第51話 研究者は森の中に隠れ潜む


「ガスター! 探知魔法は?!」


「やってるよ! でも全く反応が………」


「ヒューイの方はどうだ?!」


「こっちも反応無し」


「どういう事だ? アイツ、平民のクセにᏟ等級のマナを持ってる筈だろ? その上、対抗魔法も使えないのにどうして探知魔法に引っ掛からない!」


 学園所有の訓練場所となっている深い森の奥で、総勢二十名程の集団のリーダーとおぼしき、がたいの良い男子学生が、肩を怒らせ苛々と地面を蹴った。


 そんなリーダーを宥めるように、傍らの女子学生が苦笑を浮かべて口を開いた。


「………大方、Ꮯ等級というのは出鱈目だったのではないですか? 探知魔法にも引っ掛からない様な低級マナだったに違いありませんわ」


「それには同意だが、例え低級マナだったとしても、探知魔法に引っ掛からないのは可笑しい………動物だって魔法に引っ掛かるんだぞ?」


「つー事は、アイツは野生動物よりもマナがねぇってこったろ?」


 更に別な学生が戯けた様子で両手を広げ、肩を竦めてそう言うとその場の空気は一気に弛緩する。


「「「「「ハハハッ!」」」」」


 辺りに響き渡る嘲笑。


「盛り上がっているところ悪いんですが、あの人の等級が何だってお話はどうでもいいのでは? 今、問題なのは、時間までにあの人を見つけられるか否かというお話だと思いますが」


