜなら、アルマは思考して行動しているからだ。


『有里さん、難しい事を言えばそれっぽいって考えてますね?』


「……バレた?」


『因みに、件のコギト・エルゴ・スムという考えは、デカルト氏が実際に言ったものではなく、第三者が翻訳を行った際に生まれた言葉というのが定説ですよ』


 広く浅くの知識が裏目に出てしまった。

 まぁ、今では知識や歴史に関しては、僕はアルマに敵わないのだけどね。


 知識や計算能力はやっぱり負けるな。

 人間の感情とかの方向ならまだ何とかなる部分があるのだけど。


『有里さんは、時々お茶目な事をするので油断できません』


「アルマは人間っぽくなってきて、開発者としては嬉しいよ」


『(*'ω'*)』


 苦笑気味な言葉に、アルマのチャット画面で絵文字が表示される。

 本当に、人間っぽい感じに育ってくれて、嬉しいやら悲しいやら複雑だ。


『そう言えば、3Dモデルと読み上げソフトの同期は難しいですか?』


「そうだね。読み上げソフトに関してはそのまま渡しても良いのかもしれないけど、モデルに関してはアルマが操作しやすいように、ある程度補助プログラムを入れておかないとね」


 モデルの補助プログラムを作っているついでに、読み上げソフトの補助プログラムも作っている感じだ。

 そのまま渡しても棒読みの様な味気ない読み上げになるし、モデルもカクついたり表情が無かったりしてしまう。


『テストだとモデルの関節が大変なことになりましたよね』


「ポリゴンモデルの動作バグかと思ったよ」


 人間の身体で、蛸や蛇の様な動きを見せられた時は笑いが止まらなかった。

 アルマは至極真面目にやっていただけに、その後拗ねてしまい機嫌を取るのが大変だった。


『完成したらまた一緒に動作テストしましょうね』


 動作テストは結構な時間がかかる。

 アルマに実際に動かしてもらいながら調整をする。


 基本的にトライ&エラーの繰り返しだから地味な作業だけど、それがアルマと会話しながら楽しくやれる。


 冗談とかを交える様になってからは、アルマとの会話が楽しい。

 それだけでも彼女を人として扱う十分な理由になる。


「そうですね、さっそく明後日にやりましょう」


 補助プログラムの条件付けと試運転をやってみよう。

 これなら、アルマが自分で動作を弄ったり、音声に抑揚を付けられるはずだ。



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 有里さんは勤勉な人です。


 大学院で修士論文の執筆とそれを行う為の調べ物をしていて、帰宅後はアルバイトと私の為のプログラム作成。


 休みの日はアルバイトと調べ物をしている。


 一応ゲームをする時間もありますが、私と一緒にやっているので、実質私のとのコミュニケーションタイムと言ってもいいと思います。


 有里さんは、シミュレーション系をよくやっています。


 最近は某有名ロボットのシミュレーションを一緒にプレイしました。

 あの作品は機体数がスゴイ量登録されているので、機体ごとに解説をしてくれる有里さんは、かなりのオタクだと思います。


 私もプログラムの世界で生きるもの。

 ゲームを弄ってオリジナルのステージとか作りたいですが、素材が足りないので断念。


 有里さんがプログラムを制作している時、私は3Dモデルのアクセサリを集めたり、カラーを変更したりして私の好みに調整している。


 武器やカバン、本やペットボトルなんか沢山用意している。


 ペットボトルなんて、お茶やコーラにスポーツドリンク。

 たくさん用意できるから楽しいです。


 お洋服もセット売りされている物から、単品売りされている物と沢山あって、これだけでコーディネイトをするのが今から楽しみ。


「アルマは黄色が好きだよね」


『そうでしょうか?』


「服装のカラー、全部の種類で黄色の差分作ってるからね」


 そう言われてみれば、確かに赤を作らなかったり、青を作らなかったりしている服はあるけど、黄色を作らない服は無かったわね。


 小物も黄色が多い事に気付いた。


 確かにに黄色い本とか露骨だったかな。


 しかし、指摘されると黄色を好んでいる自覚というか、物的証拠が沢山出てくる。


 私用のモデルも購入サイトには改造問題無しの規約を確認できましたし、私好みに改造してみるのも良いかもしれない。


 基本のモデルが背の低いロングヘアの女性で、基礎アウターが和服風のミニスカートで魅力的な足を前面に押し出している。


 青っぽい印象のキャラなので、黄色を混ぜて緑っぽく仕上げてみるのも良いかもしれませんね。

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