第6話

 目的地に着いたのはすでに日が沈み、月が森を怪しく照らす時間だった。

 車が獣道をゆっくり進み、ようやく車が止まる。


「到着よ。起きなさい」


 女性が3人を起こすと、そこには巨大なダムがあった。

 水面からは枯れた木が突き出し、水面に月がゆらゆらと映し出される。

 水の中には、多くはないが古民家が沈んでいる。その中に1つ、場違いな建物がある。


「あの教会に行くわよ」


 女性が指さした先には、湖底に沈む教会が傾いて立っていた。

 車から降り、ダムの際まで行くと、改めて深さがよくわかる。泳いで行ける深さではない。


「え? どうやって?」


「もちろん潜るのよ?」


 もちろん潜るのよ。何度目かの無表情で言葉がリピート再生され、錆びたように首をギリギリと動かす。


「もぐ……る?」


「はいこれ。10分は持つと思うわ」


 渡されたのは手のひらサイズの口にくわえるボンベ。

それを咥え、迷うことなくダムに飛び込む女性。大地達は小型ボンベを手に呆然と眺めているが、やっと我に返ったようで、慌てて口にくわえてダムに飛び込んだ。

 水しぶきが上がり泡が視界を遮る。それも直ぐに無くなり、ダムの水はとても澄んでいて視界が良い。


 大地達の先には湖底に向かって泳ぐ女性がおり、時々小魚が前を横切る。

 恐る恐るだが呼吸を確認し、思った以上に息がし易くて安心している。

 しかし問題が1つ。大地とメガネをかけた細身のタカシは中々潜れないのだ。体重が軽いせいだろうか。


 そこで活躍したのが体の大きなセキだ。セキは泳ぎが得意では無いが、勝手に沈んでいく体で大地とタカシをつかみ、女性の後を必死に付いて行く。

 

 必死に泳いで後を付いて行くと、女性は教会正面の扉の前で止まった。泳いでいる時は気にならなかったが、女性の髪は思ったよりも長く、漂っている。

 扉の取っ手に手をかけ、まさかと思ったが扉が開いた。


 開くんだ。そう三人が思っているうちに、女性は教会の中に入っていく。

 見失わないように急いで後を追いかけ、扉の中を覗き込む。

 一瞬、空間が歪んだような感覚が襲うが、記憶にある見え方なので混乱はしなかった。


 プールの底から空を見た時と同じだ。そう、つまり教会の中には空気があったのだ。

 歪んだ向こう側で、女性がボンベを口から外し、片手を腰に当てて片足を横に広げる。


 首を左右に振っているが、何かを探しているのだろうか。

 大地達が急いで教会に入ると、更に違和感がある。

 プールから空を見上げた景色が、正面にあるのだ。ボンベの泡は頭の方に浮いて行き、3人が上を向いて無い事を理解する。

 手を伸ばし、ゆっくりと前進すると……ストン、と着地した。


「あれ? えっと? 水は?」


「どうなってるんだよコレ、建物の中に空気があったとしても、こんな残り方はしな

いぞ」


「ふぅ~、やっと着いたの~?」


 3人の背後には水の壁があり、つついても流れ出てくることは無い。

 教会の中、正面にはマリア像があり、長椅子がたくさん並んでいる。

 そしてマリア像の前にはシスター服の女性と、あの女性が話しをしている。


「ようこそ【忘れられた教会】へ。どういう事ですか? アナタが他人を連れて来るなんて」


「少々訳ありなのよ。いつも使ってるんだから、少しは見逃しなさいな」


「秘密さえ守ってもらえれば構いません。それで、今日はどういった御用件でしょう

か」


 シスターは体の前で、手で手を包み込むようにして立ち、あまり表情に変化が見られない。

 対して女性は不機嫌かと思えば笑っている。


「そうね、小型宇宙船が欲しいわね」


「宇宙船……ですか?」


「そうよ。4人……いえ、5人が乗れる大きさで、武装は不要、速度とレーダー重視の物が良いわね」


「アナタは……私を何でも屋とでも思っているのですか?」


「違うの? なら別の呼び方をしましょうか? 死の商人さん?」


「し、しのしょうーにんて何だ?」


「ばか! セキそんな事も知らないのかよ。死んだ時に立ち会う人だよ」


「ばか大地、違う。武器を売る商人だ」


 2人が目を丸くしてタカシを見る。そして女性、シスターと視線を移す。


「……その呼び方はしないでください。武器を売るだけの商人ではありませんので」


 微かに表情が曇るが、それも一瞬だった。


「どっちでもいいわ。それで、宇宙船を用意できる?」


「高いですよ?」


「どれくらい?」


 女性がシスターの近くに行き、何かを見ている。


「もう少しまけなさいよ」


「これが精いっぱいです」


 価格交渉だろうか。まけろと言っているのだから、それなりの値段なのだろうが……想像もつかない。


「常連には優しくするモノよ?」


「では燃料を満タンに、宇宙機動服も5着付けましょう」


「仕方ないわね、今回はそれで良いわ。で、いつ頃用意できる?」


「2時間後に」


「分かったわ。少し休ませてもらってもいいかしら?」


「ご自由に。準備が出来たらお呼びします」


 シスターは奥の扉を開けてどこかへ行き、女性は長椅子に横になった。


「あなた達も休んでおきなさい。宇宙に行ったら休む暇はないわよ」


「う、うん分かった」


「俺達も休もうか」


「つかれた~」


 それぞれが椅子に座った。が。


「「「宇宙!?」」」

 互いに顔を見あった。

 言葉では知っていても、行くという考えは一切なかったようだ。当たり前だが。


 2時間後。

 TVや映画で見るような宇宙服とは違い、随分と細身な宇宙服を着た4人は、ダムの底から空へ向かって打ち上げられた。


「ギャーーーー!! 死ぬ! 死ぬーー!」


「〇◆✖◎□$¥△」


「うう~、体がおもい~」


 強烈なGが4人を襲い、シートに体をめり込ませながら空へ空へと向かっていく。

 少し平らな箱型の船体後方にロケットエンジンが4つ搭載され、2枚の大きな翼と2枚の小さな翼をもつ宇宙船。

 それを車と同じように操縦する女性。


「ほーら、もう少しだから我慢なさい!」


  とはいえ、女性の表情も苦しそうだ。

 さっすがにキツイわね……そう思った時には、4人は意識を失ってしまう。

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