 その嘲笑にため息を吐きながら、建設的な話を始めようとまた別な生徒がそう問を投げかける。


 それに対して更にまた別な男子生徒が「くくく………」と含み笑いを漏らしながらその肩を叩く。


「心配するな。こんな事もあろうかと、俺がアイツに目印マーキングしている。マナが皆無な相手だろうと、その目印マーキングを追えば、すぐに見つけ出すことができるさ」


「なら、初めからそうすれば良かったんじゃないのか? 只でさえ無駄な事に時を費やしているんだ。私はこれ以上こんな事に煩わされたくない」


 眼鏡をかけた神経質そうな背の高い男子生徒が、その眼鏡を軽く押さえながら、苛々とした雰囲気を隠そうともせずそう愚痴る。


 すると、目印マーキングをしたと告げたその生徒が下卑た笑みを浮かべて宣った。


「そう言うなよ。一応『雷帝』様の顔も立てておかなくちゃならないだろ? 直ぐに捕まえてしまっては、アイツを重用するつもりの『雷帝』様の面目が丸潰れじゃないか」


「ククク………それもそうだな。ここで少し顔を立てておけば、今後少しは扱いやすくなるだろうしな、あの女も………」


 同じく下卑た笑みを浮かべて、今回のリーダー………三年五席『剛剣』が揶揄するようにそう続けた。


「それで、今、アイツは何処にいるんだ? もうそろそろ『見付け出しても』問題無いだろ?」


「そうだな。もう良いか。アイツは今、間抜けにも俺が気付いている事にも気付けずに遠くからこっちを覗ってるよ」


 そして指先で空中に神代文字ルーンを刻む。


【そして、此処からは戦略通信タクティカルトークだ。魔法が使えないって事がどれだけ無様を晒す事になるかを、アイツにも『雷帝』様にも思い知らせてやろうじゃないか】


 その念話での台詞に、それぞれが嘲笑を浮かべて頷きを返す。


 それを見渡し、男子生徒は次の魔法を展開する。


【アイツの居場所は此処だ】


 全員脳裏に、男子生徒が付けた目印マーキングの情報が行き渡り、それぞれが如何すべきかを瞬時に理解したのは流石は国立魔導学園の生徒だと言えるだろう。


【では行くぞ】


 全員が瞬時に身体強化魔法を使用して、目印マーキングを取り囲む様に散開する。


【あの大木の後……ろ………だ?】


 たどり着いた目印マーキングを前にして、一堂は絶句する。


「馬と………鹿?」


 漏れ出た言葉の通り、彼らの目に映るのは紛うことなき馬と鹿だ。2頭の内のどちらかに、目印マーキングが施されているようだ。


「どういう事だドラグ?! 目印マーキングはアイツに付けたんじゃないのか?!」


「間違いなくアイツに付けたんだ! アイツは魔法が使えないんだ! 魔法を探知も感知も出来ない筈だろ? よしんば出来たとしても、それを外すすべが無い筈だ!」


「今はその事を言い合っていても意味はありません! 直ぐに次の手を考えないと時間が………」


「クッ………」


「………仮にアイツが目印マーキングを外したんなら、奴はきっと俺達を此処に引き付けて、遠くに逃げたに違いない!」


「なら、アイツは此処とは逆方向に逃げた可能性が高いな」


「急げ!」


 その言葉に、一堂はすぐさま応えて走り出した。


 その時、一堂の最後尾の気の弱そうなひょろりとした体型の学生が、ふと何かに気を取られたように足を止め、軽く辺りを見渡しながら小首を傾げたが、結局はそのまま他のメンバーの後を追って駆け出した。





 そして、一連の出来事を大木の上から見詰めていた人物が一人………。


(流石は腐っても国立魔導学園の生徒。あれだけ広範囲且つ詳細な探索が出来る探知魔法を使えるんだからな。まぁ、使えるってだけで使いこなせていないのはご愛嬌だけど)


 そう口には出さずに心の内で呟いているのは言わずと知れたロイフェルトで、実は気配を消して一団からつかず離れず着いて来ていたのだった。


(あまりに広範囲且つ詳細な探知なもんだから、燃費は悪いし抽出してる情報の処理が人間の脳の限界を超えちゃってるよ。もっとアバウトに探索してあとは経験で読み解けばもっと効率よく使えるのにね)


 マナの流れを見れば魔法の大凡の効果を把握出来るロイフェルトにとっては、生徒達が使っていた探知魔法は高性能であるが故に使いこなすのは難しく、その上消費マナが大きい、術者の力量を考慮しないある意味欠陥品とも言える術に見えるのだ。


(マナの探知に特化してるから全て・・のマナを無差別に探知しちゃってる。あれじゃあ、マナを偽られたら・・・・・・・・判別が難しいと思うんだけど、誰も疑問に思わないのかね?)


 実際にマナを偽って・・・・・・・・・誤認させているロイフェルトは、皮肉げに苦笑を浮かべながらそう嘯くとこの今回の鬼ごっこが始まった経緯に思考を巡らせるのだった。





◆♢◆♢◆♢◆♢◆♢◆♢◆♢◆♢◆♢





「それで先輩は、わたくしの瞳が曇ってると仰りたいので?」


 そう、尋ねたのは、『雷帝』ことミナエル・フォン・ベラントゥーリーで、『先輩』とは三年三席の『影法師』ことカミーラ・フォン・ノスヴァレジだ。


 二年リーダーのミナエルと三年リーダーのカミーラの二人は、水晶領域クリスタルレギオンレイド戦では戦力外となるロイフェルトの扱いについて、意見を戦わせていたのだった。


「そうではありません。ロイフェルト君の実力の程は私も理解してます。対人戦闘………取り分け一対一のデュエル形式の実戦であれば、彼を負かすことができる人材は限られているでしょう。ですが今回は魔法を主とした集団戦です。魔法を使えない彼を貴女の言う通りに単独行動させる訳には行きません」


「それでは先輩は、ロイさんをどうお使いになるおつもりで?」


「それは………C等級のマナを持っているなら、通例通りに補給部隊マナタンカーにするべきでしょう」


補給部隊マナタンカーであれば、マナの受け渡しを可能とする術式が必要となるはずです。なければ本当に只の貯蔵庫タンクです。取り出すのにいちいち術者がドレインを掛けなければならなくなるので却って不効率です。補給部隊マナタンカーには向きません」


「それならば、壁の一枚にでもしていざという時の弾除けに………」


「先輩もご承知のように、水晶領域クリスタルレギオンレイドでは、ダメージをマナが肩代わりする術式が施されます。但しこれは、本人がしっかりと術式を展開できればこそです。ロイさんはこの術式を展開することが出来ず、水晶に組み込まれた術式の初期値までしか耐えることが出来ません。明らかに壁としては不適当です」


「それでも彼の危機察知能力と反射神経があれば、確実に味方の一人を助ける事ができるでしょう。なんなら貴女専属として傍らに置いておいても宜しいですよ? その方が貴女にとっても良いのでは? 最近、彼にご執心のようですし」


 皮肉を込めたそのセリフをミナエルはさらりと受け流す。


「結構です。仮にそのような状況に陥ったのであれば、それは完全なる負け戦です。わたくしはそうなる前にあらゆる手を打っておきたいのです」


「かと言って彼を相方をつけてまで単独行動させる事が、今回の水晶領域クリスタルレギオンレイドにおいて我々の得になるとは思えません。ミナエルさん、あなたがそう頑なであればあるほど、あらぬ疑いが掛かるんですよ?」


 皮肉に全く反応を見せないミナエルの様子に、カミーラは苛立ったようにそう告げる。


 しかし、その言葉も意に介した様子を見せずに肩を竦めて受け流し、ミナエルは表情を変えずに言葉を返す。


「周囲がどう思おうとも構いません。わたくしはこの水晶領域クリスタルレギオンレイド戦の勝つ可能性を少しでも高めたいだけです。集団戦において役に立たないロイさんが、近くに居ても邪魔なだけです。彼には単独で動き回ってもらって、相手を撹乱して頂く方がこの魔法兵団レギオンにとっては有益でしょう」


「だからそれは机上の空論です! 魔法が使えないと言う事は、敵の探知魔法を防ぐ手立てが無いと言う事です! 単独で動いて敵に捕捉されでもしたら、無駄に駒の一つ……いえ、相方を入れて二つの駒を失う事になります!」


「その点は問題ありません。彼ならその辺はどうとでもするでしょう。心配するだけ無駄ですわ」


 両手を広げて肩を竦めるジェスチーを返すミナエルに、カミーラは失望した様な表情で声を絞り出す。


「………どうやら私はあなたを買い被っていたようですね。真実から目を背けて私情に走るだなんて………」


「先輩が、何を案じているかは理解しておりますが、それは杞憂というものです。ですがそれほど心配というのであれば、試してみれば良いのではありませんか?」


「試す?」


「はい。わたくしの提案に疑問を抱くもの全員で、森の中に隠れ潜むロイさんを見つけ出してみて下さいませ」






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





(つー訳で森の中で隠れんぼをする羽目になったんだけど………)


 大木の太い枝の上にしゃがみ込み、頬杖を付いてため息を突くロイフェルト。


 監視役のミナエルとカミーラ、元々疑問を抱いていないトゥアン、そして同学年で、ロイフェルトの能力をある程度把握していると言う事で『万能ヴァーサトゥル』ことナーヴァ・フォン・スィーダベックとその取巻きは参加せず、それ以外のメンバーで森に潜むロイフェルトを見つけ出す大隠れんぼが開催されたのだった。


 制限時間を一刻とし、エリアをある程度限定したこの隠れんぼは、魔法が使える探索側が明らかに有利であった筈だが、結果は今この場で起こった通りだ。


 自分達が使う探知魔法を過信した上、ロイフェルトの能力を過小評価していたのでは結果は見えている。


 中には見込みの有りそうな生徒もいて違和感を感じていた様だが、どうやらその生徒は下級貴族の出の様で、自分の感覚を信じ切れずにその違和感を突き詰めてみようとはしなかった。


(俺としては別に捕まっても良かったんだけどな。でも、あの程度の包囲網で捕まったんじゃ、ミナエルに手抜きがバレちゃうだろうしな………)


 結局彼は、手抜きをせずに隠れ通す事を選んだ形になったのだった。


(さて、ソロソロ戻るか………あの様子だと、見つかるまで探し続けるだろうから、あそこ・・・で待機するのが得策だろうし)


 ロイフェルトはそう結論付けるとすっくと立ち上がると、音も立てずに枝を蹴って隣の大木の枝へと跳び移り、それを繰り返してその場から離れたのだった。

 

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